第74話 勇者の末裔筆頭、ブレイブ

 筆頭補佐を倒した直後、俺たちは逃げてきたフェリシーたちに遭遇した。


「……何でいるんですか?」


 そして冷めた声ですっと差し込んでくるスノウである。こいつ本当にブレないね。


 一方ちょっと負い目があるので気まずい表情をする三人娘。ミレイユは一人「殿下……? そんな状況ではなくないですか……?」と困惑している。


 仕方ないので、助け舟を出して全員追い払うことにした。


「スノウ、俺があらかじめ頼んでおいたんだよ。ありがとなみんな。で、ここで残念ながらデートはおしまいだ」


 俺は全員に視線をやってから、口を開く。


「ここからは、淑女には見せられない戦いが始まる。だから、みんなは一旦帰っててくれ。俺があのクソをボコしてくる」


 俺の言葉に、スノウ、ヤンナが怯えるように身を竦ませた。一方フェリシーはニヤケだし、シュゼットはとても微妙な顔をし、ミレイユは俺を軽蔑の目で見ている。


 ミレイユに視線をやると、「ではみなさん、ワタクシがロビーまで案内します」と言った。スノウは唇を尖らせて不満そうにしていたが、「はぁい……」と納得した。


 そこで、ヤンナが近寄ってくる。


「ゴット様、一つお伝えすることが」


「ん? どした」


「祭壇の破壊についてですが、大体半分程度まで進みました。ですので、魔王を召喚するための機構としては、すでに半ば成立しないという段階には至っております」


「お、ナイス」


「あ、いえ、その、恐縮です……それでその、ここからが本題なのですが」


 ヤンナは、難しい顔をして言う。


「その、半壊している魔王祭壇で、大量の血が流れました。これは祭壇の起動の手順の一つです。つまりは、半壊していながら、祭壇は起動状態にある、という事です」


「なるほど……?」


 ゲームにはない展開で、俺は眉を顰める。


「どうなるか、ヤンナにも分かりません。申し訳ございません」


「いや、それを教えてくれただけで十分だ。注意してくれってことだろ。ありがとな」


 微笑みかけると、ヤンナは一気に張り詰めた表情を崩して、泣き出す寸前の弱った顔で「ゴット様~」と手を伸ばしてくる。


 それを、無情にもスノウが止めた。


「ダメですよ、ヤンナ。今日はあくまで私のデート日です。ほら、行きますよ」


「ゴット様~~~!」


「行ーきーまーすーよー!」


「ゴット様~~~~~~!!」


 名残惜しそうに手を伸ばしながら、ヤンナはスノウに連行されていった。俺は出立の瞬間のように手を振って、全員が離れていくのを確認する。


 そして、踵を返した。


「さぁて、行くか。あの胸糞野郎を、ボコボコにしに」






 そして今、俺は勇者装備への転身を終え、末裔筆頭と啖呵を切り終えたところだった。


 俺の背後には祭壇。足元には床が覆われるくらいの大量の血。部屋の片隅にはユリアンが転がり、目の前には末裔筆頭が立っている。


「まずは来るといい。君のその思い上がった考えを、叩き折ってあげよう」


 余裕ぶって、末裔筆頭は剣を下ろす。俺はそれに思い出す。


 そういえば、ほとんど自動迎撃のルーンがあったな。末裔筆頭が攻撃モーションに入っていないと、ほとんど100%で潰されるのだ。


 最初は見に回る、というのが今までの俺の鉄則だった。だがここまでの戦闘で現実とゲームの違いはすでに掴んでいたし、末裔筆頭も、苦戦した分動きを鮮明に思い出せる。


 だから、今回からは見に回るのを止めることにした。そもそも、この勇者装備セットが、見に回るのに向いていない。


 この装備は、敵が満足に動く前に、叩き潰す装備セットだ。


 だから俺は、大猿の呪指を撫で、体の内に筋力の高まりを感じとる。


「フン、エンチャントアーティファクトか。少年。君はそんななりで、随分と自分の攻撃力に自信がないらしい」


 侮り。俺は、好都合だ、とさらに【決意の一撃】のルーンを撫でる。両手に持つ忌み獣の大槌が、赤いオーラに包まれた。ルーンエンチャはゲームよりも出が早くていい。


 それに、末裔筆頭は「……ああ」と声を出した。


「もういい。君の底は知れた。見かけ倒しの頼りない攻撃力を、エンチャントで高めて私に届かせよう、という涙ぐましい努力なのだろう。だが私は忙しい身の上でね」


 末裔筆頭は剣を翻す。そのモーションを見て、俺は「ああ、アレね」と呟く。末裔筆頭は俺に剣先を向け、体勢を低くし、駆けた。


「君の首を、一瞬の下に落としてやろう」


【末裔の剣技、血煙】


 末裔筆頭が俺目掛けて飛び出した。狙うは首。宣言通り、奴は俺の首を一撃で落とすつもりなのだろう。


 それを俺は、身軽に避けた。ローリング。全裸であれば、向上した持久力で俺は軽やかに動くことが出来る。移動系ルーンには見劣りするが、十分に回避可能だ。


 そして反転。俺は笑う。「外した?」と困惑する末裔筆頭目がけて跳躍し、そして二振りの大槌を振り下ろす。


 俺は、告げた。




「はい、一撃で勝利」


 二振りの超人的な大槌が、末裔筆頭を打ちのめす。




 末裔筆頭は、俺の宣言通り、一撃で壁まで吹き飛んだ。軽くめり込み、血を吐いて崩れ落ちる。立ち上がろうとして俺を見上げ、結局崩れ落ちて跪き、さらに血を吐きだした。


 その有様は悲惨だ。かすっただけの頭が割れて血を流し、もろに食らった胴体が見るからに凹んでいる。この一撃で腕はひしゃげ、剣を持つのもやっとという具合だ。


「なん、な、だ、ぞ、れば……!?」


 末裔筆頭は一撃で、すでにまともに喋れない。ユリアンが目を剥いて俺の武器を見つめている。俺はニヤリと笑って答えた。


「『何なんだ、それは』か? んなもん決まってる、お前が魔王に転用しようとした勇者の忌み武器シリーズを最適化した、脳筋御用達、『ボス一撃殺ビルド』だよ」


 通常攻撃にして一撃必殺。ゲーム換算で言ったら、俺の体力が1500のところ、この一撃は通常攻撃で3000は優に超える。


 他のルーンを使えばそれが5000とか10000とかいくのだ。そんなん即死だよ即死。


 要するに、人間に使う武器ではないのだ。もっと恐ろしい怪物たちを相手取ったときに、怪物たちからような、そんな武器。


 俺は、にっこりと呼びかける。


「なぁ、末裔筆頭。さっき、お前、何て言ってたっけか?」


 俺は、這いつくばる末裔筆頭に近寄り、その髪を掴んで持ち上げる。


「攻撃力に自信がない? 底が知れた? ―――違うね。違う違う。全然違うよ」


 俺の笑みを間近で受けて、末裔筆頭は凍り付く。


「お前じゃあ理解の及ばないレベルの相手に、お前はケンカを売ってしまったんだよ。俺のことじゃないぞ? お前が利用した、勇者たち。その、魔王を殺した呪い。それをお前は、冒涜してしまったんだ」


「ひっ」


 末裔筆頭は息をのみ、ガチガチと歯で音を鳴らす。


「震えてるのか? 今更? 勇者の呪いなんていう、最も恐ろしい呪いに手を出しておいて? じゃあ、よかったな。お前はそれで、魔王を呼び出そうとしたんだぞ。そうしたら、こんなもんじゃ済まなかった」


 俺の脅しがよほど良く効いたと見え、末裔筆頭は完全に心折れた様子でガタガタと震えていた。


 俺は、何だ、と思う。こんなものか、と。ゲームで戦った時はHP尽きるまで死闘を繰り広げたというのに、現実ではこの程度か、と。


 そんな俺の冷めた視線に、とうとう恐怖の糸が限界に達したらしい。末裔筆頭は急に震えをなくし、半分気絶したように呆然とし始めた。


「うわ、きたね」


 失禁。俺は奴の股間から流れ出した尿に、嫌な顔で手を放して離れた。まったく。ここまでせっかく準備を整えたというのに、この程度では肩透かしもいいところだ。


 その様に考えていたら、急に末裔筆頭の様子がおかしくなった。「あ」という呆けた声と共に、一気に跳ね起きる。そのまま半狂乱で「あああああああ」と叫びながら、祭壇に駆け寄り倒れ込む。


「ッ!? マズイ! カスナー、止めろ!」


 我に返ったらしいユリアンに言われ、俺は大槌を構え直した。そして一息の内に跳躍し―――


 振り返った末裔筆頭が、ニタリと破綻した笑みを向けてくる。


「残念だったな、少年。もう、貴様らは終わりだ」


 地面を覆うほどだった血が、祭壇を中心に集まった。


 俺の攻撃は、末裔筆頭に直撃した。末裔筆頭はひしゃげて潰れ、祭壇の上で人体の形として成立しないほどになる。


 だが、今度は怯えも痛がりもしなかった。不気味に「ひひひひひ」と笑っている。


「もう私は終わりだ」


 四肢をぐちゃぐちゃにした末裔筆頭が言う。


「悪事を知られ、抵抗しようのないほどの暴力で叩きのめされた。このまま敗北を認めたとて、私に待つのは死までの短い生と嘲りのみ」


 ひ、とやけくそのような笑い声が上がる。


「終わり。終わりだ。もう何をしても、私は皇帝になどなれはしない。スノウ殿下が我が妻になることも、我が子を宿すこともない。私は終わりだ。終わりだ。終わりならば」


 血涙を流した歪な顔が、俺を見る。


「この世界ごと、終らせてしまおう」


 祭壇の中央。瞼を縫い閉ざされた女性の首が爆ぜる。そこから弾けたのは大量の血潮。それは祭壇を丸ごと包み込み、近くに居た末裔筆頭も巻き添えで飲み込まれた。


 そして血の渦は、一つの塊になった。脈動。まるで大きな心臓のように、あるいは新たな生命の誕生のように、それは鼓動している。


「マズイ、マズイぞ。なんてことだ。こんなことが」


 ユリアンが震えながらその様子を見つめている。俺はユリアンに問いを投げかける。


「おい、ユリアン。祭壇は半壊したけど起動状態だって聞いた。そこに至ってのこれだ。魔王の召喚の話は聞いてるが、これはどうなるんだ」


「召喚は恐らくされていない! だが、恐らく筆頭は、寸前で術式を書き換えたんだ! よりおぞましいやり方に。より勇者様を冒涜する方法に!」


「つまり、何だよ」


 ユリアンは、叫ぶように言う。


! 勇者の呪いを糧に、勇者の末裔を依り代に、勇者の殺してきた魔王が、現世に再臨するんだッ!」


 俺は脈動する血の塊を見る。グロテスクなその塊。それはさらに何度かの脈動を繰り返した後、急激に硬質化する。


 そして中から、殻を割るように這い出てきたモノがあった。


 それは、形容しがたい姿をしていた。血液で出来た巨大な赤子の様なフォルムに、末裔筆頭と首の女性の顔が二つ貼りついた頭部。蠢く細かな長い触手。


 ガパ、と開いたその二つの顔の口から、巨大な赤子の手が何かを取り出し呻く。


 それは、俺が持つ忌み獣の大槌を、血で再構築したレプリカだった。形ばかりを真似した粗雑なもの。だがそこに宿る怨念と呪いは、間違いなく勇者のもの。


「―――ふぐっ、くっ……」


 俺は。


「……ぷっ、ブワハハハハハハハハハハ!」


 吹き出し、爆笑していた。


「おいおいこんな展開なかったろ!? 何だお前、末裔筆頭! 勇者の呪いを転用して魔王を召喚して、それを倒してマッチポンプ、とかバカバカしいと思ってたら、飲み込まれた! アッハハハハハハ!」


「カスナー!? おい、止めてくれ、おかしくなるな! もう君しかこんなものは止められないんだぞ!」


「おかしくなんてなってないから放せユリアン! えー何だよそれズルいよ! 面白すぎだって! おいおいおい!」


 俺は面白くなりすぎて笑いを止められない。


「お前ちょっとした裏ボスだろ! そのムーブはラスボスじゃん! マッチポンプで勇者になろうとしたら、絶望して魔王に呑まれて魔王になりましたって! おいしすぎだろ!」


「本当に何を言ってるんだ!? この状況だぞ!? もう少し真剣になれないのか!?」


「いやーだってこれはズルいよ! 即潰して歯ごたえないなってところで、ここまで見たことない大物出されちゃったらもう気分はアゲアゲに決まってんじゃんか!」


「アゲアゲ!?」


 駄々をこねるように巨大な赤ん坊は暴れ、まるでガラガラの様に振り回される大槌が、いとも容易く部屋を破壊する。


 その度に赤ちゃん魔王、略して赤魔王は瓦礫を口に運んで咀嚼し、その体積を増やしていった。最初は全長三メートルくらいだったのに、もう天井の低さに屈むほど。


 癇癪を起こしたように滅茶苦茶に暴れ、そして赤魔王は俺を見る。


「お前の所為だ」


 末裔筆頭の顔が、にちゃあと笑う。


「お前が、世界を終わらせるのだ。お前の所為で、世界が終わるのだ。後悔しろ。懺悔しろ。そして飲み込まれ、苦しみの中死ぬがいい」


「違うね」


 俺は指を二度鳴らす。大ルーンの書を召喚し、「大魔法、炎」と唱える。


 俺の身体は炎上を始めた。大ルーンの書を閉じ、消失させる。そして蟲毒のペンダントをなぞって大槌に猛毒を付与し、【忌み獣の咆哮】を発動させ呪いを纏った。


「勇者ビルドの発表会は、お前じゃあ不足だからって、運命がふさわしい敵を采配してくれたのさ。俺の所為で世界が終わる? 逆だね。俺のお蔭で世界が救われるんだよバァーカ」


 ようやく、勇者ビルドが整って、『大魔法、炎』が真価を発揮するようになったのだ。俺はともすれば吹き出してしまいそうな気分で、大槌を構える。


「さぁ、悪いことしちゃうぞ」


 名実ともに、勇者と魔王の決戦が始まった。

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