第79話 裁判所前にて

 俺が呼び出されたのは、どうやら裁判所のようだった。


「何で?」


 俺はしきりに首を傾げている。何で裁判所やねん。と思うが、ゲームでのイベントも裁判だったので仕方ない。何も仕方なくない気はするが。


 俺が裁判所を見上げながら首を傾げていると、俺の背後から馬車を降りてくる二人の女子が居た。


 一人は、ヤンナだ。ヤンナ・ディートリンデ・レーンデルス。俺の元婚約者。元? 元じゃなくなった可能性があるらしい。分からない。俺は何も知らないので今日ハッキリさせる。


 もう一人は、スノウだ。スノウ・ハルトヴィン・アレクサンドル。俺の現婚約者にして、第二皇女である。今回のメイン争点となる女の子だ。


「ふぅ、まったく。私にも来ましたよ、お父様からの手紙が。ゴットの言う通りでした」


 多少不服そうな様子で真っ白な長髪をかき上げ、スノウは言う。俺と違って平気でサボらないスノウとヤンナは、ちゃんと申請して今日は来たらしい。


「ってことは何ですか? 今回のよく分からない親からの呼び出し、陛下もいらっしゃるんですか? この会合は一体何なのですか」


 渋い顔をして、ヤンナは亜麻色の髪を不安そうに抱いている。


 俺は二人に振り返って答えた。


「コルトハード公爵の陰謀だぞ」


「はい?」「ご、ゴット様?」


「じゃあ建物内に入ったら話せないと思うので、サクッとあらましを伝えておくぞ」


 俺が言うと、二人してピシッと背筋を伸ばす。別にそんな必要全くないのだが。


 俺は指を立てて説明を始めた。


「俺とスノウの婚約は、基本大人たちからは都合の悪い話として受け止められてる。これは当然だな。伯爵家と皇室では釣り合わない。だから、卒業辺りでうやむやにされる話だった」


「えっ!? そんな!」


「いや当たり前ですよ殿下。世の中そんな甘くないですよ」


 スノウの驚きに、ヤンナが勝ち誇って言う。俺は続けた。


「だが俺がなまじっか魔王を倒して勇者認定が下りてしまったので、割と実現が見えてきた話になったんだ。だから、卒業まで入らないはずの邪魔が、今入り始めた」


「えっ!? そんな!」


「当たり前でしょうヤンナ? ゴットは皇帝にふさわしい人ですから!」


「君たち仲いいね」


 驚き方と勝ち誇り方、完全に同じだったぞ今。


「で、焦ったコルトハード公爵が、この場をセッティングして、俺をボコボコに叩いて婚約者の立場から外そう、っていうのが今回の陰謀だ」


「ゴット! 今回の戦いは負けられませんよ!」


「ゴット様、ヤンナはゴット様が傷つくのは見たくありません。この場は大人しくお暇しましょう?」


「ヤンナ!?」


「何ですか? 殿下」


 ぷんすこ怒るスノウに、ヤンナはニコニコ笑顔で応対だ。俺の「まぁ行くんだけど」の一言で「ですよね……」とヤンナの背中が煤ける。


「それで、何に気を付ければいいですか? 最悪凍える霊鳥が全部凍り付かせますよ」


 スノウはへろへろパンチを放ちながら、闘気の高まりをアピっている。


「ああ、コルトハード公爵の息子がいてさ、そいつバカ息子だから気を付けろよって」


「ああ……」


 スノウは一気にテンションが下がる。一方会ったことのないらしいヤンナは「どんな方なのですか?」と首を傾げた。


 スノウは眉根を寄せて言う。


「バカ息子ですよ。そのまま。学院でもまともに勉強せずに放蕩していて、サロンで下級貴族の女性を侍らせて楽しんでいるそうです」


「あー……なるほど」


「セクハラされたら俺が処すからちゃんと言えよって感じだな」


 コルトハード公爵嫡男。ルディ・ルトハード。金髪の大男。傲慢で色狂いの放蕩息子だ。


 本来ならスノウ以外の三皇女と婚約成立後に発生するイベントなのだが、何故か今回はスノウとの婚約で起こったのもちょっと気になるところだよな。


「ゴットは、バカルディからのそれこれを警戒して、わざわざ私たちに説明してくれたのですか?」


「え? うん。嫌だろ?」


 スノウの確認に俺が頷くと、スノウはニヤと笑って問うてくる。


「なるほど。つまりゴットは、私たちが他の男に触れられるのが嫌だ、ということですね? 自分だけの女でいろ、と」


「えっ? はっ?」


「これはやはり、ゴットにはちゃんと戦って、守ってもらわなくてはなりませんね。ね? ヤンナ?」


 スノウは俺をからかうようにクスクス笑って言う。一方、ヤンナは顔を真っ赤にして口に手を当てている。


「や、ヤンナもでしょうか……? その、ヤンナも、ゴット様から独占されたいと、思われているのでしょうか……」


 潤んだ目で問われ、俺は「あ、えと、その」と言葉に詰まる。


「ゴット様……?」


「……そりゃ、まぁ」


 俺が照れながら言うと、ヤンナは大きく息をのんだ。それから、うつむいて、おずおずと俺の袖を掴んでくる。


「その、あの、ゴット様は、ヤンナのことを、あまり、そういう風に見ているとは思っていませんでしたので、その」


 ヤンナは耳まで真っ赤にして、消え入るような声で言った。


「……うれしい、です……」


「……」


 俺まで照れてしまって、何も言えなくなる。ヤダすっごい恥ずかしいわこの流れ。アオハルって奴? 顔から火が出そう。


 そんな俺たちを見て、スノウは肩を竦めてこう言った。


「順番だから気を遣いましたが、見ていられませんね」


 冷めた目で俺たちを見て、一人早々に建物に入っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る