第75話 再誕の魔王、ブレイブ

 フハハハハ、と末裔筆頭顔が笑う。瞼を縫い閉ざされた女性の顔が、恨めしそうに呻く。


 それに従うように、赤魔王は暴れ出した。触手が乱れ薙ぎ払い、ガラガラの様に振り回される大槌がこの部屋を破壊する。


 俺は少し考え、見に回るべきかを吟味し、「いや」と首を振った。


「この程度なら、正面から行けばいい。俺なら、ねじ伏せられる」


【決意の一撃】


 忌み獣の大槌を、赤いオーラが覆う。そして俺は駆け出した。


「おいッ! カスナー!」


 ユリアンの制止が飛ぶ。だが俺は気にせず、赤魔王へと足を走らせる。


 触手の足払い、跳躍。血の大槌、ローリング。癇癪の大暴れ、俺は笑う。


「黙れクソガキ」


【燕切り】


 俺は跳躍からの一回転。そして振り下ろしを強行した。絶大な一撃を受けて、赤魔王は攻撃の行動を途中で潰されて怯む。


「フンギャァァアアアア! フンギャァアアアアア!」


「ガ、何だ。頭が、割れるように痛い……!」


 ユリアンが頭を押さえてうずくまる。俺は叫びながら、触手の薙ぎ払いを避ける。


「ユリアンッ! この泣き声は『呪い』が付与されてる! 何か予防策があれば使え!」


 俺が呼びかけると、ユリアンは苦しげに懐から札めいたものを取り出した。額に当てると表情が楽になる。それから、俺に声をかけてきた。


「君はいいのか! カスナー!」


「今の俺はほとんどの状態異常が無効なんでね! 気にするな!」


【決意の一撃】【回転切り】


 言いながら、二つのルーンをなぞって瞬時にエンチャント、攻撃を繰り出す。横殴りに揃えられた強烈な殴打。赤魔王はさらにのけぞり、暴れながら泣き喚く。


「フンギャァアアアアア! フンギャァアアアアア!」


「クソッ! クソッ! 何故貴様はひれ伏さない! 何故抵抗できる!? これは魔王だぞ! 何故!」


 そして喚いている末裔筆頭の顔がウザかったので、俺は「黙ってろ」とジャンプ攻撃だ。


「ぶべらっ」


 末裔筆頭の鼻が血を流して曲がり、歯が欠けて血を流す。うん、これでしばらく喋れないだろう。


「んなもん簡単だろ。俺のが強い。だから魔王相手でも自由にできる。それ以外あるか?」


 触手の攻撃の動きを覚えて、俺は大槌を合わせた。触手が潰れ、動かなくなる。部位破壊入れてくのが固いかな。


 そう思っていると、赤魔王の動きが変わった。うずくまる様子は、まるで胎児のようだ。その周囲に何かが蓄積し始める。これマズいな。


 俺はダッシュでユリアンの下に移動し、ユリアンを大急ぎで抱えて部屋を脱出した。


「なっ、何だ! 何が起こる!」


「多分大爆発」


「はっ!?」


 俺の想像通り、祭壇の間から大きな音と衝撃が襲ってきた。俺は吹っ飛ばされながらもローリングの構えを取り、ユリアンを巻き込んでぐるりと回る。


「う、うぉおおお……! せ、せめて前もって、何か……!」


「流石にその余裕はないわ! 悪い!」


「い、いや……いいんだ。勝ってくれれば、それでいい」


 ユリアンの理解ある言動に、いい奴だなと思う。今度飲みに連れていきたい。あ、でも俺この体はまだ未成年か。ダメかなぁ。


 そんな事を考えながら、俺はユリアンを解放する。視線の先には、さらに巨大化した赤魔王。破壊した建物の瓦礫を丸々飲み込んで、大きく成長したらしい。


「まったく、ちょっと見ない内に成長しちゃってよ」


「そういう問題か? 子供は成長が早いな、という話ではなくないか?」


 俺はユリアンをスルーしつつ、赤魔王を見つめる。末裔筆頭の顔が、下品にゲタゲタ笑い始める。


「フハハハハハ! どうだ少年! 破壊と再生、そして成長だ! 周囲を破壊し、それを飲み込み、私は治癒しながら成長する! いずれ全てを破壊してくれるぞ!」


「わー割とえっぐい性能してんね。となると、アレだ」


 俺は、嗜虐心たっぷりに笑う。


「今が、一番弱いわけだ」


「……は?」


「なら、今ボコるしかないよなぁ?」


 俺は哄笑を上げながら近寄っていく。末裔筆頭の顔が、怯えるように叫ぶ。


「貴様ッ! 貴様は何だ! 狂っているのか! これだけの脅威を前にして、何故その様に笑える! 何故怯えない! 何故怖がらない! 何故、何故―――」


「何故、そんなに恐ろしい、か?」


 末裔筆頭の飲み込んだ言葉を突き付けると、奴は言葉を詰まらせる。


 俺は語った。


「決まってる。勇者だからだ。魔王を呪い、執念で人間性さえ捨て去って、滅ぼしてきた護国の鬼だからだ。お前のような思い上がりの魔王ごとき、笑いながら滅ぼせるからだ」


「ッ! 戯言だ! でたらめだ! 貴様のような学生が! 勇者の血も引かぬ凡庸な貴族が! この体を、魔王を滅ぼせるわけが」


 俺は一歩踏み出す。赤魔王は怯んで後ずさる。


「そういうなら、やろうぜ。続きと、行こう」


「う、あ、うわぁあああああああ!」


 野太くなった触手が襲い来る。俺はその動きを見切っていたので、一つ一つ、丹念に叩き潰した。触手を潰す程度なら、ルーンは要らない。最初に掛けたエンチャだけで、十分だ。


「クソッ! なら、貴様の武器ならどうだ!」


 さらに近づくと、赤魔王がガラガラの様に振り回す血の大槌が襲い掛かってくる。これを正面から潰すのは出来ないので、俺は身軽にローリングで回避だ。


 ちゃんと見て、慌てずに避ける。それだけで、一発も俺には当たらない。末裔筆頭の顔が絶叫する。


「何故当たらない! そんな重い武器をもって! そんな訳の分からない格好で! 何故強い! 何故!」


「何故何故ってうるせぇなぁ。ちょっとは自分の頭で考えたらどうだ?」


「黙れ黙れ黙れ! 貴様など、貴様などぉおおおお!」


 俺はとうとう、ローリングさえせずに攻撃を避ける。そして隙だらけの腕目がけて、ルーンをなぞった。


【決意の一撃】【かち上げ】


 狙うは肘関節。振り下ろされるそのタイミングを見計らって、俺は二振りの大槌をかち上げる。


 その、振り下ろすエネルギーと、俺の振り上げるエネルギーがぶつかり合って、赤魔王の肘関節がぶっ壊れた。真逆に曲がる腕に、末裔筆頭は叫ぶ。


「ぎゃああああああああ! 腕がぁッ! 腕がぁッ!」


「ハハハハハハハ! 痛いか? 痛いなぁ!? お前がいじめてきた連中も、さぞ痛かったろうよ!」


 赤魔王が悶えている隙に、俺は駆け寄って、その頭を目がけてルーンをなぞる。


【決意の一撃】【頭蓋抜き】


【決意の一撃】【燕切り】


 赤魔王の頭を素早く突いて揺らし、さらに跳躍回転からの振り下ろしでのけ反らせる。


「ぐぅう、クソ、クソクソクソクソクソッ! 何故勝てない! 何故一撃も当たらない!」


「お前がクソ弱いからだろ?」


「その口を閉ざせぇえええ!」


 再び赤魔王は胎児のポーズを取る。纏うは破壊のオーラ。だが俺は、計算上行ける、と考えて攻撃を続けた。


「ッ!? カスナー!? 逃げろ! その攻撃は先ほどの!」


「フハハハハハ! もう逃がしはしないぞ! 貴様はこの【魔王の産声】で葬り去ってくれる!」


 俺は答えずに、無心でルーンをなぞってはスキルを繰り出す。


【決意の一撃】【かち上げ】


【決意の一撃】【燕切り】


【決意の一撃】【回転切り】


 容赦ない大槌の連続攻撃を叩きつけ、ここぞとばかりに攻めまくる。短く末裔筆頭が悲鳴を上げるが、それでもここでは強がっている。


「欲張ったな勇者! だが、これで終わりだ! 貴様も! 世界も! さぁ聞け! 魔王の産声を―――!」


 赤魔王が力む。ユリアンが「あぁ……」と声を漏らす。


 そして俺は最後の一撃を入れた。


 赤魔王のオーラが消える。末裔筆頭の顔が、瞼を縫い閉ざされた女性の顔が、同時に激しく血を吐いた。


「な、ぁ……?」


「おっし、ちょっと焦ったが、ちゃんと入ったな」


 俺はふぅと武器を下ろして、肩を回した。末裔筆頭の顔が、信じられないものを見る目で俺を見つめる。


「な、なん、だ……? 何を、何を、した……?」


「ん? ああ、状態異常だよ。思ったより耐性高くて焦ったけど、もうお前終わり」


 俺はにっこりと笑う。


「な、この大槌、最初に何か叫んでたろ?」


「あ、あぁ……」


「アレ、呪いのエンチャントな。呪いは、お前の動きをノロくするし、精神力を削り切って魔法の類を使えなくする」


 お前が産声上げられない理由がそれ。と俺が言うと、末裔筆頭の顔は呆然と俺を凝視する。


「んで次。血を吐いた理由は、このペンダントのエンチャントな。『猛毒』。猛毒はお前の命を急速に削る上に、溜まりきったタイミングで最大HPに比例した大ダメージが入る」


 言っている傍から、両方の顔から再び大量の血が噴き出た。末裔筆頭の顔は、「あ……、あぁ……!」と俺から恐怖の眼差しを外すことが出来ない。


「最後に、この炎な。なぁ、こうやって話してるだけで、何でドンドン呪いも猛毒も溜まってくと思う? お前が苦しい思いして、血を吐かなきゃなんないと思う」


 末裔筆頭の顔、強張って震えるばかり。だから俺は、ニンマリと笑って教えてやる。


「それは、この炎に、『呪い』も『猛毒』も乗ってるからだ。極論、俺はお前の近くに居るだけでその二つを蓄積させ、炸裂させる。分かるか、末裔筆頭」


 俺は大槌を手に取り、力の抜けた赤魔王の両腕を壁にたたきつける。大槌は腕ごと壁にめり込み、固定されて動かない。


 そして俺は、高所にあった末裔筆頭の顔を、腕力で引き寄せた。


「もうお前、終わりなんだよ。超絶脳筋ビルドでボコられて、回復のための破壊魔法も魔力切れで使えない。腕も固定され、猛毒は蓄積し続け、何度だってお前に致命的なダメージを入れる」


 後は、と俺は腕を構えた。


「お前、ムカつくからさ。俺の気が済むまでサンドバッグになってくれよ」


「ひっ」


 叩き込む。末裔筆頭の顔から血が飛ぶ。歯が折れ、ポロリと口からこぼれ落ちる。


「や、やめてくれ。やめてくれッ! ゆる、許してくれっ!」


「許す? そういうのはさ、日ごろ色んな奴を許してる奴が言うから効果があるんだぞ。お前、小さいことで、どれだけ他人を責めてきた? ん?」


「あ……」


 もう一度、拳。瞼の上に突き刺さった末裔筆頭の顔は、まるで漫画のように腫れ、直後猛毒が蓄積して大量の血を吐く。


「いや、だ、死にたく、死にたくない……!」


「いいや、死ぬよお前は。俺が殺す。人間辞めた時点で、もう殺す以外に手はなくなった。可哀そうになぁ。哀れな国家転覆犯なら、牢屋に入る時間くらいはあっただろうに」


 さらに拳を叩き込む。末裔筆頭の顔は、もはや恐怖しかない。ただ死を恐れ、俺を恐れている。


 だがそれでは足りない。最後に、俺は語り掛ける。


「末裔筆頭。何故こんな事になったと思う」


「な、ぜ……?」


「考えろ。お前は、誰の怒りを買ったんだ?」


「そ、それは、貴様、の……」


「残念。俺じゃあないんだな。俺は、ちょっとムカつくくらいなんだ。だってそうだろ。俺個人の力は、さしたるものじゃない。ちょっとずる賢いだけの学生だ。本当にお前をここまで追いやったのは、何だ?」


「貴様では、ない……? なら、な―――ぁ」


 そこで、末裔筆頭は理解する。俺に怯えるよりももっと、もっと深い恐怖に震えだし、滝汗を流し始める。


「あ、ああ、私は、私は何てことを。お許しを。お許しください。後悔しています。懺悔します。だから、私に、私に、慈悲を―――っ」


 その時、俺の仮面、『獣の勇者の忌み仮面』に、何かが宿った。


 忌み仮面が告げる。


『許してなるものか。貴様は勇者の恥さらしだ。我らが血を引いておきながら、魔王になり果てるとは』


 蟲毒のペンダントに、いつの間にかムカデがまとわりついている。そのムカデが、末裔筆頭に怨嗟の声を投げかける。


『魔王は殺す。末裔であろうと殺す。殺して、食らって、蟲毒にし、次なる魔王を殺すための糧とする』


 末裔筆頭の横の顔。瞼を縫い閉ざされた女性の口が、開く。


『許せぬ。我が呪いを魔王に捧げるとは。その魂、粉々に引き裂いてくれる。地獄すら生ぬるい。貴様の魂は、一片たりともこの世には残さぬ』


 勇者たちに呪いの言葉をかけられて、末裔筆頭は恐怖に涙した。


「あ、あぁ、ぁあああああああぁぁぁああああ! ゆ、許してください! 許してください! 偉大なる勇者様たち! 私に、私に慈悲を! 死の安寧を!」


 勇者たちは、告げた。


『『『魔王に慈悲無し。呪われよ。その魂の隅々までも、侵し尽くしてくれる』』』


「ぁ……! おぇええええええええ!」


 末裔筆頭の顔が、大量の血を吐きだした。赤魔王の身体がどんどんと萎んでいく。破壊した床の下へとその体を小さくしていき、見えなくなる。


 俺は崖ギリギリまで歩み寄り、そしてしゃがんで見下ろした。地階の底には、萎びた末裔筆頭の、こと切れた体が転がっていた。


「だから、まだ人間だった時に言ったのにな」


 俺は忌み仮面を外しながら、肩を竦める。


「『よかったな。魔王を召喚したら、こんなもんじゃ済まなかった』ってさ」


 それで呼び出しちゃ世話ないよ。そう言いながら、俺は指を三回鳴らし、学生服に戻ってから、こっそりとこう続けた。


「ま、俺は楽しかったからいいんだけど、な」


 勇者様たちが気の毒だ。俺みたいな悪い奴が、勇者装備を受け継ぐとは。

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