第111話 次なる糸口

 頭は、勇者の末裔のようだった。


「ユリアン・ウルリッヒ・シャイデマンに、ミレイユ・デ・レーウ・ヴァヴルシャ、ねぇ」


「あー、勇者の末裔の、若手筆頭だ」


 シュゼットの確認は俺の記憶とも一致していた。俺たちは頷き合い「お前らなんかっ! あの二人にかかればなぁっ!」とボコボコの顔で捨て台詞を吐く雑魚を投げ捨てる。


「じゃ、早速叩きに行くか」


「そだねー。流れで本拠地まで潰しに行っちゃう? なーんて」


 それに、俺はため息を吐いて言った。


「本拠地は潰れただろ。ほら、一番偉いのが魔王になったとかで」


「あ、そっか。……誰が潰したんだっけ?」


「え? ……誰だったか」


 俺たち二人は首を傾げる。だが、考えても分からないものは分からない。「まぁいいか」「そだね」で済ませて、俺たちは歩き出す。


 足取りの先は、勇者の末裔が陣取っているサロンの一室だ。コンコンコン、とノックして「今お時間よろしいでしょうか~?」と声をかける。


 返ってきたのは、無情な答えだ。


『誰かは知らないが、今貴賓を迎えているところだ! 後にしたまえ!』


 扉越しに、くぐもった少年の声が響いた。俺はそれに不思議と無性にムカついて、「オラァッ!」と蹴破っていた。


 扉が勢いよく開く。「ゴットやばー! 理性どこかに落とした?」とシュゼットが呆気に取られるのを他所に、俺は怒鳴った。


「お前の都合なんか知るかぁボケがぁ! お前が雑魚どもに指示出しして俺を襲わせてんのは分かってんだぞ末裔ども!」


 ギャー! と騒ぎ立てながら、部屋にいる人間を確認する。想定していた通り、ユリアンにミレイユと、勇者の末裔、若手筆頭コンビは揃っていた。だが、もう一組そこに。


 氷鳥姫、スノウ。


 この学院でも最も身分が高く、美しいとされる少女。彼女とそのメイドがそこで座って、俺のことを、目を丸くして見ていた。


 ……あ、なるほど。貴賓っていうのは、そういう……。


 俺はその存在に、少し考える。末裔の二人は「な……な……!」「ま、まさかこのタイミングでここに来るなんて」と動揺している。


 んー……天誅するなら敵が動揺している今、という気がするが。この段階に至っても、慌てるでもなく、ただ目を丸くして俺を見つめているスノウが気になる。


 俺は考えた結果、こう言った。


「えっと……出直した方がいい?」


「扉を蹴破る前にその発想はなかったのか愚か者!」


 あ?


 俺は怒鳴りつけてきたユリアンに青筋を立てて睨み返す。バチバチにケンカ腰で、奴に近づきながらドスを利かせて問いかける。


「おう人をして愚か者ってのはどういう了見だ。シバキ回されたいのか」


「いいだろう表に出ろ。貴様を大人しくさせるためには、いよいよ僕が出なければならないと考えていたところだ」


 俺とユリアンは真正面から睨み合う。横で「男の子ってケンカっ早いよね~」と言うシュゼットに、「あなたはどういう立場でここに居るの?」とミレイユが困惑している。


 そこで、スノウが声を上げた。


「カスナーさん、ちょうどあなたのことで話をしていました」


 スノウはそう言って、俺にニコ、と微笑んでくる。ゲームで小物ポンコツと分かっていても、直接向けられるとクラクラするほどの美貌だ。


 俺は半分見惚れ、半分警戒しつつ「俺がなんだって?」と尋ねる。


 スノウは言った。


「あなたという暴れん坊に皆さん困っているようでしたから、私がガツンと言ってあげましょうか? という話をしていたのです。そうすれば皆さん嬉しいでしょう?」


「本音は?」


「この件を見事解決できれば、私の名声が上がります! ……ハッ!」


 瞬時に語るに落ちている。俺以外の人間がスノウをドン引きの目で見ている。それに「いやあの、これはですね、その」と慌てるスノウ。


 俺はそれに、面白いやつだな、と思う。スノウは短絡的なので、義憤に駆られて動くなんてことはない。それを信じての『本音は?』返しだったが、見事にハマったようだ。


「そっ、それに!」


 スノウは目をグルグルさせながら、話題を変えることでこの場を乗り切る方針にしたらしい。


「私の派閥もいつの間にか解散していたので、根が悪くないようでしたら回収して差し上げようかと思ったのです! お強いようですし!? 私の清らかな心できっと心を入れか」


「こいつすごいよな。ここまで語るに落ちまくりながら、自分のこと『清らかな心』とか言えるこの胆力」


「いやー姫様サイコ~! めっちゃおもしろーい」


 俺とシュゼットはスノウを指さし言い合う。ユリアン、ミレイユは揃って厳しい顔だ。持ち上げるべき人間がダメダメで、敵対する俺たちが的確なことを言うからだろう。


「というか、カスナー。あなた暴れに来た割に、ずいぶん話に付き合ってくれるのね」


 ミレイユに言われ、俺は「んー?」と考える。


「姫様に毒気を抜かれたからな。姫様、良かったな。手柄だぞ」


「問題の人物から直接与えられる手柄なんていりません! ……と思いましたけど、別に噂と評判になれば別に問題はありませんね……。じゃあ、そう言うことで良いですか?」


「俺マジで姫様のこと好きかもしれない」


「すっごいちゃっかりしてるよねぇ~」


 ここまで小物だと感心してしまう。この美貌にこの小物っぷり。芸術だろもう。


「では、解決ということで。カスナーさん? これから私の言う事を聞くように。ひとまずもう暴れてはいけませんよ? あと、末裔のお二人。部下に襲わせることはもう禁止です」


 まとめにかかるスノウは強引だが、利が示される以上俺は強く反発しない。末裔の二人も、「まぁ、暴れないなら……」「そうですね。その解決で問題ありません」と。


「わ、本当に姫様全部持ってっちゃったよ」


「ふふんっ。これが皇族の手腕というものです」


 シュゼットの皮肉にスノウは乗っかって勝ち誇る。そこまで行くともう本物だわ、と俺はまばらに拍手した。スノウは随分と顔を上げて渾身のどや顔を披露している。


「では、カスナーさん、あなたに話があります。付いてきてください。他の皆さんはまぁ好きにしてください」


「んっ? えっと、アタシは?」


「少し二人で話すことがあるので、それが終わったら合流しても構いませんよ」


 シュゼットをさらりと押しのけて、スノウは俺の手を取った。俺はキョトンとし「姫様?」と見上げる。


 スノウは、歯を見せて俺に笑いかけた。


「行きますよ、ゴット」


 その言葉に、俺は息をのんだ。どうしようもなく懐かしい気持ちが胸の内で反響する。その心地に忘我して、俺は手を引かれるままに、スノウの後ろをついていく。

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