第25話 火種の魔女、パイロットライト

 スノウが落ち着くのを待ってから、俺はスノウを違う部屋の物陰に移動させ「ひとまずここで静かにして待っててくれ」と言い残し、すべきことを早々に済ませることにした。


 つまり、魔女たちを締め落としまわって、最終決戦での邪魔にならないようにすること。もう一つは、盗み出された小盾を回収することだ。


 その二つは、問題なく完了した。俺はどうも忍び足の才能があるらしく、コソコソ移動してキュッと締めるのも、四人目はほぼプロ並みの速度感で終わらせることが出来た。


 そして俺は、その四人目の魔女が机に置いた盾を回収する。


「来た来た。これがスノウ派閥イベントでも最強の伝説武器ってな」


 深雪の直剣なんかも魔剣だけあって十分強いのだが、この小盾には敵わない。名を『氷鳥の小盾』。正面には鳥と氷の結晶模様が入れられている。


 ということで、俺は目的達成とばかり秘密の抜け穴に戻ってみる。だがやはりゲーム同様、その穴は焼け落ちていた。


「ま、そりゃそうだわな。ボス以外全滅させてるし、スノウも脱出済み。なら、こうするのが一番確実だ」


 ここからの脱出は無理かぁー。戦うしかないかぁー。めんどーい。


 仕方ない。と俺はスノウの元に戻って、その手を取った。


「終わったのですか?」


「いいや、ここからが始まりだ。実はちょっと手に余る敵になるもんでな。部屋の隅っこから俺を支援してくれよ」


「……ゴットの手に余る敵、ですか」


 スノウは何故かごくりと唾を飲み下す。俺は渋い顔で答えた。


「一応言っとくけど、俺レベル的には全然弱い方だからな?」


 現在のレベルは28。ちなみに今回戦う敵は、本来終盤の敵ということで、70レベが適正となる。えぐいね。だが、これが最善策だった。


 マラソンさえできれば70くらいまでならすぐに上げられたのだが、スノウイベントの関係でこれが一番安全だったのだ。


 何せ適切なマラソン場所は、なんと片道二日の距離。行って帰ってきたらスノウが死んでいかねない。


 ということで、強敵である。まぁ勝つけどな。勝つけど、本来手に余る敵であるのには間違いないというのは確かなことなのだ。


「わ、私は何をすればいいですか」


 真剣な様子で聞いてくるスノウ。俺は「そうだなぁ」と考える。


「最優先は捕まって人質にならないことだね」


「もう! そう言うことじゃありません!」


「声のボリューム」


「うっ」


 スノウは慌てて口を閉ざす。一応探ったが、足音は聞こえてこない。……唯一の出口を塞いでいる以上、動かないのが最善策か。切れ者だな。


「でも、大事なことだよ? 人質にとられたら、基本の強さで負けてる以上かなり厳しい」


「わ、分かってます。ゴットの後ろに居て、捕まらないようにはします。でも、そうじゃなくて、……私も、あなたの役に立ちたいんです」


 唇を引き結んで、必死そうに言われてしまえば断るのも難しいというもの。俺は考え、そして言った。


「凍える霊鳥で、俺のことって守れるかな?」


「あ……えっと、できます、か?」


 スノウが肩に向かって問うと、気付けばそこに止まっていた小さな鳥が、チチッと鳴いた。それから俺の肩に飛び移る。


「……できるみたいです。というか、その、すいません。凍える霊鳥って私、あんまりよく分かっていなくて。強い精霊らしいんですが」


「……」


 ちなみに凍える霊鳥と、どこかのバッドエンドルートで戦ったことのある俺の評価は『裏ボス筆頭』だったりする。


 どこにそんな力を隠してたのか、と思ったが、多分スノウが引き出せてないだけなんだろうな……。


「チ……」


 あ、何か同意っぽい鳴き声。そうらしい。っていうか凍える霊鳥心読めるのか? 今回はよろしくです。


「チチ」


 完全に通じてるの面白いな。


「じゃあスノウの精霊術下手すぎ問題は今後の課題として覚えておくとして」


「えっ」


「さっそく挑むか。サバトの魔女の長に、な」


 俺は踵を返して正面の入り口へと向かう。その後から、スノウが慌ててついてきた。


 正面口に至ると、無数の蝋燭で照らされた広い空間があった。そして、その中央に目に覆いをした、魔女服の女が立っている。


「よもや、こうも早くこの拠点が制圧されるとは思いもしませんでした」


 魔女は言う。燭台のような杖を手に、灯火に照らされながら。


「皇女殿下にお越しいただき、夜明けまでの時間で十分にを済ませる予定でしたが、ふたを開ければこのザマです。あなたという騎士の存在は知っていたのに、油断からここまでしてやられました」


「実際俺が強いなんて噂、皆無だしな」


「情報収集はしていたつもりです。あなたはの評価は『元々不良だった生徒』でしかありませんでした。まさか、ここまでとは」


「お褒めに預かり光栄だね」


 冗談めかして返していると、魔女長は踏み込むように言った。


「失礼ながら、名を聞いても? もっとも、知ってはいるのですが。好敵手として、あなたの口からお聞きしたいのです」


「氷鳥姫の騎士、ゴットハルト・ミハエル・カスナー」


 ふ、と魔女は笑う。背後で、「か、格好いい……」とスノウがおののいている。


「名乗りを受けたからには、私も名を返しましょう。我が魔女名はパイロットライト。サバトの魔女長。火種の魔女、パイロットライト」


 パイロットライトは燭台の杖を振るう。すると周囲に小さな火が散って、空中に留まった。小さな灯火。だが、その脅威はゲームでよくよく知っている。


「氷鳥姫の騎士殿。是非一度、手合わせをお願いいたします」


「ああ、やろうか」


 俺は胸元から首飾りを取り出した。それはスノウが暴走させた氷の騎士のそれ。俺は首飾りを強く握って、解放した。


 氷の鎧が、俺を瞬時に覆っていく。俺の左手に、氷の大盾が顕現する。


「んで」


 俺は右手に深雪の直剣を握った。かなりの強敵だからな。まずは見に回るのが、ブレイドルーンの鉄則だ。


 大盾を構えて、半身で覗き込むようにする。これで、正面からの攻撃はほとんど効かない。しかも氷属性だから、炎の攻撃のカット率も驚異の100%だ。


 スタミナを切らして盾を剥がされない限り、今の俺はほぼ無敵である。これが俺の『レベル差があっても覆せる要因その一』だ。


 そうして、俺たちはじりじりと睨み合った。ゆっくりと俺は近づいていく。パイロットライトは、背後の壁との距離を気にしながら、間合いを測っている。


 先に仕掛けたのは、俺だった。


 僅かに盾を解いて直剣で切りかかる。パイロットライトは油断なく後退し、そのまま返す杖で火種を放った。


 爆発。素の俺の体力なら、一撃で8割飛びかねないような攻撃。だがその衝撃を、俺は氷の大盾で耐える。


 ―――うん。この大盾なら耐えられるぞ。マジで強い。頼もしいなこの大盾。


「……武器に恵まれていますね」


「だろ? 苦労したんだぜこの装備揃えるの」


「皮肉です」


「知ってる」


 パイロットライトが攻めあぐねて舌戦を仕掛けてくる。だが、分かっているぞ。お前の本当の狙いは、だろ?


 まずは受けてやろうじゃないか。こっちだって、奥の手はたくさん隠してるんだ。


 鎧の下に弧を描く俺の笑みなどつゆ知らず、パイロットライトは一気に後退し笑った。そして燭台を振るう。周囲の火種が大きく膨れる。


「では、その武器がどこまでやれるか試して差し上げましょう。私は、武器などではなくあなたの実力が見たいのですよ、騎士殿」


 火種がバレーボールサイズまで膨れ上がり、渦を巻き、そして爆ぜた。


 炎の渦が、何本も俺に向かってくる。


「うぉ、ぐぁああ!」


 俺はそれを氷の大盾で受け止め、そして叫びを上げた。マズイ! マズイぞこれは! 威力おっも! やば、剥がされる!


 腰を落とし、重心を下げ、これでもかと堪えたが、最後の最後で盾ごと俺は吹き飛ばされた。「ゴット!?」とスノウが叫ぶが、ギリギリ無傷だ。いや、むち打ちくらいあるかもしれない。


「うおおやばすぎる」


「おや……これでも盾ごと焼き尽くせませんでしたか。なら、次はもっと数を多くしましょう」


 パイロットライトは燭台の杖を振るう。先ほどの二倍の火種が、空中に固定化される。ガン盾大作戦はもう通じないな。


「流石魔女長。楽にはやらせてくれないか」


「お褒めに預かり光栄ですね」


「仕方ない。さらに手を追加しよう」


「ほう。それは楽しみです」


 まだまだ余裕そうなパイロットライトを前に、俺は深雪の直剣を地面につきたてた。そしてルーンをなぞる。


 スノウが、目を剥いた。凍える霊鳥が嬉しそうにチチチッと鳴き、直剣の柄に止まる。


「それは」


「さぁ吹雪け。まずは、環境を俺好みに変えよう」


【吹雪呼び】


 洞窟の入り口から、冷たい風が吹き込んでくる。凍える霊鳥が大喜びで飛びまわる。すると洞窟の天井部分にヒビが入り、そこから凍り付いて、さらにヒビが大きくなっていく。


 ……アレ? そんな大事になるんですか? このルーンって精々吹雪かせて氷属性に補正が付くくらいだと思ってたんだけど。


 そう思っていると、凍える霊鳥が実に愉しそうに歌い始める。ああ、そうか。お前か。裏ボスが楽しくなっちゃってるのか。なるほどね。えええ。


 俺の戸惑いを置いて、洞窟の四方に大きくヒビが入る。それは大きな亀裂へと変化していき、最後には瓦解した。


 凍える霊鳥が俺とスノウを守る。それは全長三メートルもありそうな怪鳥の姿。そして再び羽を広げた時、周囲には凍り付いた瓦礫と、なおも無傷で立つパイロットライトがいた。


 よく見ると、僅かに震えている。吹雪の中で、相応に凍えているのだろう。


「……武器の力、とは侮りにくいですね」


 パイロットライトが、俺を正面にして言う。


「あなたは見るからに非力でしたが、着々と有利を勝ち取っている。また私の勝ちが揺らぐほどではありませんが、あなたを脅威として認めましょう」


「あ、まだ敵扱いですらなかったのか」


「無論です。お遊びですよ、こんなのは」


 パイロットライトは笑う。俺は笑い返し、こう言った。


「ムカつくね。ならその余裕の笑みを、まずは引きつらせてやろうか」


 俺は再び盾を構える。パイロットライトは燭台の杖を俺に向け、深呼吸をした。

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