3章 元婚約者と暗躍する呪い

第28話 夢をみる。発狂する

 サバトの魔女たちは、パイロットライトを筆頭に全て監獄に収監という運びになった。


 俺はどの監獄かだけ警吏に聞きだしておき、それが想定通りの監獄名であったことだけ確認した。後は本職に一任だ。


「私を殺さなかったこと、いつか後悔しますよ」


 パイロットライトが捕縛中に俺にそう言ったから、俺は笑ってこう答えた。


「そうかな? まぁ、好きに思っておいてくれ」


 俺の不敵な笑みを受けて、パイロットライトは唇を引き締めた。それから「あなたは本当に不気味な人ですね、騎士殿」と顔を背ける。


 ―――勘がいいな。いずれ時期が来たら仲よくしような、魔女殿。


 ということで、スノウ拉致事件は一件落着の運びとなった。


 スノウは俺に送られたがったが、国の正式な騎士職の人間に保護されて連れられて行った。俺も騎士長的な偉そうな大人に腰を折って礼を言われた。


「誠にありがとうございます。カスナー伯爵のご子息殿。本件につきましては、皇室、及び学院の方にも共有させていただきます。褒美のほどは、後日追って」


 それから俺も数人の騎士に保護される形で、馬車に乗せられて学院に護送された。


 馬車内でいくつか騎士から質問を受けたが、日ごろの俺の動きのお蔭で不審がられることはなかった。


 授業も出たり出なかったり、いきなり早朝から遠征とかやってたり、な自由生徒だからな、俺。


『何故サバトの夜襲に気付けたのですか?』『夜に幽霊探してたら見つけました』で納得される立場はありがたいというか何というか。


 ということで数日の休養を学院から言い渡され、その間いつもの通りに過ごしていた。


「ふむ……何しよ」


 なお俺は目的に向けて全力投球系趣味人だ。やることがない時に真っ先にすることは、やること探しである。


 なので俺は、腕を組んで次何をしようか考えていた。


「強ビルド構築は、まぁひとまず二つもあればいいだろ。じゃあ二つの最適化? それはまぁボチボチやればいいって話だし、本腰入れてやるようなことじゃない」


 俺は自分のアイデアが降ってくることを祈って、変なポーズを取ったり身をよじったりしながら唸っていた。


 昼。学内に位置する芝生でのことだった。


 ……何でカスナーがこんなところにいるんだ……あいつ、スノウ姫殿下に取り入ったって噂、本当か? ……調子乗ってるみたいだし、そろそろ痛い目見せた方が良いんじゃないか……。


 周囲のぼそぼそとした噂話を気にもせず、俺はうーんうーんと唸る。レベル上げ? まぁ数日作業になるから、ひとまず予定に入れておこうか。


 そんな風に体をぐねりぐねりとしているも、いいアイデアは中々降ってこず、俺は段々と眠気に包まれていく。






 そんな眠気を覚まさせるような声が、俺に掛けられた。


『ゴット様!』


 俺はパチリと目を開くと、そこにはヤンナが立っていた。


 亜麻色の髪。柔和で穏やかそうな表情。俺の。俺は何故だか、そんな彼女にひどい安心感を抱いていた。


 そして安心感のあまり、甘えたことを言いだすのだ。


『おい、遅いぞ。もっと早く来られなかったのか』


『う……申し訳ございません。その、お弁当を作るのに時間がかかってしまいまして』


 ヤンナはバスケットを少し持ち上げる。俺がヤンナに、家の料理人ではなく、手ずから作るように言った昼食。


 何でそんなことを言ったのか。


 それはきっと、ただの甘えだ。愛されているということを実感したくて、形にして欲しかったから、無用に苦労する形を取れと言ったのだ。


 ヤンナは俺の隣に座り、そしてバスケットを開く。するとサンドイッチがそこに詰まっていて、ヤンナがその内の一つを手渡してくる。


『はい、ゴット様。召し上がれ』


『……ああ』


 俺は受け取り、そして一口。


『マズイ』


『うっ。……申し訳ございません。すぐに捨ててまいります』


『いい。その時間が惜しいだろう。仕方ないから、食べてやる』


『……はい』


 俺は料理人の水準とヤンナのそれを比べて、無慈悲な一言を口にした。だが、実際のところマズいわけでは決してなかったのだ。


 だが、ヤンナがこんな程度で満足して欲しくなかったから、あえてマズイと言った。それがヤンナのためになると思って。


『次のを』


『は、はい!』


 ヤンナは俺の求めに従って、新しいサンドイッチを手渡してくる。俺はもくもくと食べながら、ぼーっと青空を見上げていた。


『そ、その。ゴット様?』


『何だ』


 ヤンナの呼びかけに、俺はぶっきらぼうに返す。


『きょ、今日は、いい天気でございますね』


『見ればわかる』


『う、は、はい。そう、ですね。ごめんなさい、差し出がましいことを』


『何を謝っている?』


『い、いえ。その。ごめんなさい』


『ふん。……そういえば、そろそろ俺たちはアレクサンドル帝学院への入学時期か』


『はっ、はい! そうですね!』


 俺から話題を振られたのがよほど嬉しかったのか、ヤンナは顔色を晴れさせて頷く。


 だが俺は、ひどいことを言うのだ。


『同年代の貴族どもが、うじゃうじゃと居るらしいな。ヤンナ、お前少しでも男と話してみろ? そのような不貞な婚約者には、厳しく躾をしてや―――』






「無理ッッッッッッッッッッッ!」


 俺は飛び起きて叫んだ。周囲の人々が、俺をぎょっとした目で見ている。


 俺は目をぎゅっと瞑って、繰り返すようにもう一度叫んだ。


「無ッッッッッッッッッッッッッ! 理ッッッッッッッッッッッ!」


 俺の絶叫に、周囲の人々は不気味がって早々に立ち去って行く。しかし俺はそんなことに反応できないくらい気持ちが悪くて、「ああああああああ!」と発狂して頭を抱える。


「何!? 何あのぶっきらぼうぶった鬼畜彼氏みたいなムーブ! 死ねッ! 殺すぞぉッ! ああクソ! 俺でさえなければ! 自分でさえなければッ! ぁあああああああ!」


 俺は過去に実際起こったやり取りを思い出して、「うぎゃぁああああああ」とその場をゴロゴロと転がる。そして何か大きめの石に頭をぶつけた。いってぇ!


 そこで、飛び出すものが居た。


「ご、ゴット様!? あ、頭、お頭は大丈夫ですか!?」


 心配なのか罵倒なのか分からない物言いをしながら、駆け寄ってくる足音があった。俺はそちらに目を向けて、「んぇっ?」と間抜けな声を上げてしまう。


 そちらから近寄ってきたのは、少女だった。亜麻色の髪をして、柔和で穏やかな表情をした彼女。


 俺の、元、婚約者である、ヤンナ・ディートリンデ・レーンデルス、その人だった。


 ……今見てた夢が夢だから気まずいんですけど。

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