第110話 関係性の復元:シュゼット

 シュゼットの剣が、唸りを上げて俺に襲い掛かっていた。


「うぉおおおおお!?」


「はっ!? 今の躱す!?」


 切りかかられるロングソードを大狼の大曲剣で受け流し、【影狼】で距離を取る。構え直して睨みつけると「何で伝説武器持ってんの……?」と訝しげに睨まれる。


「そりゃ俺が頑張って冒険して集めたからだっての」


「冒険!? カスナー冒険とかすんの!? って言うか今回のカスナー、何かおかしくない? 嫌な奴なのは変わらないにしろ、基本黒幕ぶるのが好きだったでしょ」


「今回って何だよ。前回があるみたいな物言い、で……」


 俺の反論に、シュゼットは「やば」と口を押さえる。


 俺はジロと睨みつけて、シュゼットに言った。


「お前、周回してるな?」


「は? な、何言ってるか分からないんだけど」


「俺だって何言ってるかわからねぇよ。でも今回とか訳わからんこと聞いたら、そう言う推論を立てるしかないだろうが。お前はゲーム同様、この世界を繰り返してる。違うか?」


 俺が詰問するように言うと、シュゼットは「マジで今回のカスナーおかしくない……?」と困惑を隠さなくなる。


 それからしばらくの沈黙を挟んで、シュゼットは剣を下した。


「……その、げーむ? とかはよく分からないけど、確かに、アタシは周回してる。この数年間を魔王討伐、あるいは世界滅亡の形で繰り返してる。で、ここからはアタシも質問」


 シュゼットは虚空に剣をしまいながら言う。何だ今の虚空。ゲームと同じでアイテムボックスでも持ってんのか?


「何でカスナーは、そんな考えが出来んの? げーむって何? アタシのことをどこまで知ってんの?」


 俺は大曲剣を指鳴らしで消す。「何それ……?」とシュゼットが妙な顔をするのをスルーしつつ、口を開いた。


「俺が言うゲームってのは。この世界を舞台にしたブレイドルーンってゲームのことだ」


 ひとしきり説明する。この世界そっくりなシミュレーション装置の存在を。それでこの世界を隅々まで知り尽くしていることを。その主人公がシュゼットであることを。


 その説明に、「な、何かキモチワルイ……」と渋い顔で自分を抱きしめ言うシュゼット。俺は「ここからが肝心なところだ」と前置きする。


「シュゼット、いや、シュテファン。俺はお前にヤンナを任せたつもりだった」


 俺の言葉に、シュゼットが口を閉ざす。


「お前がヤンナと一緒に歩いてるのを見て、俺みたいなゴミカスからヤンナを遠ざけるつもりだと思った。俺もお前が特別で怖いと思っていたから、それに従った」


 けど、それは。


「けど、それはお前が男だって言う前提の話だ。この世界は別に同性婚くらい出来るが、社会通念として同性が並んで歩いてても『譲ろう』なんて発想にはならない」


「それは、そう、だね」


「つまりだ。お前は俺との初対面では、シュテファンだった。なのに今はシュゼットだ。周回途中で性別を変えるのは可能不可能で言えば可能だろうけど、普通周囲は混乱するだろ」


 だが、その混乱は俺の記憶にない。いかに普通の生徒から社会的に切り離されている俺とはいえ、生徒の性別が入れ替わったなんて珍事くらいは耳にするだろう。


 俺の話に、シュゼットは思案する。それから、彼女は言った。


「今思い返して、確かにおかしいなって思ったよ。アタシは確かに当時シュテファン―――つまり男の姿だった。周回途中では基本性別は変えないから」


「でも、変わってる」


「うん、変わってる。結構アタシとしても大ごとだけど、そのきっかけが全然記憶にない。これは……変。変だね」


 俺たちの見解が一致する。視線を交わし、お互いが敵ではないと理解する。


 シュゼットは言った。


「何が起こってるか、全然見当もつかないけど……。ひとまず共闘といかない? カスナーも、そんなつまんないことやめてさ」


「これのことか?」


 俺が言いながら気絶した奴の身体を蹴ると「あっ! だからそういうの!」とシュゼットは怒る。


「仕方ないだろ。こいつらが突っかかってくるから相手してやってるんだ」


「相手するからでしょ。アタシも一回ドツボにハマった回があったけど、そういうのって頭叩くと収まるよ。手下なんか相手にする価値ないし」


 ほー? なるほど。


「なるほど。お前頭いいな」


「経験豊富だから。頭の良さは普通だよ。知識がある程度あるだけ」


 シュゼットは言って、肩を竦める。「じゃあさ」と俺は誘った。


「その頭とやらをこいつらから聞き出して、一緒に潰さないか?」


「え~? もしかして口説いてる?」


「口説くか。こう、流れってものがあるだろ」


「あはは。結構からかい甲斐あるかも、カスナー。名前って何だっけ?」


「ゴットハルト」


「なら、ゴットだ」


 名前を愛称で呼ばれるなんて、妙に付きまとうヤンナ以外からは久しぶりで、俺は目を大きく見開いた。


 それを見て、シュゼットは「ん~?」と悪戯っぽい顔で俺に近寄ってくる。


「名前呼ばれて照れてる? な~に~? 可愛いところあるじゃん」


「あんまりからかうなよ。いいから、やろうぜ」


「ふふ。仕方ないからこの辺りで勘弁してあげる。じゃ、どう聞き出そうか」


 俺はシュゼットが悩んでいる間に、気絶しているフリをしている一人の襟首を掴んで、いきなり殴りつけた。「あがっ!?」と驚いて瞠目する雑魚に、俺は笑いかける。


「話は聞いてたな? お前らの頭を叩きに行くから、誰が糸引いてるか吐け」


「なっ、そ、そんなこと言うわけ、おごっ!?」


「あらかじめ言っとくわ。お前の心が折れれば、その時点で終わる。ま、せいぜいガンバレ」


 俺は何度もそいつを殴る。「うーわ、バイオレンス~」と引いているシュゼットを無視しながら数分。とうとう心折れたそいつから、連中の頭である人物の名を聞き出していた。

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