第27話 スノウの誓い

 パイロットライトが沈んだ瞬間、後ろから衝撃を受けて、俺は「うおっ?」と慌てた。


 振り向いてみると、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたスノウが、「ゴットぉお~~~~~!」と俺に抱き着いて来ていた。


「おうおう、ちゃんと勝ったぞ。しかもほぼ無傷だ」


 言いながら、俺は胸元の宝石に触れ、鎧を解除した。この鎧便利だよなぁ、と思いつつ、深雪の直剣も引き抜く。途端吹雪は大人しくなって、最初の気候に戻っていった。


 空を見上げると、ちょうど日が昇り始めた頃合いだった。黎明の空に、日の出が覗いて明るく白み始めている。


 スノウは俺のことを変わらずぎゅっと抱きしめ続けて、ろくに動かない。


「あー……、そろそろ帰らないか? こんな森に一国の姫君がいるのは、良くないだろ」


 俺がスノウの肩をそっと押すと、スノウは何か思いつめた様子で目を伏せていた。それから涙を拭い、真っ赤な目元のままに俺を見上げてくる。


「ゴット。あなたは、私の命の恩人です。あなたがいなければ、きっと私は死んでいました」


「ま、そこは騎士だからな。助けに来るのが当然だ」


「……一つ、聞かせて欲しいのです」


 スノウは、真摯な目で俺を見上げていた。それに、俺は気を引き締める。


「あなたは、ほとんど成り行きで私に付き従ってくれました。私は、そんなあなたにほとんど何も報いることが出来ていません。少しの返礼品を用意したくらいです」


「それで十分だぞ?」


「いえ、そう言うことではないんです。―――ゴット、私は分からないんです。何故、あなたは私をここまで助けてくれたのですか? 初対面で、あなたを軽蔑すらしていた私を」


 軽蔑……。まぁゴミカス伯爵の噂を聞いていたなら当然だ。むしろ、ここまで見直してくれたことの方がありがたいと言う話で。


 だがそれはそれとして、スノウの疑問に答えにくいのも確かだった。ゲームで知っていて好きなキャラだったから、と言うのはよろしくない。


 だって、スノウは今ここにちゃんと存在する、本物の人間だ。ここはゲームの世界じゃない。俺は、俺なりに、真剣に答える必要がある。


「―――ほっとけなかったからだよ」


「はい?」


 俺の言葉に、スノウはキョトンとする。


「何か、ほっとけなかったんだよ。スノウは、放っておくと良くないことが起こる。それが何となく分かって、見逃せないと思ったんだ」


「……でも、軽蔑すらしていた私を」


「最初は確かに軽蔑されてたかもしれないが、それは俺の噂の問題だ。スノウが軽蔑してたんじゃなく、俺がみんなから嫌われてただけだ。だから、そんなのは問題じゃない」


「でも」


「でもじゃない。俺にとっては、これが全てなんだよ。ほっとけなかった。それが一番大きいんだ」


 俺が力説すると、スノウはパチパチとまばたきをする。


「本当に、そんな理由ですか?」


「そうだ。俺は善人じゃない。スノウのことはまぁまぁ好きだけど、それでどうこうってことでもない」


「す、好き……」


 スノウが妙なところでつまっているが、俺はそれを無視して続ける。


「それ以上に、ほっとけなかったんだ。スノウを見て見ぬふりをするのができなくて、結局こうやって世話を焼くことになった。それだけだよ」


 俺はそう言い切ると、スノウはしばらく俺を見つめて、それから「ふ、ふふ、うふふ、あははは……」と笑い始めた。


「本当にそんな理由なんですね。ふふ、おかしな人。でも、納得してしまいました。そうですね。ゴットは、そういう人です」


「ああそうだ。そう言う奴なんだよ俺は」


「そんな人だから、私は好きになってしまったんですね」


「え? それどうい、むぐっ」


 俺は、そこで言葉を封じられてしまう。気付けばスノウの腕が俺の頭を引き寄せ、俺の口はスノウの口で何も言えなくされていた。


 それを、たっぷり数秒間。スノウの手が弱まって、俺たちはゆっくりと離れた。目を丸くする俺に、スノウは言う。


「ゴット、結婚しましょう」


「話はやっ。っていうか、いや、いやいやいや」


「何ですか。私のことを好きと言いましたよね?」


「い、言ったけど」


 アレ? 告白イベントってこんなすぐだったっけ? 魔王倒した後だったと思ったんだけど。帝位争いを辞退した後だと思ったんだけど。


 だが、スノウはそんな浅い考えの元言ったわけではないようだった。


「ゴット、あなたを見て、私は実感しました。あなたのような素晴らしい人と比べて、私の何と矮小なことかと」


「ん、んん?」


 間違ってもスノウが言わなさそうなことを言い始めたので、俺は困惑して様子をうかがう。


「私自身が皇帝の座にふさわしいと、到底思えなくなってしまったのです。私よりも、ふさわしい人がいる」


「えっ、と? 姉か、妹ってことか?」


「あの二人がふさわしいのなら、最初から帝位争いになど参加しません。……まだ分からないのですか?」


「え? ……ん? え?」


「ゴット」


 スノウは、俺の頬を両手で挟んで、愛おしそうに言う。


「私が認めます。あなたは、素晴らしい人。現代魔法をさらに先に押し進め、それでいて大切なものを見失わない人。あなたの栄光のために、私は身を捧げる覚悟を決めました」


「え、いや、待て。ちょっと待ってくれ。それは、じゃあ」


「ええ、そうです」


 スノウは、まるで女神のように微笑んだ。


「ゴット、私を娶ってください。そして帝位争いに勝利しましょう。その暁には、あなたに皇帝の座を譲ります。私は、あなたに、皇帝になってもらいたいのです」


「……わお」


 俺は必死に自分の脳内で皇帝簒奪ルートなるものが存在したかを考える。だが、そんなものは露と知らない、という結論に至って硬直した。


「大好きですよ、ゴット」


 スノウが、俺の胸元に頬を寄せる。俺はそれに、躊躇いに手をうごうごと動かして、結局愛おしさに抱きしめ返してしまうのだった。


 ……ゲームのルートから外れちゃったよ。どうすんだ、これ。

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