第80話 申し開きの私刑裁判

 裁判所に入ると、あれよあれよと案内され、気付いたら俺は証言台に立たされていた。


 流れとしてはこうだ。まず裁判所に入ると父が待っていて「話は法廷内で聞くことになっている……すまんが、耐えてくれ」といわれ、受付に案内された。わぁなんてスムーズ。


 で、今は証言台。俺が立ち、背後にヤンナ、スノウが座っている。


 正面には法壇があり、髭などがなくまだ若々しい、無個性だが豪奢な服を着た男が、一人中央に座っていた。


 右手にはコルトハード公爵が俺を睨んでいて、その隣でバカ息子があくびをしている。


 左手には俺とヤンナの父親二人が、心配そうに俺たちを見ている。


 俺は言った。


「アウェー感パない」


「ぷっ。スノウ、お前の婚約者度胸あるな?」


「それはそうですよ、お父様。私が選んだ婚約者ですよ?」


 ん? と俺は思う。俺の発言に反応したのは、正面の法壇に座る、無個性な豪奢服の男。それに答えたスノウは、今、彼を……。


「……んん゛っ、えー、本日はご機嫌麗しゅう、皆様。特に―――」


 俺は、正面の無個性な豪奢服の男を見て言う。


「運命帝、ハルトヴィン・ディエゴ・アレクサンドル陛下」


 俺が言うと、無個性な男、現皇帝ハルトヴィン陛下がニッと笑う。


「うむ、よきに計らえ」


「お義父様って呼んだ方がいいですか?」


「ハハハッ。やっぱ度胸あるなぁ。呼びたいなら呼んでもいいぞ」


「陛下!」


 陛下の軽口に、今回の黒幕だろうコルトハード公爵が言葉を挟む。髭をたっぷり蓄えた、ダンディなおじさまだ。バカ息子のバカルディとかなり似ている。親子だなぁ。


 そのまま、二人は小声でやいのやいのと言い始める。コルトハード公爵が苦情を言って、陛下が軽く流している雰囲気だ。俺はそれを眺めつつ、考える。


 俺が陛下のことを分からなかった理由。それはまずもって、『ゲームに出ていない』というのが大きい。


 そうなのだ。この人、ビッグネームの癖にブレイドルーンには出ていない。あっても名前だけ。肖像画なども、先帝こと『殴竜帝ディエゴ』くらいしか見たことがない。


「いやぁだってあのスノウが『この人以外ありえません!』って言うんだぞ? 度胸もある。俺は気に入ってるんだがなぁ」


「陛下! 確かに勇者は立派な称号ですが、どこまで本気にして良いものか……!」


 飄々と躱す陛下に、コルトハード公爵が食い下がっているのが現状のようだ。俺はスノウ、ヤンナと微妙な顔を見合わせてから、提言する。


「陛下、公爵、まずは本題に入ってはいかがでしょうかね」


「ん、そうすっか?」


「む……まぁ、そうだね。君にそのように言われるとは、思ってはいなかったが……」


 陛下は軽く頷き、公爵は微妙な面持ちで頷いた。俺たちの両親は、提言した俺のことを驚きの表情で見つめている。


 俺は何となくこの法廷の構造が分かってきて、メンツを再度見直した。


 法壇に座っている陛下は、一番の権力者だ。この場における裁判官なのだろう。


 右手のコルトハード公爵陣営は検察のようなもの。俺たちを責め立てる役割を担っている。


 左手の俺とヤンナの父たちは、いわば弁護人と言ったところか。ただし、現状身分差もあってか一言もしゃべっていない。


 とするなら、自己弁護がメインになってくるのか? これは。ゲームとは半分以上状況が変わっていて、正しく理解するのが難しい。


 すう、と陛下が息を吸う。そして言った。


「では、ここに『チキチキ、今話題の英雄少年、ゴット君の話を聞いてみよう!』の会を始めたいと思いま~す!」


 あ、違うわこれ。皇帝が俺たちに好意的すぎる。大丈夫だこれ。


「陛下! あまりふざけるのは」


「はい公爵は発言するときはちゃんと挙手して俺が許可してからにしろよ? で、まず議題が……あ、そうか。ゴット君ってスノウ以外にも婚約者がいるのか? いや? これは」


 陛下は俺たちの親を見る。


「カスナー伯爵、レーンデルス伯爵。説明してもらえるか?」


「はっ。畏まりました、陛下……。我が不肖の息子、と、レーンデルス伯爵のご息女は、元々婚約関係にありまして」


「先日婚約破棄という話が来て驚いたのですが、やはりすれ違いによるものという話で……。ゴット君、ヤンナ、説明してくれるかい?」


 俺の父とヤンナの父のコンビネーションで流れを説明してから、結論が俺たちに投げられる。俺はヤンナを見、ヤンナは俺を見た。


 ヤンナは言う。


「……ゴット様の、仰せのままに」


 どこか信じるような、信じたいような、そんな目で見られる。俺は息をついて「安心しろ」とだけ言って証言台に向かった。


 口を開く。


「お騒がせして申し訳ありません。この件は単なるすれ違いです。俺とヤンナは婚約破棄をしていません。あるいは、破棄そのものを破棄しました。我々は婚約状態にあります」


 俺の断言に、明らかに各家の関係者がほっとしたのが分かった。ヤンナの方には振り返らない。涙ぐんでいるのが分かるから。


 陛下は多少面白くない顔をしていたが、肩を竦めて言う。


「ま、英雄色を好むってな。俺の娘一人で満足しないってのは中々思うところはあるが、幸せにしてくれりゃあいいか。俺がそもそも13人嫁いるしな。じゃあ次」そんな居んの?


 陛下は、俺の目を直視する。


「今回のメイン議題、ゴット君とスノウの婚約について」


「陛下、よろしいでしょうか」


 ここにきて、やっと本題が始まった、とばかりコルトハード公爵が挙手する。陛下は面倒そうな顔をしてから「公爵」と許可を出した。


 公爵は立ち上がり、演説を始める。


「私は彼とスノウ殿下の婚約は、そう簡単に許可を出していいものとは思いません。何故なら、彼は伯爵家の嫡男。身分の差著しい! さらに、嫡男を失えば伯爵家も苦しいでしょう」


 俺がスノウと結婚すれば、自然と婿入りという形になる。そうすれば父は俺という嫡男を失う。嘘は言っていない、というラインの攻め方だ。


 その物言いに、俺の父親は微妙そうな顔をする。俺も身分差はゲームの知識で苦労するイメージがあったので、ちゃんと痛いところついてくるなぁ、と思う。


 だがそこで、スノウは立ち上がる。

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