7章 呪術師は陰謀の匂いを嗅ぎ取った

第78話 父親からの手紙

 その日、俺はいつも通り大図書館で熱心に勉強していた。


 静謐な空間は、いつもの大図書館の通り。飴色の机、座り心地が程よい木製の椅子は、勉学に励める程度に心地が良く、眠るには堅い絶妙さがある。


 しいて何か文句をつけるとするならば―――


「むにゃむにゃ……ゴット……ちゅぅー……」


「……」


 俺で勝手に膝枕して寝ているフェリシーくらいのものだろう。


 俺は勉強を一瞬止めて、膝の上のフェリシーを見る。薄いピンクと紫のグラデーションを描くふわふわのリングツインテール。髪を彩る花や蝶の髪飾り。


 俺が今日も勝手に研究兼自習に没頭していたら、ふらふらと寄ってきて、勝手に俺の膝の上にあごを預けて眠り始めたのだ。他人からは見えないからと言って、この傍若無人ぶり。


「……こいつめ」


 俺は眠りこけるフェリシーの頬をムニムニいじると「んむぃ~……」とうなる。面白い。面白いし可愛い。可愛いって得だよなぁ。


 可愛いどころに囲まれているから、そろそろ自分が可愛いと錯覚しそうな今日この頃だ。そんなことになれば抹殺されかねないので、必死に堪える日々である。もちろん嘘だ。


 とはいえ俺はフェリシーいじりを他人に見られたらそれこそいろいろ危ういので、勉強に戻る。


 何故勉強に没頭するか


 それは、そろそろ中間テストが迫っているためだった。











 不肖この俺、ゴミカス伯爵ことゴットハルト・ミハエル・カスナーだが、実は中々に成績がいい。


 そう。成績が、だ。頭はまぁ普通だろう。俺よりも頭のいい奴は無数にいる。


 だが、成績がいい、というのを何故念押しするのかといえば、それは俺が、この世界を愛しているからだ。


 この世界―――ブレイドルーンというゲームで、前世深すぎるほど慣れ親しんだ世界。『シルヴァシェオール』。


 俺はこの世界、『シルヴァシェオール』を愛している。それが何故成績優秀という話になるのかといえば、勉強が苦にならないのだ。


 魔法の勉強するのは楽しい。地理の勉強も歴史の勉強も全部楽しい。ゲームで謎に包まれていた偉人の情報がまとまっていると喜びで叫びそうになるほど。


 そう。ゲームで慣れ親しんでおいたお蔭で、この世界の勉強はオタクの俺にはガン刺さりな考察系エンドコンテンツだったのだ。


「大図書館は宝の山や……」


 俺は、フェリシーがとっくに暇になって帰り、大図書館が閉ざされる夜十時まで勉強を続けて、やっと多幸感に包まれながら追い出された。


 レイブンズ先生からは「授業も碌に出ずに何をやっているのかね」と詰められる日々だが、俺は頑として「大図書館で勉強してます!」と強弁している。たまに冒険もするが。


 そんな感じなので、俺は自然と、中間テストがちょっと楽しみになっていた。何位取れるかなー、といった具合。


 ゲームだと知識量のステータスが50あれば1位を取れるが、それは今度でいいだろう。


 そんな訳で、ウキウキで分厚い資料を、フェリシーからもらった秘密の妖精袋に入れて帰ると、自室の郵便受けに手紙が入っていた。


「うん?」


 中身を出す。手紙が一枚。封蝋を見るに、これ実家からの手紙か。多分父親だな。


 俺は自室に入りながら、封蝋を取って手紙を取り出す。中を広げると、こんな事が書かれてあった。


『拝啓 息子へ


アレクサンドル帝学院に入学してから、早数カ月、調子はどうだ?


こちらは変わりない。領地運営も順調だ。ただ、息子のお前が居なくなって少々寂しい思いをしていた。


ただ、いくつか伝聞で伝え聞くお前の噂で、多少家が荒れている。そのことについて尋ねたい。


第一に、ヤンナ嬢との婚約破棄


非常に驚いた。お前たちはひどく仲のいい関係だと信じていたから、動揺している。レーンデルス家も同様だ。


ヤンナ嬢からの手紙では「すれ違いによるもので、今は問題ありません」と説明を受けているが、他の件もあって扱いあぐねている。


第二に、第二皇女殿下との婚約


何かの間違いだと疑ったが、第一の噂に比べても明らかに確実な話と聞いて耳を疑っている。皇室に問い合わせの手紙を送ったが、一部事実であると返答が来た。一部とは何だ。


これについてはカスナー伯爵家単独では手に負えない。お前は一体何をやった?


第三に、魔王討伐


流石に嘘だろうと思ったが、学院に問い合わせたらこれは間違いないと聞いた。訳が分からない。


魔王討伐の前に、どこに魔王が出た。何故討伐することになった。そもそも何故お前が倒すことになった。ゴット、お前はどちらかというと貧弱な方だっただろうに。


ひとまずは、こんなところか。ともかく、直接お前の口から説明を聞きたい。なので、少しの間帝都に出てお前の話を聞くことにした。


また、我がカスナー伯爵家の寄り親にあたるコルトハード公爵も、お前から詳しい話を聞きたいと仰せだ。正式な場を用意するので、指定の時間に指定の場所に来なさい。


色々と書いたが、お前は自慢の息子だ。この数カ月でどれだけ立派になったか、楽しみにしている』


 そこから下は、ズラズラと俺が赴く場所、時間についての情報がまとまっていた。明日じゃん。場所は……学院周辺ではあるな。結構近い。


 思いっきり授業時間と被っているが、この学校は貴族学院なので家の事情に対して寛容だ。それでなくともサボりまくっているので、俺には問題ないだろう。


「直接話、ねぇ。いいけどさ。つーかコルトハード公爵って何か聞いたことあるな」


 俺は少し考える。親父のこと。何故か急に現れた公爵のこと。


 父のことはまぁいい。子煩悩な父親で、良好な関係だ。ちゃんと説明すれば面倒なことにはならないだろう。


 一方このコルトハード公爵というのは、何だか油断ならない気配がしていた。公爵、というのも何か嫌な要素としてある。皇室の次に地位のある貴族だからだ。


 俺は天然パーマをいじりながら、ムム、と考える。恐らくゲームで接触しているキャラに存在しているはずだ。俺はベッドに腰かけ、腕を組み、しばし唸って、思いついた。


「あ! そうだ思い出した! 『バカ息子』の家の名前だ! コルトハード公爵!」


 俺は納得と同時、「ってことはこれアレじゃん。『中間テストイベント』で高順位残さなきゃ俺スノウと婚約破棄されちゃうじゃん」と呟いた。

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