第31話 ドキドキ! 決死の鬼ごっこ(嫉妬編)

 その日、俺は男の集団に追われていた。


「カスナーはどこだ!」「クソっ! お美しいスノウ殿下の婚約者に納まるとは……! ゆるせん!」「取り巻きとして親しいまでなら、百歩譲って許せた! だが婚約者は許容できん! 痛めつけてくれる!」


「怖いよぉ……」


 廊下を探し回る男子生徒たち。俺はその声を聞きながら、窓際すぐに茂みに身を隠しながら移動していた。


 そしてそのすぐ隣には、フェリシーがプリプリ怒っている。


「むー! ゴットはフェリシーちゃんのなのに! 姫様ずるい!」


 特定の人間からしか見えないという強みを生かして、フェリシーはわざわざ隠れるまでもなく俺の後ろを歩いてついてくる。そして偶に「ゴット遅い!」とケツを叩かれる。痛くない。


 俺はそんな屈辱に耐えながら、何故こんなことになったのかを考えていた。












 ヤンナに慰謝料トラップを仕掛けられたり、軽く外に出てマラソンを遂行しレベルを三倍くらいにして帰ってきたりして、という数日間の休養が明けた後のこと。


 登校し、奇異の目をガン無視して授業を受けていると、学内アナウンスが響いた。


『おはようございます、全校生徒の皆様。第二皇女、スノウ・ハルトヴィン・アレクサンドルです』


 ん? と俺は首を傾げて上を見た。魔法式スピーカーから言葉は続く。


『本日このような形でご報告申し上げるのは、他でもありません。私の婚約が決定しましたので、それを発表すべくこの場をお借りすることになりました』


 教室中が色めきだす。一方俺は、嫌な予感に慌てて荷物をまとめ出した。


 ペン類もノート類も全てカバンに詰め込み、「レイヴンズ先生! 早退付けといてください!」と言って教室を飛び出す。


 そして、スノウは言い放った。


『本日付で、私スノウは、ゴットハルト・ミハエル・カスナーと婚約を成立いたしました。貴族ご子息並びにご息女の皆々様におかれましては、本件についてご理解いただければ幸いです』


「「「「「「カスナーぁぁあああああ!」」」」」」


 教室から怒号が上がる。その時すでに俺は廊下窓から外に躍り出て、身を隠すことに成功したのだった。











 これは再確認になるが、スノウはブレイドルーン一の美少女だ。


 それはプレイヤーにとってもそうである以上に、この世界から見てその側面が強い、というのが大きい。


 要するに、皇女でもあり、アイドルでもある、というのがスノウの学院内の立ち位置となる。


 そんな中、さて今までの俺の立ち位置は、というと、『取り巻きの一人』という感じだ。普通の生徒たちは取り巻きが一度解散していることなど知らないので、俺は数いる取り巻きの一人だと認識されていた。


 現代的な価値観で言うと、マネージャー的なポジションとなる。だから日頃、よく一緒に居るのを見るのはそう不思議ではない、ということだ。


 これがいきなり婚約となるとどういうことが起こったか、というと、現代風に通訳すると『国民的アイドルが急にマネージャーとの結婚発表をした』みたいなことになる。


 まぁ暴動ものだよな。そりゃそうだ。


 ということで、暴動が起こっていた。とはいえこんなのは俺とて想定していない。


 ゲームでもスノウと結ばれるのはスノウが帝位継承権を放棄した後の話だし、その頃にはすでに主人公は魔王を倒している。


 これは現実で例えると、『引退済みのアイドルが、有名俳優とくっついた』みたいな感じだ。これなら納得は出来るだろう。許せるかどうかは人によるだろうが。


 そんな訳で、俺はせめてスノウに説明を求めるために、息をひそめて移動していた。茂みを抜け、人のいない教室身を隠し、時には人ごみにあえて飛び込んで。


 そうして俺は、やっとの思いでスノウといつも集まるお茶会エリアにたどり着いた。


「あ、来ましたね、ゴット♡」


 俺を見付けて頬を上気させて首を傾げるスノウ。可愛いが、今回はその可愛さに誤魔化されやしないのだ。


「スノウ、頼む、説明してくれ。ひどい目に遭ってるんだ」


「そうだよ姫様! フェリシーちゃんにも分かるように説明して! じゃないとプンプンだよ!」


 俺がげっそりした様子で、フェリシーがプリプリと怒って言うので、スノウは「え? 何かありましたか?」と首を傾げる。


 ……スノウはスノウで自分の立ち位置とかよく分かってないポンコツ娘だからな。俺はため息を吐いて「こっちはどうにかしておくから、ともかく説明を」と続けた。


「あ、はい。えーっと、まず先日の事件で私からゴットに告白しましたよね? でゴットも私を抱きしめてくれましたから、これで当人同士の契約は成立しました」


 認定はっや。いや、拒絶できなかった俺が悪いのか? あとフェリシーがすごい目で俺のこと睨んでるけど、それ面白可愛くて笑っちゃうからやめて欲しい。


「で、拉致事件解決の功績やゴット自身の家格、そして私の泣き落としでお父様を説き伏せ、私の婚約の公表でもって私の帝位継承権をゴットに委譲した、と言うのが、成り行きと言えば成り行きです」


「……泣き落したのか」


「お父様は最初渋っていましたが、『彼は苦労するだろうが、乗り越えられるようなら皇帝の器ってことでいいと思うぞ』と」


 皇帝陛下緩くない? ゲームでは未登場だったから全然分かんないんだけど。


「むー! ゴット、ダメでしょ! 姫様ポンコツなのに、何でフェリシーちゃんより姫様選んじゃうの! 今からでも遅くないよ!」


 そしてフェリシーはフェリシーで妙なことを言っている。選ぶも何も、そんな強い意志でスノウに応えた自覚ないんだよ、こっちは。


 ともあれ、スノウの説明を聞いて何となく分かった。要するに、『好きにして良いが、責任は自分で取れ。それを認めるのが褒美だ』という事なのだろう。皇室のスタンスは。


 ならばスノウの公表に皇室は反対しないし、逆に助力もないとみなすべきだろう。つまりは自力救済ということだ。俺はそう考えながら振り返る。


「カスナー! とうとう見つけたぞ!」「貴様……! 伯爵家ごときが調子に乗って! スノウ殿下の前で痛い目見せてくれる!」


 ぞろぞろ集まって俺を睨みつける男子生徒たちの暴徒に、フェリシーは「わ! いっぱい!」と目を丸くし、スノウは「え……? 何ですか、この人たちは……!」と困惑している。


 どうする。俺は必死に考えを巡らせる。そして、思い至った。


 ―――イベントでないなら、イベントにしてしまえばいい。イベントの流れなら、俺は分かる。


 俺はじりじりと寄ってくる男どもに、覚悟を決めてこう言った。


「スノウ殿下の名の下に宣言する! 俺は、この婚約に異を唱える者に、武でもって正当性を示す準備がある!」


 俺の堂々たる宣言を受け、男どもは立ち止まった。「どういうことだ?」「武でもって? ってことは、戦うってことか?」と口々に相談する。


 俺は声高々に続けた。


「後日! 俺に誰でも挑戦できる機会を設ける! 詳細は追って公表するため、この場は下がられよ!」


「お、おい、何を勝手なことを!」


「殿下の名の下に宣言すると言ったはずだ! そなたは殿下の名を汚すことを、是とする者か!?」


 俺が格式ばった物言いで問い返すと、「う……」と男子は怯んで一歩下がった。


 俺はダメ押しでもう一度言い放つ。


「繰り返す! 後日! 俺に何人でも挑戦できる機会を設ける! 詳細は追って公表するため、この場は下がられよ!」


 俺が高らかに言うと、男子たちは「クソ、そのときは、首を洗って待ってろよ」「この場では引いてやる。けど、すぐに吠え面を掻かせてやるからな」と言い捨てて去っていった。


「……すごいです、ゴット! あんなに居た暴徒を、言葉だけで退かせてしまいました!」


 スノウは、わー! とパチパチ拍手して俺を褒めてくれる。スノウにはこれからも苦労させられそうだなぁ、と思いながら苦笑気味に彼女を見ていると、俺の袖が引かれた。


 フェリシーが、俺を見上げて言う。


「ね、ゴット。手に負えないときは、フェリシーちゃんに頼ってもいいんだからね。今の人たちだって、フェリシーちゃんに掛かれば一発なんだもん!」


 強がって俺に助力を申し出るフェリシーに、俺は「ありがとな。そのときはよろしく頼む」と頭を撫でる。


 そうしていると、不意に視線を感じて、俺は顔を上げた。


 その人影は、俺が顔を上げた途端にすっと物陰に入って、見えなくなってしまった。だが、俺はその姿に見覚えがあって、ポツリと呟く。


「……ヤンナ?」


 俺の元婚約者、ヤンナ。亜麻色の髪をした、柔和な表情が特徴の少女。


 だが、俺が先ほどチラと見た表情は、柔和どころではなかった。


「……」


 幽鬼みたいな顔だったのは、何と言うか、怖いので忘れようと思いました。はい。

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