第112話 関係性の復元:スノウ

 氷鳥姫スノウは、基本的に暇なとき、いつも庭園にある専用のお茶会エリアで紅茶を啜っている。


 今日もその例に漏れず、メイドに淹れられた紅茶を優雅に啜る。


 ……何故か、俺の対面で。


「……えっと、その、姫様。二人で話すことって」


 俺がそう問うと、スノウは言った。


「ゴット、私のことは、スノウと呼んでください」


「え? ……な、何で」


「呼ばれたいからです。いけませんか?」


「い、いや……分かった。その、よろしく、……スノウ」


「ええ、よろしくお願いします。ゴット」


 スノウはニコリと笑う。何をよろしくするのか分からないまま、俺たちは名前で呼び合うことに決まる。俺は妙にグイグイと距離を詰めてくるスノウに困りながら、横を向いた。


 すると、スノウがムッとする。


「何故目を逸らすのですか。私の方を向いてください」


「え、いや、その、な、何だ? 何でそんなグイグイくるんだ? 俺たちって初対面じゃなかったか?」


「いいえ、初対面じゃありません。いつだったか私の派閥に加わろうとしたことがあったでしょう?」


「え、……あ、あったわ」


 いつだったか、孤独になったスノウに近づいて、派閥に入ろうとしたことがあった。


 だが、どこかでうまくいかなくて、俺の方から遠ざかったのだ。いや、違う? スノウから拒絶された……?


 俺は記憶がうまく探れなくて、眉根を寄せる。すると、スノウが俺の顔を直接つかんで、俺の方を向かせた。


「こちらを見てください、ゴット」


 強制的にスノウの方を向かされて、俺はスノウを直視する。夕暮れ時の夕焼けを一身に浴びて、真っ白な処女雪のようなスノウは、橙色に染まっている。


「そうです。私を見てください、ゴット。それだけで私が上機嫌になるのだから、安いものでしょう?」


「……まぁ、そう、だな。見てるだけで、一国の姫様の機嫌が取れるなら、安いもんか」


「ええ、その通りです。だから、ちゃんと私を見てお話ししてください」


 嬉しそうに言われるものだから、俺はスノウを見つめつつも、気恥ずかしくて頭を掻いた。スノウは「ふふ、照れてますか?」と俺をからかってくる。


「勘弁してくれ。何なんだその猛アタック。まさか俺のことが好きなわけでもあるまいに」


「好きですよ?」


「はっ?」


 俺が驚いて目を見開くと、スノウはムッとする。


「何ですか、好きでもない男性に媚びるような、安い女とでも思いましたか?」


「い、いや……。むしろ、俺なんて歯牙にもかけないものと思ってたから」


「何故ですか。あなたは素晴らしい人です。私が惚れ込むのも自然なことかと思いますが」


「す、素晴らしい……? 何をもって、俺が?」


 スノウは「ふふんっ」と笑って言った。


「私が! そう思ったからです!」


「……」


 根拠ゼロだった。


 俺は茫然としてしまって、口をポカンと開けてスノウを見つめるばかり。スノウは「何ですか」と見つめてくるのを「いやだって、スノウお前……」と俺は頭を抱えてしまう。


 それに、スノウは抗議の声を上げた。


「言っておきますが、私の直感は間違えないのですよ。今回ほど過程もなく答えに行きつくことは中々ありませんが、こう言うときほど鋭いです」


「いや、にしたって……」


 ええー、という気分で言うと、近くでチチッという鳥の鳴き声を聞いた。


 俺の肩に、真っ白な小鳥が止まる。チチッと鳴いて、俺の顔を見つめている。裏ボスさんじゃん。


「ほら、凍える霊鳥もそう言っています。正解、と。ですから、あなたは私にとっての正解なのです」


「訳わかんねぇこと言うなよぉ……」


「ひとまず婚約の段取りを整えておきますので、そのつもりでいてくださいね?」


「えっ? ヤバ。ヤバイこの人。直感だけで生きてる」


 怖い怖い怖い怖い。俺は段々恐怖を抱き始める。


 するとそこで、割り込む人物が現れた。


「ちょっ、ちょっと待って!? こっそり見てたら、そんな強引なことある!?」


 言いながら飛び出してきたシュゼットは、何故か俺を抱きしめ、スノウから俺を守る体勢を取る。おっぱいがもろ顔に押し付けられて天国……あ、これやばい息ができない。


「おや、これはシュゼットさん。……感心しませんよ、人の未来の婚約者に色仕掛けをしようなどと」


「いっ、色仕掛けじゃないもん! っていうか、二人でする話ってこれ!? いきなり強引な婚約話!? 黙って聞いてたら好き勝手して!」


「別に二人の話なのですからあなたには関係ないでしょう。いいからゴットを放してください」


「い、嫌だ」


「何でですか」


「それはっ! ……あ、アタシの方が、先に気になってたから」


 何か女子二人に取り合いにされる男子垂涎シチュが繰り広げられている気配がするが、俺はシュゼットのおっぱいで窒息していてそれどころではない。


 必死にぺちぺちシュゼットに解放を訴える。気づいて。シュゼット気付いて。このままだと俺死んじゃう。死因おっぱいはちょっと流石に恥ずかしい。


「ねぇ、ゴット!」


 そこで俺はようやく解放されて、「ぷはぁっ! はぁっ!」と荒く息をした。眼前にはシュゼットの顔。俺は目をパチクリしてシュゼットを見る。


「あ、アタシと姫様、ど、どっちの方が可愛いと思う!?」


 ……えっ、そんな話になったの?


 俺はシュゼットを見、スノウを見る。どちらも真剣そうな目で俺を見つめている。いやいやいやいや。


 俺はシュゼットの肩を押して、近くの椅子に座らせる。それから二人に向かって言った。


「冷静になってくれ。出会ってちょっとの男に、お前らみたいな美少女二人が同時に一目ぼれって、客観的に見ておかしいだろ」


「そんなことを言われても、この気持ちは本物です。責任を取ってください」


「距離の詰め方がものすごいんだよスノウは。あと美少女って言われるのを完全にスルーするな」


「事実ですから」


「すげー自信」


 そこで、シュゼットがハッとする。


「……これ、さ」


「ああ、そうだ。俺はそっちの可能性の方が高いと思ってる」


 俺とシュゼットの間で、認識が一致する。スノウは「何です?」と口をへの字に曲げている。


 俺はスノウに向き直って言った。


「今、妙なことが起こってるんだ」


 そこから俺は、一通り説明を始める。色々なことに、辻褄が合わないという話を。

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