第81話 皇帝陛下の無茶振り裁判
スノウの弁は、いつもに比べても明瞭だった。
「公爵、お言葉ですが、『勇者』の称号は、この程度の身分差を埋められないほど軽いものではございません。平民を侯爵に任ずるほどの称号が勇者です。伯爵なら言わずもがな」
「ぐ……」
スノウはこういう時、スラスラと物を言う。基本的に自分が一番偉い自負があるから、物怖じとかないんだよな。強いわ。
しかし公爵、この程度では折れてこない。
「そ、そうは言いますが、その勇者の称号もどこまで信憑性のある話か分かりません! 例えば―――そう! ゴットハルト君、魔王討伐について、君は語れるかね?」
公爵は俺の魔王討伐を、そもそも嘘であるという前提で攻めてくる路線のようだ。
っていうかそれしかないわな。勇者ってそのまま皇帝になるパターンとかあるらしいし。かなりの功績と権威であるというのは覆せない前提のようだ。
俺は答える。
「魔王となった勇者の末裔筆頭、ブレイブは勇者の呪いを利用して魔王になりました。ですので、こちらも勇者の呪いで叩き潰しました」
「は……? 勇者の呪い……? 何を言っている。勇者とは神々しい力でもって、魔王を討伐する―――」
「あ、この短い話でもう分かったわ。ゴット君やるなぁ」
カラカラと笑って言う陛下に、俺はむしろ口端を引きつらせる。なるほど。陛下ってそういえば、スノウ曰く幼少期にメチャクチャ誘拐されて自力で帰ってきた人だったわ。
「ちなみにどんな呪いだ?」
陛下の問いに、俺は答える。
「呪い付与の大槌と、猛毒付与のペンダントを」
「ほー! 呪いと猛毒! いいね。猛毒、強いよな。俺の愛用武器にもあるぜ」
「陛下猛毒武器愛用してるんですか!?」
「たまにしか使わないけどな。そもそも戦う機会自体減ったし」
悪戯っぽい表情で言う陛下。この人やばいぞ! 全然歴戦だぞこの人!
俺は頭を下げて「御見それしました……」という。陛下はカラカラ笑ってスノウに言った。
「スノウ、俺ゴット君大好きだわ。多分武器話ですげー盛り上がれる気がする」
「本当ですか! じゃあこのまま次期皇帝に」
「それはまぁ努力次第だが」
「むう……お父様の意地悪」
「ハハハ」
軽ーい調子で世界最大国家の次期皇帝の座が扱われている。憤懣やるかたないのは公爵だ。
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……! おい、バカルディ! お前も何とか言ったらどうだ!」
「は? 親父が勝手に連れてきたんだろ? つーかカスナーは今じゃ学院でも有数の実力者だぜ。挑むわけないだろ」
アレっ、となるのは俺だ。このバカルディ、ゲームではヘイト買ってくるタイプのキャラだったのだが、今回は違うらしい。
バカルディは俺を見て、手をひらひらさせて放しかけてくる。
「ってわけだ、カスナー。親父はこの通りだが、オレはお前の敵にならないぜ。オレは確かに女好きだが、お前の女に手を出して殺されたくねぇ」
「いや殺しはしないが……」
「お前裁判所に入る前に『処す』とか言ってたのオレ聞いてたぞ?」
「あ~~~。じゃあ殺すかも」
「じゃあ、で殺されたら堪ったもんじゃねぇやな」
ゲラゲラとバカルディは笑う。
「だから、敵対につながるようなことはしないのさ。むしろ次期皇帝有力候補だ。仲良くしてほしいくらいだね」
「ほーう……? ちなみに俺、実はお前のこと嫌いじゃないぞ?」
「おっ?」「えっ?」「はいっ?」
バカルディ本人、そして俺が忠告したスノウ、ヤンナの二人が驚きに声を上げる。
そう。実は俺、バカルディというキャラは嫌いじゃない。この嫌いじゃない、という言葉には割と万感の思いが込められているので、そこが多少難しいのだが。
簡単に説明すると、このバカ息子ことバカルディは、『最初は主人公に突っかかってくるが、途中で改心してメチャクチャいい奴になる』系のキャラなのだ。
いやもうそのシナリオ本当に良くて……。だから実は、最終的な評価としては「かなり好き」に分類されるのだが、現時点ではそうではないので「嫌いではない」になる。
バカルディは金髪をオールバックに撫でつけて、笑いかけてくる。
「そうかい。ならぜひとも仲良くしてほしいもんだな。よろしく頼むぜ、次期皇帝陛下」
「次期皇帝かは知らんが、バカルディとは一緒にえげつない死線をくぐりたいと思ってる。よろしくな」
「今一瞬でよろしくしたくなくなったが」
「絶対巻き込んでやるからな」
「は!? 何でオレそんな目をつけられてんだ!? こぇえんだけど!」
バカルディと、勇者の末裔コンビの男の方ことユリアンとは仲良くしたいものだ。男友達少ないんだよ俺。全員で死線をくぐりたい。
冗談はさておき。
「ぐ、ぐぐぐぐぐ……!」
頭に血を昇らせて拳を握り固めるのは公爵だ。わー怒ってる怒ってる。
公爵は、自分だけが俺とスノウの婚約に反対する立場なのが、どうしても納得いかないようだ。実際ゲームだったらもう少し優勢だったしな。公爵の立場もちゃんと通用してた。
このコルトハード公爵の狙いは何かといえば、元々はスノウ以外の三皇女の夫にバカルディを采配し、皇帝ならぬ王配にしたかったのだ。男版お妃さまみたいなもの。
それが非有力候補だったスノウの婚約者としていきなり俺が現れ、しかも勇者の称号を引っ提げてくるから、色々と話がこじれてこんなことになったのだろう。
そんな訳で、公爵は口角泡を飛ばして訴える。
「そっ、それでも私は納得いきませぬぞ! 皇帝の座には権威とそれにふさわしい格を証明してもらいたい! でなければ支持できませぬ!」
「格、ねぇ?」
陛下は公爵の言葉を繰り返し、ニヤリと俺を見る。あ、これ一気に展開がマズくなってきたぞ。陛下面白がって、俺に無茶振りしようとしてるじゃんこれ。
「例えば、どんな格の証明が欲しいと?」
「そうですな……武勇はもちろんのこと、知恵を皇帝の座に至る者に求めたく存じます!」
「くくっ、武勇と知恵、ねぇ。俺にはなかったが、公爵は何で俺に味方してくれたんだ?」
「……あなた以外に、今代皇帝はありえなかったでしょう……」
渋い顔で言う公爵に、カラカラと陛下は笑った。それから、陛下は俺を見る。
「じゃ、武勇は分かってることだし、知恵を見せてもらおうか。そろそろ中間試験だっけ? ニアが言ってた。じゃあ~そうだな」
「お姉様……余計なことを」
ニア―――ドラゴニア、というスノウの姉こと『殴竜姫』の名前に反応して、スノウがむっと口を曲げる。
陛下は、俺に言った。
「ひとまずは中間試験、一位あたりじゃないか」
「……取れと?」
「ああ、取れ。本当にスノウの婚約者にふさわしい『運命』を担ってるなら、何のことはない。クリアできるだろうさ」
俺は目を閉じる。ああ、この人はなるほど、一筋縄ではない。言いくるめてどうにかなる相手ではない。無茶振りをして、『お前ならできるだろ?』と期待と共に見守る人。
これが、話に聞く運命帝―――ハルトヴィン・ディエゴ・アレクサンドルか。
俺は、ため息をつく。
「分かりましたよ、取ります」
「よし。じゃあそのつもりで話し通しておくから、成し遂げろよ。ミスったら俺の顔を潰すことになるからな」
「はっ?」
「じゃあドロシー婆さんに伝えておくか。ウチの次女の婚約者がそっちに行くぞってな」
鼻歌交じりに言う陛下だが、対する俺は冷や汗だらだらである。え? 俺学年一位の成績取れなきゃ陛下の顔を潰すことになんの? プレッシャーエグくね?
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