第108話 異形の天才

「ドロシーさん……?」


 まさかこの状況でドロシーが現れるとは思っていなくて、俺は呆けた声を上げてしまう。


「ご、ゴット、この人は……?」


「黎明の魔女、ドロシー。大戦期の英雄だ」


「ッ! マジですごい人じゃん。え、何でここに……?」


 俺とシュゼットは戸惑いと共に成り行きを見つめる。フェリシーとドロシー。二人はお互いに強く警戒しあっていた。


「ボクはね、元々クローディアちゃんの横暴を咎めに来た立場だったんだ」


 ドロシーは口を開く。


「元々大図書学派はきな臭い部分の多い支部だったからね。ふたを上げてみればこの有り様だよ。禁忌と惨たらしさに溢れた大監獄。明確な黒だって確信したよ」


 けどね、クローディアちゃんは言ったんだ。


「『わたくしなどよりも、ずっと恐ろしい存在がいます。わたくしに任せていただければ、それをどうにか手中に収めて制御して見せます』。ってね」


 ドロシーは、吟味するようにフェリシーを見つめている。フェリシーは冷たい目でドロシーを見返す。


「もちろんそんな甘言に騙されるつもりはなかったけれど、一目見てから考えようと思ったんだ。だからゴット君、君たちが来て驚いたよ。そして―――君にもね」


 フェリシーちゃん、だっけ? とドロシーは首を傾げる。


「確かに、君の魔法は―――いいや、君のそれは魔法ではない。魔法とは借り物の力。紛い物だ。君のそれは純然たる神の奇跡、権能と呼ぶのがふさわしい」


「つまり、なーに?」


「君は強すぎる」


 フェリシーの問いに、ドロシーは断言した。


「知られなければ認識されない力に、知られれば即死させられる力。それに加え他者の行動や、恐らく意思や記憶を操る権能も有しているね。そういう方向性の力だ」


「……変な人。脳の中で、情報がものすごい勢いで組み立てられてく。さっきの嫌な人も速かったけど、あなたはその比じゃない」


「脳を覗く能力だね。いや、ちょっと怖いくらいだよ。心をのぞき見したかつての敵は、ボクの心をのぞき込んで発狂したというのに、君は驚くので済んでいる」


 俺は二人の会話があまりに異様で、言葉を挟むことが出来ない。シュゼットも同様で、状況が掴めず不安そうだ。


「君の権能は、情報魔法と言うべきかな。でもそれだと、知らないまま君を見ても君を認識できない理由が分からない」


「んーん、違うよ。フェリシーちゃんの魔法は、ミーム魔法。生まれるとき、創造主様がそう言ってた。新しい魔法になるんだよって。それだけ、覚えてるの」


 創造主。その言葉が出て、この場の全員が目を剥いた。俺はもちろんのこと、シュゼット、ドロシーもだ。


 ドロシーは人生経験の豊富さから知っていてもおかしくないが、シュゼットは何故? 創造主は、会ったことはないと言っていたはずなのに。


 だが、今はそれどころではない。ドロシーは瞳をしきりに動かしながら、考えを巡らせている。


「創造主が手ずから産み落とした権能の子、ということなんだね。ミーム。転生者から聞いたことがあるよ。情報における拡散性に着目した概念だった。つまり―――」


 ドロシーは、絶句する。同時、フェリシーが明確に警戒したのが分かった。


 今、何かが二人の間で起こった。疑惑が確信に変わるような、そんな。フェリシーは自分の服を両手でくしゃりと握りしめながら、まばたきもほとんどせずにドロシーを見ている。


「フェリシーちゃん。君に、質問させてほしい」


 ドロシーは言う。


「君は、君自身の情報を拡散させることはできるかな」


「……できない、よ」


「嘘はダメだ。君を信じられなくなる。ボクは君の視線の動きや顔の筋肉の強張りで、言葉の真偽くらいは分かってしまう」


 フェリシーは、その言葉にうつむいた。言葉を探すように口を何度か動かして、結局素直に答える。


「……できる。けど、難しい、から」


「君は通常時、反ミーム性に包まれている。つまり君という情報は誰にも知覚されないし、誰の耳にも入らない。それが、条件を整えれば反転して、君の情報を拡散できるんだね」


「……うん」


「やり方は?」


「……」


 フェリシーの手が震える。ドロシーも必死な顔で、すがるような眼で見ている。善人なのだろう。だがきっと同時に、必要ならば手を汚す覚悟のある人でもあるのだ。


 フェリシーは、震える声で、言う。


「ディザスターで、五人、五日以内に妖精に変えて、吸収すると、フェリシーちゃんのことをみんなに知らせる魔法が、一度だけ使えるようになる。ディフィージョンっていう、魔法」


 シン、と部屋に静寂が満ちる。その魔法の使用条件を整えれば、フェリシーは無敵の矛と盾を持ち変えられる。


 そしてその時、きっと、フェリシーは―――


「ごめんね、フェリシーちゃん。それに、ゴット君も、そこの君も」


 ドロシーは、低い声でそう言った。この場に、緊張が走る。


「フェリシーちゃん。君はあまりに簡単にこの世界を滅ぼせてしまう。それを、この世界の守護者の一人たるボクは、見過ごすことが出来ない」


「ふぇ、フェリシーちゃんはそんなことしないっ! う、嘘が分かるなら、フェリシーちゃんの言うことが嘘じゃないって分かって!」


 震えながら、フェリシーは絶叫した。それにドロシーは沈鬱な顔をして、首を振る。


「神はね、どんな善人にも、悪人にも、人間であるというだけでえり好みせずに、魔法と言う権能を貸し与えるから、神たり得るんだ」


 一拍置いて、結論付ける。


「神に、人格は要らない」


 それが。


 戦闘開始の契機だった。


「―――ディザス「甘い」ター!」


 フェリシーが鋭くドロシーを指さし、即死の魔法を放つ。だがその寸前、ドロシーは自らの首に何かを突き立てた。


 シュー……と、間の抜けた音が響く。フェリシーの魔法が発動したにもかかわらず、ドロシーは妖精と化して即死していない。きゅぽ、という音と共にドロシーは首から何かを外す。


 それは、一種の注射のようだった。


「ん……これは……」


「この人、今の一瞬で、フェリシーちゃんのこと忘れた……」


 フェリシーが、呆気にとられた様子で言う。


 ドロシーがフェリシーのディザスターで死ななかった理由。それはひとえに、ドロシーがフェリシーのことを忘れ、フェリシーを認識できなくなったためのようだ。


 首を傾げながら、ドロシーは周囲を見回す。俺を見付け、シュゼットを見付け、しかしフェリシーの前でドロシーの目は止まらない。


 ……これは、助かった、のか? 俺は改めてフェリシーの魔法の強さに感心する。


 そこでドロシーが、微笑みを浮かべて話し始めた。


「ゴット君。今がどう言う状況下は分からないのだけれど、いくつか言っておくことがあってね」


「え? は、はい」


「まず、ボクは完全記憶能力者なんだ。だから、ボクの記憶は通常決してなくならない。けど、今ボクは記憶を失っている」


 理由はこれだ。と手に持つ注射を見せてくる。


「これは忘却剤。即時にボクに寸前の記憶を失わせる。完全記憶能力というのも中々困りものでね。楽しい記憶はいいけれど、悲しい記憶もずっと残っちゃうんだ」


 だからその時用に常に持っているのだけれどね、とドロシーは続ける。


「ボクがこのメンツで悲しすぎる気持ちになるとは思えないんだ。そして君たちの強張った表情。ボクに恐怖しているね。つまり、ボクは寸前まで君たちの脅威だった」


 俺は、理詰めで状況を高い確度で理解していくドロシーに、まずい、と気付き始める。


「記憶を消さなきゃならない状況っていうのは中々珍しいけれど、もしかしたら新しい魔法とか? 分からないけれど、ボクは過去のボクを信じて君たちを拘束す」


 フェリシーが、言い放つ。


「フォゲット!」


 ぴた、とドロシーが止まる。忘却の魔法。だが、今の流れでは焼け石に水だ。


「注射、じゃないね。今のは、魔法だ」


「――――ッ!」


 しかも、先ほどまでは掴んでいなかった情報を掴んで、ドロシーは真実にたどり着く。


「忘却の魔法なんて初めてだよ。便利な魔法だね。欲しいくらいだ。ひとまず、危険なことだけわかる。実力差を無視して、結果だけを押し付ける魔法みた」


「フォゲット!」


 フェリシーは必死な顔でドロシーに忘却を押し付ける。ドロシーは「ふむ」と声を漏らしてこう言った。


「今、ボクが物を忘れるのはおかしい、から思考の組み立てを行ったのだけどね、自分の中に慣れがあった。―――これ、ボクが何かを魔法で忘れさせられるの、初めてじゃないね?」


「フォゲット!」


「忘却の魔法だ。敵は君かな? ゴット君。顔を見るにボクは記憶の復元を複数回行っているみたいだね」


「フォゲット!」


「忘却の魔法はもう無意味だよ。やめた方がいい。ボクも自分で、こんなに短時間で状況再認識が出来るなんてって驚いているところだよ」


「フォゲット! フォゲットフォゲットフォゲット!」


 フェリシーは錯乱したように叫ぶ。ドロシーはもう何も言わず「さて」と敵を見る目で俺たちを見ている。


「パーミッション!」


 だがフェリシーの手は尽きていない。今度は赦しの魔法だ。「うーん?」とドロシーは唸る。


「不思議だね。ボクは君を敵視していたはずなのに、『まぁいっか』という気持ちになってしまった。魔法かな? でも発動所作が確認できなかった」


 となると、とドロシーは言う。


「見えない第三者がボクの気持ちを歪めたんだね。恐ろしいことだ。許せないね。ボクの意志はボクだけのものだ。それを歪めようなんて、卑劣にもほどがある」


 俺は、ひく、と口端を引きつらせる。


 この人は、記憶どころか、自らの感情さえ支配下に置いているのか。


「フォゲット! パーミッション!」


「忘却と、赦しかな? 複合で来られると少し迷うね。けど、今ので組み立てのコツが分かった。もう惑わされないよ」


 ドロシーの様子を見て、俺は本物の天才なのだと思う。脳。フェリシーの魔法は脳をほとんど直接いじっているのに等しい。なのに、それを自前の知性だけで乗り切っている。


「どうしよう、どうしよう。フォゲットも、パーミッションも効かない……! オーダーはディザスターと同じで、フェリシーちゃんが見えないと効かないし、どうしよう……!」


 フェリシーは、かすれた小さな声で焦ったように呟く。切羽詰まったように、全身を振るわせている。


 俺はその様子に、この人生で初めて、異形を前にした恐怖というものを自覚した。


 これが、数世紀文明を進めた天才か。機械すら普及していない世界で、パソコンを開発し、操り、機械学習を始める理解不能の知能か。


 黎明の魔女、ドロシー。


 無敵のはずのフェリシーの魔法にとって、これほどの知性を持つドロシーは、数少ない天敵だった。


「何で、どうして……?」


 フェリシーはもはや半狂乱で、恐怖の涙を流しながら、震える指でドロシーを指さしている。


 ドロシーはすでに対話を試みることすらしない。瞬時に適切な判断を下し、誰が敵かを判別し、俺たちを鋭い視線で貫いている。


 ―――戦うしかないのか。


 俺は惑う。勝てる気がしない相手なんて、この世界に居たのかと疑う。まるで人生で初めてブレイドルーンの世界に触れた時のような無力感と絶望が、眼前に立ちふさがっている。


 ごくりと唾をのみ下す。シュゼットと視線を交わし、いつでも動けるように息を吐く。やるしかないのなら、やるだけだ。


「ゴット君」


 ドロシーは、そんな俺たちをして言った。


「君は才能ある若者だが、畏怖の世代がどんな存在かを理解していない」


「……少しくらいは、聞き及んでいるつもりですよ。常軌を逸した存在だって事くらいは、分かってます」


「いいや、分かっていないよ。君は、何も分かっていない―――」


 ドロシーの目が、無機質な光を宿す。


「―――スパイダー」


 その言葉と同時。


 ドロシーのポケットから、明らかにポケットの容量を無視した、人間大の蜘蛛のロボットらしき触肢が顔をのぞかせた。


「ガァッ、ハッ……!?」「うぐっ!? ぁ……」


 直後襲い来た衝撃が、俺とシュゼットを打ちのめす。俺たちは、反応も出来ないほどの速度で体を四方から殴打され、前後不覚のまま倒れ伏した。


 その上から俺たちを抑え込むのは、やはり蜘蛛のロボットのようだった。俺は杖を握りしめ、詠唱を始める。


「杖衛せ、もごっ!?」


 蜘蛛ボットの触肢が俺の口に突っ込まれて、強制的に詠唱を中断させられる。だがまだだ。俺は二度指を鳴らして大ルーンの書を召喚する。


 だが、蜘蛛ボットは淡々と対処した。俺の大ルーンの書は召喚と同時に触肢で強く弾かれ、床を転がる。それでも手を伸ばそうとすると、触肢に刺されながら地面に抑え込まれた。


「ふぐぅううっ!?」


「ゴットぉっ!?」


 フェリシーが悲痛な声を上げる。シュゼットが強く叫ぶ。


「ふざけんなぁぁぁああああ!」


 シュゼットは地面に手をついて、地力だけでスパイダーの拘束を外れようとしていた。


 そうか、と俺は思う。シュゼットは素でも筋肉量のステータスが高い。だからこの状況でも力負けしな―――


「スパイダー、加勢」


 だがドロシーの一言で、シュゼットの抵抗が潰される。どこからともなく現れた十体ほどの蜘蛛ボットが、シュゼットの四肢の一つ一つを抑え込む。


「ならッ! 全部帳消しに―――」


 シュゼットは舌を出し思い切り噛もうとした。舌を噛んでの自殺。だがスパイダーはシュゼットの口にも触肢を差し込んでそれを阻止する。主人公特権たるやり直しが封じられる。


 無理だ。準備が圧倒的に足りない。俺たちは、ドロシーから逃げ延びることすらできない。


「驚いたな。君、確かシュゼットちゃんだったっけ? 君、タイムリープ能力があるんだね。ボクはてっきり、この世界には時間遡行能力がないものと思っていたけれど」


 シュゼットの行動一つで、ドロシーはそこまで看破する。なら、とドロシーは言う。


「君は要注意だね。流石のボクといえど、時間を巻き戻されては忘却の再構築もできない。対策を立てて動かないと」


 勝てない。そう思う。俺たちを瞬時に無力化するだけの戦力を有しながら、油断のかけらもない。知性でも明らかに上をいかれている。


 化け物。そう思う。俺が今まで遊んできた奴らなど児戯に等しい。本当の強者とは、一部の隙もなく敵を叩き潰すのだ。


「……!」


 俺はせめてと願いを込めてフェリシーを見る。フェリシーをどうしたらいいか分からない、という顔で、泣きながら状況を見守るしかできない。


 ならば、どうか逃げてくれ。俺の視線に気づいてくれ。フェリシー。


「スパイダー。ゴット君の視線の先を拘束」


 俺のそんな切なる願いすら、ドロシーは封じる。一体の蜘蛛ボットが瞬時にフェリシーに飛び掛かり、小さな体を壁に縫い付ける。


「が、ぁ……!」


 フェリシーの華奢な体は、それで簡単に無力化された。口の端から血を流し、フェリシーはくたりと力を失う。


「なるほど。ボクには分からないけれど、そこには何かがいて、それがすべての元凶だね。ゴット君、君の表情は雄弁だ。お蔭で、最速でこの件を解決に導けるよ」


 フェリシーを抑え込む蜘蛛ボットの触肢が、ドリルのように回転し始める。隠しようもない殺意がそこに漲る。


「ボクの推論はこうだ。そこにいる見えない何かが、過去のボクの記憶を消した。過去のボクはそれを脅威と見たんだろう。ゴット君にシュゼットちゃんは、それを守ろうとした」


 俺たちはそれに否定する口を持たない。どちらも口に触肢を突き入れられていて、何も言葉を発せない。


 だが、ドロシーは顔色だけで真偽を見抜く。


「正解のようだね。ではまずそれを処理してから、次は君たちの尋問だ」


 どうしようか、とドロシーは呟く。


「シュゼットちゃんのやり直しに、ゴット君のそれは大ルーンかな。どう敵対したかはもう覚えていないけれど、一通り明らかにしなければ」


 スパイダー、とドロシーは言う。


「殺せ」


「――――――ッ!」


 俺はまともな言葉を発せない口で叫ぶ。絶叫する。だがどうにもならない。俺にはこの状況をひっくり返す力がない。




 そこで。


 釘を打つような音が、どこからか聞こえた気がした。




「ん―――ぐぱ、ぁ……?」


 ドロシーが突如として体をへし折り、大量の血を吐いた。スパイダーたちの行動が急停止し、周囲の脅威を探すようにキョロキョロと周囲をうかがう。


 ヤンナ。この一撃は、きっとヤンナだ。


 ドロシーは口を開く。


「これは、油断した、ね。まさか呪いまで、手段に、伏せガハッ、が、ぁぁ……。スパ、イダー、この部屋に、魔防壁、を。遠距離からの、強力な一撃だ。連発は、ガハッ、ぐぷ……」


 言いながらも血を吐いて、よろよろとドロシーはふらつく足で机にもたれかかった。それままずるずると地面に崩れ落ちる。口を開き、何かを言おうとする度に血を吐く。


「く、スパ、ぐぷ……」


 命令を下せないと見るや、ドロシーは懐を探り始めた。回復の手段も持ち合わせているのだろう。だが、震える手ですぐには取り出せない。


 膠着。それでも、俺たちには打開の手がない。今の俺の貧弱さではスパイダーの拘束は抜けられない。シュゼットは屈強だが、もっと無理だ。フェリシーは俺に輪をかけて非力。


 そこで、フェリシーは口を開いた。


「……ごめん、ね……? フェリシーちゃんがワガママ言った、から……。仲間外れは嫌って言わなきゃ、こんなことに、ならなかったのに……!」


 ボロボロと涙を流しながら、フェリシーは言う。俺は、そんなことない。こんなこと、誰にも予想できない。と僅かに首を振る。


 フェリシーは泣き笑いで続けた。


「フェリシーちゃんが、悪いんだよ……。フェリシーちゃんは、ずっと、一人で。誰、とも、友達になれ、ずに、死ぬんだと、思って、て」


 涙をこぼしながら、フェリシーは笑みを大きくする。


「なのに、ゴットが、見つけてくれて……! ゴットと一緒に、居て、ワガママ、聞いて、もらって……! それが、いけないの。いけなかったん、だよ……!」


 そんなことはない。フェリシーのワガママくらい、いくらでも聞く。だが、この言葉を俺は物理的に、紡げない。


「でも、でもね。ゴットといて、シューといて、みんなといて、楽しかったよ……? だから、もう、満足する。だって、一人よりも、皆が痛い思いする方が、嫌だもん……!」


 俺は気づく。フェリシーは、何かをしようとしている。フェリシーと俺たちの関係性が、丸ごと変わってしまうような、何かを。


 ダメだ。そんなのダメだ。だが俺には何もできない。どうすることもできない。俺はこの場において、何の力も持っていない。


「姫様、面白くて、好きだったよ。ヤンちゃんは、ちょっと怖かったけど、今助けてくれて嬉し、かった。シューは、女の子? の中で、フェリシーちゃんの、一番の友達、なんだからね」


 別れの言葉の中に、一瞬フェリシーの嘆きが笑みを完全に壊す。くしゃりと泣きじゃくるだけのフェリシーが垣間見えて、すぐにそれを泣き笑いで覆い隠した。


 フェリシーの本音はずっと変わらない。


 だが、それは叶えられない。


「ゴット」


 フェリシーは最後に、俺を見る。泣き笑いをもう一度作って。涙は堪えられないで。


「フェリシーちゃんね、実はゴットのこと、大好きだったんだよ」


 ―――知ってるよ、そんなこと。


 そう言い返すことすら、俺にはできない。


 フェリシーの目が据わる。深呼吸をし、覚悟を決め、フェリシーは言う。


 フェリシーを、無敵の盾で覆い隠す大魔法を。




「ミッシング・フェアリー」




 そして世界は、妖精を見失った。

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