第84話 潜入デートの待ち合わせ

 俺含むスノウの茶会メンバー五人の間には、一つの約束がある。


 それは、『デートは順番に』ということだ。厳密に言えばデートらしいデートなんてほとんど行ったことはないのだが、ともかく『何かしら事を起こすときの相棒は順番に誘う』というルールがある。


 で、今誰がその順番なのか、という点だが、今はヤンナの番だった。


 なのだが……。


「……大図書学派潜入には、誘わなくていいだろうな……」


 今までは一応、連れて行く相手には必然性があったのだ。フェリシー、シュゼットは本人が行きたがっている上に、敵にバレなかったり、戦闘力があったりした。スノウのときもスノウの権力が刺さるような場面だった。


 だが、今回は完全にヤンナとは関係がない。姿が露見すれば危険が付きまとうし、行きたいかどうか、という意思確認を取ること自体があまりよろしくない。


 なので、約束のこともあり、俺は一人での大図書学派への侵入を考えていた。


 そしたら大図書館入り口で、おめかししたヤンナが立っていた。


「何で?」


 俺は物陰に隠れて、動揺に声を上げる。


 え? 何でいんの? 俺、バカルディ以外にこの話してないんだけど。どういうこと?


 俺は物陰からそっとヤンナの様子を盗み見る。


「ゴット様、気に入ってくださるでしょうか……?」


 不安げにぽつりと独り言をつぶやきながら、ヤンナは大図書館の窓を鏡にして、そっと身だしなみを整えている。


 いつもの制服姿に、新しく髪飾りを付けているようだった。前髪を留めるヘアピン。それ一つでおでこの見え方、印象が変わり、垢抜けたようなイメージが加わる。


 ……いや、可愛いよ。認める。元々可愛いのに、俺のためにお洒落してくれるところは、デート前のシチュエーションだったらグッとくるところだよ。ああそうさ。可愛いともさ。


 でも今は、秘密の潜入前なんだよ。


 この話、ヤンナ本人はもちろん、秘密を守るバカルディ以外の人間にはしてないんだよ。


 何で居るの? ねぇ。何で? 俺は物陰で唸る。


「あら? ゴット様?」


「ひゃう!」


 と思ったら声を掛けられて、俺は猫のように跳び上がった。


「やややややややや、やぁヤンナ! 髪飾り似合ってるね!」


「えっ、あっ、あ、ありがとうございます……!」


 ちょっと奥手な照れ方で、俯き加減に赤面するヤンナ。一方俺は心臓バクバクで冷や汗を流している。


「その、今日はゴット様とのデートの日ですから、か、可愛いと、思っていただきたくて、……」


 照れながらヤンナは前髪をいじりつつ、そんなことを言う。


 いや、可愛いんだけどさ。重ねて可愛いとは思うんだけど、それはそれとして謎が解決しないので情緒がおかしくなる。


 だってしてないんだもん、デートの約束。


 してないったらしてないんだもん。


「それで、ええと。必要なのはこれですよね?」


 ヤンナは通学カバンから、大図書学派メンバー用のローブを取り出す。


「シュテファンさんにお願いして、お借りしたんです。これで今回の潜入デートは大丈夫です、よね?」


「う、うん。とりあえず、それがあれば……」


「よかったです! あとは個人的な準備ですが、そちらも一応、何が起こっても大丈夫なように色々と手はずは整えておきました」


 にこ、と微笑むヤンナに、俺は「自分がおかしいのでは?」と勘繰り始める。


 何せ、この話の運び方は完全に、俺が直接相談した文脈を含んでいる。伝わっている情報的にも漏れがない。あと盗み聞きならどんな立場でももっと申し訳なさそうにするはずだ。


 とすると、俺からちゃんと相談したが、すっかりその記憶だけ忘れてしまった可能性が出てくる。なら話は別だ。俺は逆に安心感すら抱きながら、ヤンナに尋ねた。


「あーっと、ごめん。ちょっと度忘れがあるみたいでさ。寝ぼけてたのかもっと深い事情があったのか分からないんだけど」


 多分俺が悪いので、そう前置きしてから俺は言った。


「ヤンナと今回のデートの約束した時、俺、他に何言ってた? 抜けがあるとマズイか」


「はい? 今回のデートについての約束は、特に交わしてはいませんので、抜けなどはないと思いますよ」


「ら……」


 俺は思考が停止する。ヤンナはニコニコと、愛らしい従順な笑みを俺に向けている。


「では、どこまでもお供いたします。ゴット様♡」


「……」


 俺は考える。考えられない頭で考える。でも考えられない頭で考えるのは矛盾なので矛盾だった。解なし。


 俺は微笑み返した。


「まぁいいか! よしっ、じゃあ今回はよろしく!」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 話してないのに伝わるなんて不思議だなぁ☆ でもちゃんと伝わってるみたいだし、きっと大丈夫さ☆ あはははははは☆


 俺はヤンナとスキップしながら大図書館に入館した。司書さんに怒られた。






 さて、ヤンナはよく分からんが今回の相棒ということになったので(?)、俺は冷静さを取り戻して大図書館の内部、大図書学派エリアへの入り口に向かっていた。


 周囲には本、本、本。本棚に敷き詰められた本ばかりがある。景色は代り映えせず、しかし大図書館は広大で、マップが頭の中に入っていなければ迷っていたところだろう。


「ゴット様? ここは先ほども通ったかと思うのですが……」


「ん? ああ、いいんだよ。これで合ってる」


「そう……ですか?」


 不安げなヤンナに俺は頷く。それから、周囲に人の気配がしないことを確認して、軽く説明した。


「大図書学派エリアは、普通にしていてたどり着けないようになってるんだよ。構成員すら秘密の研究機関なのに、大図書館にあることは分かってるなんて危険だろ?」


「確かに、そうですね……。大図書館にある有名な研究機関ですのに、秘密を保っていられるのはそういうことですか」


「特に初回はね。一回たどり着けば、古代の転送魔方陣に自分を登録して、いつでも行けるようになるんだが」


 しかも時期によってルートが変わるので、ノーヒントだと本当にたどり着くのは無理だったりする。俺? 俺はゲーム内時期のルート全部頭に入ってるけど。


 だから俺は順繰り順繰り、広い大図書館をあっち行ったりこっち行ったりを繰り返して、ルートのフラグを立てていく。


 そうしていくらか人気のない大図書館の本棚通りを歩いていると、突如俺たちの目の前に、大きな門が立ち塞がった。


「……ゴット様、これが」


「ああ、そうだ。これが大図書学派エリア、『アレクサンドル研究院』の入り口だ」


 俺たちは揃って門を見上げる。門は大きな石造りで、中心には複雑な紋章が彫られている。知識と神秘。その探求。神を研究の下に明らかにしようとする者ども。大図書学派。


 その門が、俺たちの前にそびえ立っている。その様は荘厳で、静かで、秘密の恐ろしさを体現するかのようだ。


 そしてその神秘の一つを、俺は盗み出す。


「さ、ヤンナ。大図書学派のローブを被れ。潜入開始だ」


「はい、ゴット様」


 俺は妖精の秘密袋から、ヤンナはカバンからローブを引きずり出し、一息に纏う。

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