第73話 ユリアンの奮闘


 凄まじいな、と思う。


 それが、戦闘を終えて振り返った、ユリアンの感想だった。


 勇者の呪いを転用して、魔王召喚の糧とする。そのための祭壇の周囲には、相当数の末裔たちが倒れていた。


 その様子は、鎧袖一触、死屍累々。最後に多少、ユリアンも助太刀したが、ほとんどすべてを、この少女がなぎ倒したというのだから驚きだ。


 その少女の名を知らなくて、「失礼。こんな時だが、名前を聞いては良いかな。君のような剣士が学院に居たら、知らないはずはないと思ったのだが」と問う。


 豊かな黒髪のツインテールを持った少女は、にひ、と意地悪な笑みを浮かべて言った。


「シュゼット・ジンガレッティ・コウトニークだよ」


「コウトニーク……ああ! なるほど、君はシュテファン君の血縁……」


 言いかけて、止まる。彼にまつわる、最近の噂。彼の血縁は親子のみで、兄弟姉妹といった相手もいないこと。総合的に判断して、ユリアンは重く息を吐きだす。


「……ではなく、本人、だね。久しぶりだ。以前会った時に比べて、随分と雰囲気が変わってしまったが」


「あははっ! 逆逆! 雰囲気は変わってないよ。容姿だけが、変わったの」


 言われて、思う。確かに飄々とした点は変わっていない。僅かな面影を残して、性別も、背丈も変わってしまったが、本質的なところは変わっていない、のかもしれない。


「まぁ、それはいい。それで、彼女たちがいじっているのは、何だ?」


「魔王召喚の儀式祭壇だよ。これを破壊すれば、魔王は召喚されない、ってとこかな」


 進捗どおー? とシュゼットに尋ねられて、「あと半分くらいです」と作業を続けながら答える、亜麻色の髪の少女。彼女は確か、カスナーの元婚約者だったか。


「カスナーの周りには有能な人材が集まるのだな。君に、彼女、何よりもスノウ殿下。あるいは、スノウ殿下が集めているのか」


「え?」


「え、とは何だ、え、とは」


「い、いや? 何でもないよ」


 妙にたどたどしい受け答えだが、ユリアンにはさして興味もない。それでスルーしようとした時だった。


 シュゼットが、叫ぶ。


「二人とも! 動かないで!」


【縮地】


 言いながらルーンを発動させ、瞬く間にシュゼットはヤンナを回収した。何だ、と思った瞬間、ユリアンにも感じられるほど鋭い殺気に気付く。


 そして奴は、天井を破って降り立った。


「勘の鋭いことだ。人質に取れば、スノウ殿下を手に入れるのも早かっただろうに」


 ユリアンは総毛立つ。祭壇の前に現れた者。勇者の末裔の筆頭でありながら、私利私欲のために魔王を召喚しようと考える狂人。


 末裔筆頭、ブレイブ。奴が、能面のような顔でそこに立っていた。


「わー来ちゃったよ。無敵の呪い解かれてるかなぁ。それでなくともこいつ、まぁまぁ強いからなぁ」


 嫌そうな顔で、シュゼットは言う。ヤンナは何が見えたのか、筆頭を見て「ひっ」と短く息をのんだ。


「しかし、少年少女が三人余り、か。この程度の敵に、何を苦戦しているのか。まぁいい。弱いものも粛清対象だ。遅かれ早かれ、こうなっていたことだろう」


 末裔筆頭は、煌びやかな直剣を抜き、そっと横に構えた。


 その腕が僅かにブレる。何かしたのか。そう思った直後だった。


 倒れ伏していた全ての末裔たちの首が飛ぶ。おびただしい血に部屋が溢れる。


「な―――なんてことを!」


 ユリアンが叫ぶ。シュゼットも流石にこれには驚いたらしく、「うわー、クソじゃんこいつ。こんなとは知らなかった」と睨みつける。


 だが、ヤンナの反応は違った。


「……これは」


 ヤンナはシュゼットの耳に、コソコソと何かを耳打つ。「なるほど、それは、マズいね」と呟くシュゼット。


 ユリアンにその内容は分からないが、ひとまず時間が欲しいタイミングであることは理解する。


 つまりは、カスナーが無敵の呪いを破る時間。あるいはそれを、確認するための時間が。


 ユリアンは深呼吸をし、剣を構える。


「行け、諸君」


「え? それは、どういう」


 戸惑うシュゼットに、ユリアンは言う。


「今回の鍵は、カスナーだろう。そのくらい分かる。カスナーが君たちを連れてきたから、ここまで状況は進んだ。違うか」


「まぁ、そうだね。ゴットはゴットで仕事してるはずだし」


「なら、君たちが人質になるのは状況的に良くない。カスナーが鍵である以上、カスナーにとって人質の価値がある人間は、すべからくここを離れるべきだ」


「それは、つまり、君だけで末裔筆頭と対峙するってこと?」


 シュゼットの確認に、ユリアンは深く頷く。


「僕とカスナーの関わりは薄い。人質に取られたとて、そこまで状況的に不利になるとは考えにくい。僕を置いて逃げろ。捨て身の殿くらいなら、僕にだって務まるさ」


「―――恩に着るよ。二人とも、口閉じて! 舌噛んだら痛いよ!」


【縮地】


 シュゼットはルーン魔法を何度も発動させて、瞬く間にこの場から離れていった。その様子を、感情のない目で見送ってから、末裔筆頭はユリアンに問いかけてくる。


「君一人で、私の相手が務まると思われるとは。これは、侮辱に等しいね。粛清しなければならない」


「務まるとも。それに、見送ってよかったのか? 戻ってきたとき、彼女らはきっと貴様を殺すぞ、筆頭」


「ふ、殺せるものか。そもそも筆頭補佐が、私の『無敵の呪い』を守っている。彼女らに、それをどうやって破るというのか」


 能面のような顔を歪ませて、筆頭は薄気味悪い笑みを浮かべる。


「ああ、楽しみだなぁ。補佐に敗れ、並べられる少女らの姿が。あるいは、補佐に敗れ逃げ延びようとしたところを、私がゆっくりと捕まえるのも一興か」


 ユリアンは、その物言いに目を細める。


「密室の呪い、か」


「ああ。この建物に一定時間以上居座った人間は、私の認可を受けるか、私を屈服させるまでこの建物を出ることが出来ない。ユリアン、ミレイユ。君たちもそれで困っている。実に有用な呪いだ」


 クククッと筆頭は笑う。下種な男だ。敵を甚振るように追い詰める。掌の上で転がる様を見て笑う。


「そして私にイチかバチかで挑んだとき、『無敵の呪い』によって守られた私が、連中を嬲るのだ。ふ、ふふ、ふふふ。ああ、楽しみだ。楽しみで仕方がない」


 奴は悪魔のように手を広げ、哄笑を上げる。


「まず、誰から正義を教え込もうか。あの亜麻色の髪の少女がいいか。気の弱そうな顔をしていた。嬲れば簡単に心が折れるだろう。そうすれば、他の少女たちも折れやすくなる。仲間の屈伏とは、心に響くものだよ、ユリアン」


「次はあの黒髪の少女にしようか。気の強そうな顔をしている。私にひときわ強い反感も持っていたね。長い時間をかけて、丹念に粛清せねば。彼女の泣き顔を見るのが、今から楽しみだよ」


「そして、それをミレイユに見せつけよう。君が巻き込んだから、みんな苦しんでいるのだよ、と教えてあげるんだ。彼女は一度折れている。きっと次は、ひどく従順になることだろう」


「最後はスノウ殿下だ。彼女は今後、私の妻となり、我が子を宿す身。体に傷をつけられないという制約はあるが、幸運にも複数、彼女を追い詰めるためのがある。上手く使えば、指一本触れずに正義の下にひれ伏すことだろう」


 朗々と語る末裔筆頭に、その気色悪さに、ユリアンは血の気の引く思いをする。


 末裔筆頭は、醜く笑った。


「無垢な思い上がりを踏みにじり、本当の正義を教え込む瞬間は、実に快感なのだよ、ユリアン。是非とも彼女らに真の正義を教え込んであげたいものだ。その時の表情が、今から楽しみで仕方がな―――」


 その時、カシャン、と硬質な何かが砕ける音がした。末裔筆頭は硬直する。それにユリアンは察して、笑った。


「どうやら、筆頭補佐は倒れたらしい。残るは貴様だけだぞ、末裔筆頭」


「……その態度、実に不正義だね。粛清してあげよう」


「生憎とッ! そんな柔な鍛え方はしていない!」


【霹靂】


 振るった剣から、末裔筆頭目がけて青い雷がほとばしる。ほとんど必中の攻撃。無敵が解かれた今、少なからず末裔筆頭にダメージを与えるはずだった。


 だが、そうはならなかった。


「【末裔の剣技、空切】」


 雷が、末裔筆頭の剣によって切り裂かれる。「は……?」と漏れたのはユリアンの声。ユリアンは、一歩後ずさる。


「ユリアン。君は実に優秀な学生だった。だがね、それは、あくまでも学生という未熟な子供たちの中において、という事にすぎない」


「く……ッ、それでも!」


【霹靂】


【末裔の剣技、空切】


「それでもッ! 僕は時間を稼ぐと言ったんだ!」


【霹靂】


【末裔の剣技、空切】


 放った雷が、全て切り伏せられていく。末裔筆頭はゆっくりとゆっくりとユリアンに近寄ってくる。一瞬ここから逃げ出すことが脳裏によぎるが、頭を振ってその誘惑を振り払った。


「っああああああ!」


 破れかぶれでユリアンは切りかかる。その剣は平然と末裔筆頭の剣の下に受け止められ、いとも容易く受け流された。


 体勢を崩す。足を払われる。浮いた体。眼前に迫る末裔筆頭の足の裏。


末裔筆頭が、ユリアンを踏みつけ、地面にねじ伏せる。


「がっ、は……!」


「まったく、若者というのは、思い上がりで行動するから始末に負えない。これだから大人が責任をもって、粛清せねばならないのだよ」


 頭を地面に踏みつけにされ、衝撃でくらくらする。そこに体重をかけて踏みにじられ、頭蓋が強烈な痛みを訴えている。


「が、や、め……!」


「ほら、『許してください。僕が悪かったです』だ。謝りなさい、ユリアン。でなければ、私はきっと君が死ぬまで粛清を続けることだろう」


 じわじわと掛ける体重を増やしながら、末裔筆頭は言う。ユリアンはその屈辱に、涙さえ流しながら叫ぶ。


「言う……ものか……! 間違っている、のは、悪は、貴様だ、末裔筆頭……ッ!」


「は、は、は、は。良く耐えるものだ。なら、これならどうか―――」


 その時、ユリアンは末裔筆頭の足が止まったことに気付く。ユリアンは頭を動かし、末裔筆頭の視線の先を探った。


 そこ立っていたのは、カスナーだった。一人、ローブに身を包み不敵に笑っている。


「……君は、以前私に反抗した少年だね。不遜にも、スノウ殿下の婚約者に収まった身の程知らずだ」


 カスナーは答えない。味方にこんな事を思うのもどうかと思うが、気味の悪い笑みを浮かべて末裔筆頭を見つめている。


「だんまりか。もしかして、この土壇場に遭遇して恐ろしいのかな。ああ、君ももちろん粛清してあげよう。君は、未来の我が妻、スノウ殿下を娶るのに邪魔だからね」


 それでもカスナーは、半笑いのまま黙っている。それにいら立って、「何か言ったらどうなんだ」とユリアンの上に乗せていた足を前に踏み出した瞬間だった。


【影狼】


 影と化したカスナーが、ユリアンを瞬時に救い出した。そして雑に部屋の隅に投げ出される。


 そして笑いながら言うのだ。


「はい隙だらけ~! 馬鹿丸出し~!」


 ケタケタと笑って、カスナーは末裔筆頭をバカにする。末裔筆頭の能面めいて硬直した表情は、極度のいら立ちの証拠だ。


 末裔筆頭は、言う。


「ほう、君は「え!? お前この期に及んでそのくっせぇ口で何か喋るの!? やめてくれよもう一生分聞いたってきんもちわっるい!」


「何を「あーあーあー! ウザイウザイウザイ! だからキモイって! 立場と力笠に着て、弱い者いじめしてイキってる奴の話なんか聞きたくないんだわ!」


 カスナーは怒涛の勢いでしゃべり、末裔筆頭に全く喋らせない。能面で済んでいた末裔筆頭の顔に、血管が浮いてプルプルと震えだす。


 だがカスナーは、構わず話を続けるのだ。


「なぁ正義マン。思い上がりの集大成くん。正義っていう棍棒持った縄文人。お前自分が殴られない立場で他人殴って楽しいか? ああ、答えなくていいよ。楽しいんだろ?」


 カスナーはうんうん頷く。


「そうだよな。殴り返されない立場で、一方的に叩くのは楽しいよな。俺もそう思う。超快感なんだろ? だからさ」


 カスナーは、二度、指を鳴らした。


 その手に現れるは、書物。そこに手を当て、カスナーは言う。


「装備セット狂人、改め―――装備セット、勇者」


 書物が勝手に捲れる。その手の内にルーンの輝きが放たれる。


 そして閉ざされた書は消え、カスナーの全身が光に包まれた。


 その神秘的な光は、カスナーのローブをはぎ取り、服をはぎ取り、代わりに仮面と、恐ろしい大槌と、ジャラジャラとした首飾りを与えた。


 逆に言えば、それだけの姿だった。腰巻以外ほぼ全裸。勇者、と言われて納得できる姿ではない。それはどちらかと言うと、呪術の盛んな地域の蛮族とでもいうべき姿。


 だがそれでも、カスナーの姿は、ユリアンには勇者めいて見えた。


 カスナーは、言う。


「俺にも、味わわせてくれよ。一方的に敵を嬲る快感を。お前の身体で。お前の醜く歪み切った心で」


 その言葉は呪いだった。執念だった。おぞましく、恐ろしく、しかし頼もしい護国の鬼。


 勇者。


 カスナーは、呪わしい姿で言葉を吐く。


「さぁ、やろうぜ。お前は呪いを冒涜した。その報いを、その身に叩き込んでやるよ」


「狂人めが……! 私が、貴様を粛清してくれる」


 末裔筆頭が、剣先をカスナーに向けた。カスナーが、ゲタゲタと笑いだす。

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