第83話 成績トップ戦略
成績トップを強制された俺には、もはや選択肢は残されていなかった。
「知識量を50にするしかない」
知識量50。ステータスでそこまで割り振れば、ゲームでも成績トップを取れることは分かっている。
本当なら実力で取りたいところだったが、そうも言ってられない状況だ。まさか陛下の顔を潰すわけには行かない。
運命帝、ハルトヴィン陛下。
改めて考えれば考えるほど、底知れない人だったな、と思う。公爵も俺も、言葉一つで全員を手玉に取っていた。さらに底知れないのは、それで俺が悪印象を抱いていないこと。
運命によりて皇帝となった男―――ゆえに運命帝。とはよく言ったものだ。
で、肝心の知識量のステータスについてだが。
「レベル上げは今回はなしだ」
俺のレベル帯はとっくに周回プレイヤーのそれになりつつある。これ以上レベルを上げるには、今まで行ってきたエリアよりもさらに高効率のエリアで稼ぎを行う必要がある。
でなければ、恐らく中間試験に間に合わない。何せ今の俺の知識量ステは14。ここから36上げるのは、数週間レベルの時間が必要だ。
じゃあその高効率エリアに行けばいいという話になりそうなものだが、それもダメなのだ。何せ今はまだ一学期の中間試験。高効率エリアはまだ未開放もいいところ。
じゃあ詰みか? 学年成績トップを取る方法は、勉強しまくるだけか?
いいや違う。たった一つ、明確にステータスを変化させる方法がある。
俺は、深夜、自室の机でペンを執った。
「ステータス振り直しアーティファクト、『不死鳥の羽の宝玉』を奪取する」
不死鳥の羽の宝玉とは、その名の通り不死鳥の羽が内在する宝玉だ。
不死鳥の火のエネルギーが込められているとか何とかで、ステータスに振り分けたポイントを死と再生の力で振りなおすことが出来る。ま、ありがちな振り直しアイテムだ。
肝心なのは、ここから。
「不死鳥の羽の宝玉は、大図書館の奥―――大図書学派のエリアの最奥に安置されてる」
俺は頭を悩ませる。この宝玉は、ダンジョンを踏破すれば手に入るといった簡単なアイテムではない。本来ならば大図書学派に入って信用を積み、やっと触れられるようなものだ。
だが、侵入できない訳じゃない。ゲームと同じならば隙はある。
手元の紙に書いていくのは、思い出せる範囲での大図書学派エリアの見取り図だ。数百周の周回は伊達じゃない。単なるルートの連続はもちろん、配置アイテム間取りまで完璧だ。
だが、最も重要なのは。
「キャラの巡回ルートは、確かこうだったな」
さらに情報を書き入れていく。大図書学派の人間は、重要人物は定められた部屋で研究しているし、下っ端は本を運ぶために動き回っている。
俺はそのルート、タイミング、安全地帯を一通り確認して、頷いた。
「重要キャラの目は一つも触れずに侵入できるな。だが、下っ端は必ず一人、接触する」
俺はペンを置き、それから腕を組んだ。この下っ端の対処法。秘密裏に始末してしまうやり方もあれば、気絶で済ませる方法もある。
が、穏便な方法でないと、後々どういう悪影響があるか分からない。俺は頷き、準備をすることに決めた。
翌日、俺は上級生が取る講義の教室出口で待っていた。
授業終了の鐘がなる。ぞろぞろと人が出てきて、俺を見て「うお、カスナーだ」「同じ学年に勇者がいるって何か面白いな」というので、俺はにこやかに手を振り返す。
そんなことをしていると、目当ての人物が出てきた。
「お、バカルディじゃん。よっす」
「えぇ、オレかよ狙い」
バカルディ・ムースコルトハード。先日の私刑裁判で「俺はカスナーを敵に回さない」と断言した金髪オールバックの大男だ。ゴリランドル先輩に僅かに届かないくらいデカイ。
そんなバカルディは、俺の訪問に微妙そうな顔をしつつ、「昨日の今日でどうしたよ」と応対の構えだ。俺はうむうむと頷いて「ちょっと場所変えようぜ」と歩き出した。
人気のない階段裏に二人で赴き、周囲をうかがう。「何だぁ? 悪だくみか?」とからかうようにバカルディが言ったので、俺は答えた。
「バカルディ、お前大図書学派だよな。あそこの制服貸してくれ」
「ブフォッ!」
バカルディは盛大に吹き出し、とっさに俺の口をふさいだ。
「おまっ、お前ッ! どこでそれをッ! つーかこんなところでお前っ」
「わぶ、だから人気のないところまで連れてきたんだろ、落ち着け」
俺は奴の手を自分の口からどかしながら、どうどうと宥める。
「まず、バカルディ。お前が大図書学派だって知ったのは独自ルートだ。俺の口以外から漏れることは考えなくていい。誰もお前が大図書学派だと漏らしてない」
「……」
俺の物言いに、強張った顔でバカルディは睨んでくる。
―――大図書学派は、秘密の派閥だ。もちろん研究機関なので、存在することは知られている。だが暴かれると危険な情報も多く、構成員は公にされていない。
だからバカルディは焦ったわけだ。大図書学派所属、というだけで身の危険があるから。
というのと同時に、大図書学派なので、このいかにも陽キャバカ息子らしいバカルディは、実はかなりの頭脳明晰ということが分かる。
こいつ地味に知力高いからな。46くらいある。戦闘スタイルも魔剣士タイプだ。
そのため、バカルディはこちらの手を先読みして言葉を紡ぐ。
「バラされたくなきゃ、言う事を聞けってか」
「いいや? そんな脅すような関係性にはしたくない。あくまでお願いだ。お前とは死線を潜りたいからな」
「その方が怖いんだよこっちは! 何でオレとの死線にそこまでの価値を見出してんだよ訳わかんねぇよ!」
俺のふざけた言葉に、ワッと言い返してくるバカルディ。俺がそれにカラカラと笑うから「調子狂うぜ……」と奴は苦しい顔だ。
だが、そこからの指摘は鋭かった。
「―――なら、無茶な要求はしてこないってか? あくまで仲間の立場で居たい。関係性は良好なまま、長く継続させたい」
一拍置いて、バカルディは俺に問うてきた。
「……カスナー、お前が何でオレをそこまで買ってくれてるのか分からん」
「言ったろ? 嫌いじゃないんだよ」
「マジで分かんねぇ……」
「で、話を戻すが、大図書学派の服、貸してくれ」
「……何のために」
バカルディは渋面を深くして俺を見る。俺は笑みを湛えて答えた。
「忍び込むから」
「……それ以上の深い理由は、聞くなってことか?」
「察しがよくて助かるよ。聞けばお前は共犯になる。今なら、俺がトチっても『脅されて仕方なく服を貸した』で済む」
「ふん。相手の損切まで気にするとは感心だな」
皮肉を言って、バカルディは息をついた。渋面を解き、真剣な面持ちになる。
「お願いってんなら、『オレの利益』にまで言及してくれるんだろうな?」
「いいとも。何がいい?」
「……チッ。底は見せない、か」
俺はその一言で、バカルディがマジで頭がいいのだと実感する。
今の発言は、俺から提示する利益で、俺の底を見ようとしたのだ。だが、俺は今回の件の返礼程度なら問題なく返せる。それでバカルディは「底は見せないか」と言った。
俺は、それ目を瞠る。バカルディは「何だよ」と眉根を寄せてから、直前の言葉の意図を見抜かれたと理解して「お前……」と俺を見た。
俺は確信する。この察しの良さ。切れる頭脳。公爵という立場に上り詰めた先祖たちの才能をそのまま受け継いだ、人間的な実力。
バカルディ。この男は、有能だ。
俺はバカルディに対する好感度がそれで上がってしまい、奴の手を握る。
「バカルディ、やっぱりお前のことはしっかり巻き込むよ。俺についてこい。お前のこと宰相にしてやる」
「……前に冗談で『仲良くしてくれ次期皇帝』って言ったけど、お前マジでなるつもりか? カスナー」
「そこは正直流れに任せる。が、バカルディ。お前を宰相―――政治家のトップにするくらいなら訳ない」
バカルディは公爵家の人間だ。皇家の親族の家系。しかも頭がいいときた。上からも下からも、こいつを政治家のトップに据えるなど簡単なことだ。
俺がそう語ると、バカルディは吹き出した。
「カスナー、お前やっぱ持ってるわ。こんな短いやり取りで、オレはお前に賭けたくなった」
いいぜ、とバカルディは笑う。
「服くらい貸してやるよ。返礼も短期的には要らねぇ。だから、末永くよろしくな」
「助かるよ」
俺たちは固く握手を交わした。それから、詳しい話を詰めていく。
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