第26話 自演氷鳥が敵を貫く
火種の魔女、パイロットライトは俺を杖で指し示し、呪文を唱え始めた。
「我が契約者たる悪魔、アイムよ。我に新たな破壊の火種を与えたまえ。彼の者の盾を躱す、狡猾なる火種を」
来たな。と俺は笑う。ブレイドルーンで戦ったとき、ガン盾で挑んだらこの魔術に苦しめられたものだ。
俺はパイロットライトに意図を悟られないように、こっそりと準備を整えながらじりじりと盾で近づこうとする。
その時、パイロットライトの背後に影が現れた。蛇に乗り、松明を掲げる薄気味悪い男の影。影は嗤う。
『その願い聞き入れた。我が下僕たる魔女に、「つけねらう火種」を与えよう』
影が振るった松明からの火の粉の影が飛んで、パイロットライトの影の中に混じった。空中に固定化された火種が、一瞬紫に怪しく輝く。
パイロットライトが、燭台の杖を掲げた。
「ではお受けください、騎士殿。我が、新しい魔術を」
火種が、先ほどの炎の渦ではなく、弧を描いて俺を追う火の玉として追ってきた。それは俺の構える盾を知って、回り込むように俺へと向かってくる。
「ゴット! 避けて!」
スノウの悲痛な叫びが上がった。だが、もう遅い。この火の玉は避けられない。
だから俺は、避けるのではなく、パリィすることにした。
【氷鳥の報復】
俺は大盾の内側に用意していた氷鳥の小盾で、背後から迫ってきた火の玉全てを薙ぎ払う。火の玉は、それだけですべて無効化される。
「なっ、まだ奥の手を」
「は? 何言ってるんだ。今から、奥の手を見せるんだぞ?」
「え……?」
小盾がパリィした火の玉の魔力が、小盾の中に吸収され、再構築され、そして小さな鳥になって俺の周囲に展開した。凍える霊鳥が「チチチッ」と大喜びでその中に混ざる。
俺は、パイロットライトを指さした。
「さ、これが俺の奥の手だ。是非受けてくれよ」
直後。
氷鳥たちが、一直線にパイロットライトを貫いた。
「―――ガ、ハ……?」
パイロットライトは血を吐きながら、何が起こったのか分からない、という顔で呻く。
「中々痛かったみたいだな。どうだ? 俺の奥の手は。それに凍える霊鳥がサラッと混じってたし、もうけっこうギリギリなんじゃないか?」
「い、今、何を……」
「『氷鳥の報復』っていうルーン魔法だよ。魔法を吸収して、氷鳥に再構築して攻撃させる。敵意と魔力を混ぜ込んで作った強力な氷鳥は、使用者から魔力をほとんど受け取らずに高い威力で敵を貫く」
「……反撃前提だからこそ、強い力を発揮する魔法、という訳ですか。ならば、話は簡単です」
パイロットライトは、燭台の杖で地面を突いた。するとパイロットライトに火が宿り、彼女の傷を癒していく。
「今しがた授かったばかりの魔法を使用できないのは歯がゆいですが、それを封じるだけで、あなたは脆弱な攻撃手段しか持たなくなる。お遊びと言ったのは、そう言うことですよ」
余程今の攻撃が痛かったのか、パイロットライトは俺を挑発するように続けた。
「先ほどの時点で、あなたが私を倒す手段はなかった。そして今の奥の手も、私が今の魔術を封じることで使えない。つまりは詰みということです」
勝利宣告を受け、俺の背後でスノウが「うそ……」と絶望の声を上げる。それに勝ち誇って、魔女は言った。
「僅かに惜しかったですが、これまでです。調子に乗って手の内を明かしたのが、あなたにとって一番の痛手でしたね―――」
「は? これが一番の奥の手な訳ないだろ」
「……はい?」
俺はニヤリと笑う。ここまでが前提だ。ここまでが武器の力だ。吹雪を呼ぶ剣。敵の攻撃を反撃する小盾。敵の攻撃をかなり防いでくれる大盾。氷の鎧。
ズルは、悪いことは、ここからだというのに。
俺が堪えきれずに笑うのを聞いて、パイロットライトは一歩後ずさる。
「じゃあ、仕方ないな。せっかちな魔女さんのために、本当の奥の手を披露しようか」
俺は一歩踏み出しながら、言った。
「さぁ、悪いことしちゃうぞ」
俺は右手を伸ばす。そこにつけられているのは、先日スノウに買ってもらった氷雲のブレスレット。俺はその宝石部分を強く握り、魔力を注いだ。
そこから、青白い雲のような魔法が放たれる。魔力の雲だから、触れると体を侵されて痛い思いをする。それがゆっくりと真っすぐに進むという、ささやかな魔法だ。
だから俺は、それを小盾でパリィする。
【氷鳥の報復】
雲の魔法は、瞬時に再構築され、数匹の氷鳥となった。それに魔女は息をのみ、「火種よッ!」と叫ぶが、遅い。
氷鳥たちが、瞬時にパイロットライトを貫く。「カハッ……!」とパイロットライトは崩れ落ちる。
「な、なな、なん、そんな、そんな、ことが……!」
「ああ、そうだ。想定外だよな? 正しい使い方じゃあない。だから、『悪いこと』なんだよ」
俺は、得意になって言った。
「名付けて『自演氷鳥』。自分の攻撃に自分でパリィして、ルーン魔法の正当な仕組みを乗っ取って強力な氷鳥で敵を貫くわけだ」
自演氷鳥はブレイドルーンで一時期猛威を振るい、対戦で戦う他プレイヤーの全てがこれだった時には辟易した。だが、逆に言えばそれだけ強かったのだ。
ブレイドルーンは他にも強い武器が多くあるので、一週間くらいで環境は変わったが、あの当時の対人プレイヤーは、相当数自演氷鳥にアレルギーを持っている。
俺もなんだけどね! というか誰かに使われたら敵わないから回収したんだけどね!
「という訳で、喜んでくれ。これが俺の奥の手だ。この奥にさらに、と言うのは流石にない。だから、これを破れれば、パイロットライト、お前の勝ちだ。良かったね?」
「ぐ……何が、いいものですか……!」
手で血を拭い、パイロットライトは杖を構える。俺はそれに、小盾とブレスレットを準備した。
「行くぞ、魔女」
「来なさい! 騎士!」
火種が膨らみ、炎の渦となって襲い来た。俺はそれに、大盾を構えて耐え忍ぶ。
「大盾なら、つけねらう火種は避けられないでしょう!」
残っていた火種が、追尾弾となって俺に追いすがる。なるほど同時撃ちか、考えたな。だが、だ。
俺はそれに何もしない。追尾弾は俺に直撃する。「どうですかッ!」とパイロットは叫ぶ。
俺は答えた。
「中々痛いな。勘弁して欲しいところだよ」
大盾を解く。俺は、いまだ無事でいた。
「なっ、今直撃したはずじゃ」
「ああ、直撃した。けど、この吹雪で、この鎧だ。―――火の攻撃なんて、それこそ火の渦くらいしか怖くないんだよ」
「ッ~~~~!」
悔しがっているパイロットライト。その隙に俺は雲の魔法を発生させ、自演氷鳥へとつなげた。【氷鳥の報復】。再び氷鳥が魔女を貫く。魔女は血を吐いてよろめく。
「分かったか? パイロットライト。俺は最初から、ほとんど負ける余地なんて作ってなかったんだよ」
俺は再び雲の魔法を発生させながら、続ける。
「俺は確かに低レベルだが、環境バフを背負って、優秀な鎧と大盾に守られて、悪いことの準備までしてきてる」
「その程度で、その程度で、魔女長たる私が、あなたのようなひ弱な学生に……!」
その傲慢な物言いに、俺は鼻で笑った。
「どんなひ弱な人間でも、武器と戦略と練習さえすれば、神にだって勝てるのがこの世界なんだよ」
【氷鳥の報復】。パリィをし、自演氷鳥が俺の周りに飛びまわった。そして一気にパイロットライトを貫く。
「こちとらレベル1縛りで全クリしたこともあるんだ。舐めるなよ、魔女長さん」
魔女は耐え切れず、とうとうその場に倒れ伏す。
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