第76話 世界救った実感とかないが
俺が戻ってユリアンを助け起こすと、ユリアンはキラキラした目で俺を見つめていた。
え、何?
「勇者様の誕生を、この目で見ることになろうとは……」
「は?」
「カスナー、あらため、勇者様」
ユリアンは、とてもいい顔で俺に微笑みかけてくる。
「まずはその勝利を讃えさせてください。あなたは、魔王の手から世界を救った勇者。人類を代表して、まず私から感謝を述べさせてください」
そう言って、仰々しく首を垂れるユリアン。俺はちょっと考えて、「ユリアン」と呼んだ。
「何でしょうか、勇者様!」
「とりま疲れたし凱旋というかみんなの元に戻ろうぜ。あと勇者命令」
「何なりと」
「敬語やめろ。あ、ついでに呼び方も名前でいいわ。ゴットって呼んでくれ」
俺たちがロビーに戻ると、みんながパァッと顔を晴れさせてこちらに駆け寄ってきた。
「ゴット! 勝ったのですね! あなたなら勝つと信じていました!」
いの一番に飛び込んでくるのはスノウだ。俺に抱き着いてきて、それから頬擦りしてくる。
「スノウ」
「何ですか?」
「ここぞとばかりにみんなの前でイチャついてるな?」
俺が言うと、すっと離れて、視線を明後日の方向に。
「そ、そそ、そんなことはないですよ? これを機に、みんなに婚約者マウントを取ろうとか思ってません」
「思ってなきゃ出てこない台詞なんだよそれは」
スノウは変わらんなぁ、と思っていると、ユリアンが咳払いをし、改めてスノウに言った。
「奏上します! スノウ殿下! この度、ブレイブ末裔筆頭は、勇者の末裔の立場でありながら勇者の遺産を私利私欲で活用し、魔王復活の儀式を企んでおりました!」
「ええ、存じています」
「その上で、ゴット様がブレイブを破ったところ、ブレイブは魔王復活の儀式を執り行い、自身を魔王と化しました!」
それに、スノウはキョトンとし、周りの全員が息をのんだ。ユリアンは続ける。
「そしてゴット様は、魔王と化したブレイブを撃破! ゴット様は本日をもって、魔王を破った勇者であることを、勇者の末裔として、ここに認定いたします!」
シン……と場が静かになる。だがそれは、嵐の前の静けさだった。
「キャ―――! すごいっ! すごすぎます! ゴット! あなたを選んだ私の目は間違っていませんでした!」
「俺もスノウの行動力と即決力だけは認めてる」
「すごいすごいすごいっ! え、本当にこれ行けますよ! 皇帝! ルーン帝ゴット行けますよこれ!」
「二つ名作るのは早いわ。だいぶ早いわ」
今度は全くの打算無しで、俺に抱き着いてきてぎゅっと力を籠めるスノウ。俺は可愛いし拒むのもアレだしで、仕方なくその背中をぽんぽん叩く。
他の面々は、今日はスノウのデート日という約束を律義に守っているようで、震えるほど我慢して俺たちを見つめていた。こわいよー。魔王よりも怖いよヒロインズ。
「となれば凱旋ですね!」
え、俺これが凱旋のつもりだったんだけど。
俺の困惑を置いて、スノウは音頭を取る。
「みなさん! 今日はめでたい日ですよ! 私の婚約者、ゴットが勇者となった日です! 盛大にみんなでお祝いしましょう! そして喧伝するのです! 『スノウ殿下の婚約者、ゴットは勇者となれり!』と!」
スノウが呼びかけることで、ワーッとみんなが騒ぎ始める。身を潜めていた反筆頭の末裔たちも出てきて、「これは盛大に祝わねばなりませんね!」などと言っている。
俺だけが付いていけてない。いや、シュテファン並みにヒリヒリする戦いではあったけどさ。割と個人的な楽しみだったというか。悪いこと結構したし、あんまり公にすると困るのは俺……。
そんな俺の戸惑いはおいて、話はどんどんと進む。
「大号令です! 学院の大ホールに宴の準備を! とてもめでたいことです! 今日この日を祝日とし、帝都全域の飲食費を私のポケットマネーから出しましょう!」
言いながら、スノウはどこかで見たような高級そうな袋を掲げる。―――アレ、俺が拒否った白金貨十枚か! 日本円換算30億円か! ここで使うのかよ!
俺はもうこの大騒ぎに、照れる戸惑うを通り越して、呆然としてしまう。
スノウは淡々とユリアンやミレイユに祭りの段取りを命じて、二人を走らせた。あいつ人の遣い方とバラマキもうまいのかよ。生粋の皇族である。
そして俺の元まで戻ってきて、スノウは俺の手を取った。
「さぁ、帰りましょう! まずは学院への凱旋です! すでに伝令は走らせましたので、全員ゴットが勇者になったことを知って迎え入れてくれることでしょう!」
「え、あ、うん」
「次はパーティです! 飲んで食べて騒いで、そして私と踊りましょう! さぁ行きますよ!」
スノウに手を引かれ、俺は建物を出る。振り返ると、巨大だった建物は半壊状態だ。外にも人が集まっている場所があって、そこに筆頭の亡骸があるのだと思った。
馬車に乗り込むと、静寂が戻ってきた。カラカラと走り出す。向かいに座るスノウが、にま~っと満足げな笑みで俺を見つめている。
「何だよ」
「ゴット、あなたは素晴らしい人です」
急に照れることを言われ、俺は口をつぐむ。
「私の行動は衝動的で、突発的、短絡的とよく言われます。私自身も、それで後悔することもあります」
でも、とスノウは強い目で俺を見つめた。
「でも、あなたを婚約者にして、皇帝につけようというのだけは、きっと私のつかみ取った、最も大きな正解だと思っています」
「……いい機会だから言うけど、俺に皇帝なんか務まるとは思えないぞ」
言うと、スノウは小さく笑う。
「父も同じことを言っていたそうです。ですが父の治世は、戦争ばかりだったこの帝国においても、最も平穏と言われています。その秘訣を問われ、父はこう答えました」
スノウは、一呼吸おいて言った。
「『人間は一人では無力だ。それを認め、誰かを頼れるようになることこそ、最も大きな人間の力になる』と」
「……頼る、ね」
「ゴットは、いい皇帝になります。私を助けてくれますし、こんな私にも頼ってくれます。それに」
「それに?」
スノウは、処女雪のような真っ白な肌を、僅かに赤らめていった。
「そんなあなたを、私は愛しているのですよ、ゴット」
スノウが、俺に両手を伸ばしてくる。そしてそっと俺の顔を挟んで、口づけをした。俺は驚き、それからスノウの実は必死な表情を見て、身を任せることにする。
スノウは、十数秒の長いキスの果てに、そっと口を離した。
「今日は、楽しみましょうね」
「……ああ。楽しもう」
スノウは、頬に紅潮を宿しながら、無邪気な微笑みを浮かべた。俺は視線を逸らして、頭を掻く。
そして思うのだ。
―――マズいな、真剣に絆されかけてる、と。
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