9章 ずっと君は、そこにいた

第109話 いつものように、くだらない日々

 その日も、俺は腐っていた。


「つまんねー……」


 俺は突っかかってきた男子生徒たちを無傷でボコボコにして、気絶した連中の山の上に腰かけていた。


「あれだけ嬉しかったブレイドルーンの世界も、いざ入ってみればこんなもんか……」


 一人で、ブツブツと呟く。そのボヤキを聞いてくれる人物は、ただの一人も存在しない。


「これなら、ブラックな前世でも、ブレイドルーンをゲームとして楽しめた方が良かったなぁ……。DLCも発表間近って噂だったのに」


 はーあ。俺はクソデカため息を吐いてから、「よっと」と気絶雑魚の山から飛び降りた。


「う……この、ゴミカス野郎が……」


 気絶の山の中で、たった一人意識を保っていた奴が俺を睨む。俺はそれを少し見てから、その顔面に足裏で蹴りを入れてやる。


「んげっ」


「そうだな。俺はゴミカス伯爵だ。だからお前に酷いことをしてもいいのさ」


 何度も何度も顔面を踏み潰すように蹴りを入れ、そいつも気絶したのを確かめる。それから俺は、「クソつまんねぇ」と言い捨ててその場を立ち去るのだった。






 ブレイドルーンの世界、シルヴァシェオールに転生して(というかそれを自覚して)数カ月、俺はこの世界のくだらなさに辟易していた。


 出発がゴミカス伯爵だったというのが、かなり致命的だったように思う。


 確かに最初は楽しかった。伝説武器、伝説のルーンを取りに冒険に出たり、強いボスを倒したりして、ゲームのVR版みたいな楽しみ方をしていた。


 それでも感覚が掴めてくると、やはり何百周としたブレイドルーンでしかないと気付き始める。


 大ルーンも一人で構築したが、ちょっと便利なだけだ。敵もあっさり勝てる以上、そう凝ってプログラミングすることもない。


 要するに、張り合いがなくなってしまったのだ。


 人間関係もゴミカス伯爵だからまともに構築できない。どいつもこいつも俺だと分かると顔をしかめ、拒絶してくる。


 だから、やはり最初に考えた通り、派閥に属することは不可能なのだと知った。それ以来、俺はこの世界がクソゲーだと思っている。


 それでムカついて、突っかかってくる奴に片っ端からケンカを売って過ごしていた。馬鹿は全員殴り倒す日々だ。気付けば札付きの不良みたいになってしまった。


「最初に警戒した派閥関係のそれこれもないと、知り尽くした世界ってのはこんなにつまらんもんかね……」


 まぁ、別にいいのだが。いっそガチ外道ムーブでも取ってやろうか。派閥の一つでも敵に回せば、こぞって俺を襲うだろう。そうすれば多少は張り合いが出るか。


 そんな事を考えながら廊下を歩く。誰もが俺を虫や狂犬のように嫌悪の目で見て遠ざかる。


 気分が悪い。俺が近くに居るだけで嫌か。俺はイライラと周囲を睨んで歩く。俺が睨むと、どいつもこいつも目を伏せて見なかったことにする。


 そんな風におびえるなら、最初から視線の一つも向けるなよ、鬱陶しい。


 そんなとき、現れる者がいた。


「ご、ゴット、様……」


 横から駆けられた声に、俺は一瞥する。ヤンナ。俺と婚約を解消した奴だ。親父から確認の手紙を貰ったが、無視していたら『婚約は破棄しておいた』と通達が来た。


 だから、俺とはもう明確に無関係の人間だ。だが、たまにこうやって声をかけてくる。


「……」


 俺はヤンナの声を完全に無視して、その場を歩き去った。


 お前には、シュテファンがいるだろ。俺みたいな嫌われ者、やめておけよ。






 授業を全部サボって適当に学院の外をうろついて、夜に寮の部屋に帰ってくると、いつものように扉に無数の手紙が届いている。


 親からの確認の手紙だろう。俺に返信するつもりがないのは分かっているだろうに。


 俺はそれらに視線も向けず、そのままベッドに向かった。シャワー浴びないと、と思ったが、面倒でそのまま布団にくるまる。


 体だけは動かしているのがよいのか、入眠は速やかだ。


 眠ると、いろんな夢を見る。驚きと楽しさであふれた夢だ。見知らぬ女の子と冒険に出るような、そんな夢。


『ゴット! こっちこっち!』


『違うもん! ゴットが●●●●●ちゃん大好きだからだもん!』


『えへ、ゴットに撫でられるの好き……♡』


 コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。本当に居るのではないかというくらいのリアリティで、彼女は俺に迫ってくる。


 そして俺が彼女に手を伸ばそうとした瞬間、目覚めるのだ。


「……つまんねぇ夢……」


 俺は何故だか流れる涙を拭って、今日も呟く。


「本当に、つまんねぇ世界だ……」


 くだらない日々は、終わらない。










 平日が過ぎる。休日が終わる。平日が過ぎる。休日が終わる。


 先日の中間試験から、目まぐるしく日々は過ぎていく。変わらないのは俺だけだ。俺だけ、ケンカを売られてはボコボコにし、売ってはボコボコにしている。


 敵として現れる生徒の腕ばかりが上がっていくが、どうでもいいことだ。俺の方が強い。俺に脅威を感じさせるような奴は現れない。


 そう思っていた。


「カスナー。その行動は、いい加減目に余る」


 気絶の山の上でぼーっとしていると、そう声をかけられた。また勇者の末裔か、と鬱陶しい目で俺は声の主に視線を向ける。だが、その人物は意外な人だった。


「……ん?」


 俺は見間違えかと焦る。目をこすり、もう一度見る。


 だが、見間違えではない。とするなら、記憶違いか。


 だが、それはつじつまが合わない。やはりおかしい。


「何? 人の顔じろじろ見てさ。失礼な奴……」


 俺はそれに呆けて、つい口を滑らせた。


「お前、シュテファンじゃなかったか……?」


「は?」


 が、意味が分からない、という顔で俺を睨む。それから「え、いや待ってよ。何でカスナーが『シュテファン』を知ってんの?」と異常に気付く。


 頭痛が酷い。何かを、忘れている気がする。見ればシュゼットも頭を押さえて、「いった……。どういうこと……?」と歯を食いしばっている。


 何かがおかしい。何かよくないことが起こっている。そんな思いを抱えながら、俺たちは当惑する視線を交わし合っていた。

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