第85話 アレクサンドル研究院
大図書学派の制服は、顔を覆い隠すフードのついた、大きなローブだ。
基本的に大図書学派の人間は、深すぎる秘密を知ってしまいかねない立場にある。それが原因で狙われたり、殺されたり、ということは珍しくないそうだ。
だから何か理由がない限りは、フードを目深に被って人前に顔を出さないのが通例となる。
だが、数少ない顔を出さねばならない理由としてあるのが、『部外者の侵入を防ぐための入り口確認』だ。
「……すぴー」
まぁその係りの子寝てるんだが。
入り口門を少し開けて入った先に居たのは、小柄な少女だった。金髪おさげを肩口まで伸ばした、ローブを纏いつつも顔を出している少女。
ただし、特筆すべきはここではない。
「……エルフ」
ヤンナが言う。視線の先にあるのは、少女のとがった耳だ。
エルフ。森の民。『森の賢者』主要構成員たる種族。
説明不要なくらい、人気のあるファンタジー種族だろう。尖った耳に優れた容姿と頭脳、そして並外れた長命。ブレイドルーンの中に置いてもそれは同様だ。
ただし違うのは、この世界のエルフは人類に対して排他戦略ではなく融和戦略をとった点だ。もっと言うなら、エルフとは貴族にとっての祖先となる。
何でも、大昔に排他戦略を取っていたら人間が強くなり過ぎて、エルフの奴隷狩りなどが始まったらしい。そこでその時代のトップが、エルフと人間貴族の混血を勧めたそうだ。
人間からすればエルフは権威であり知恵であり美しさだ。だから奴隷狩りなどせずともいいのなら、喜んで地位でもってエルフを迎える。エルフも奴隷よりは貴族のがよほど良い。
だから、現代貴族のほとんどには、エルフの血がほどほどに混ざっている。耳が尖らないが、美しい外見である程度、というのが標準だ。
だからこそ、ある意味ではエルフは珍しい。つまりは、純血のエルフ、ということ。
俺はそんなことに思いを馳せながら、ヤンナの肩を叩く。
「この子は門番の役割だけど、基本的にこの門は開かないから寝てるんだ。起こせば起きる。こっそり通り抜けるぞ」
「は、はい、ゴット様」
俺たちはフードを目深に被って、小柄な門番エルフ少女の隣を通り過ぎる。
そこから少し石畳の道を進むと、曲がり角がある。その扉を開くと、この大図書館へと一瞬で転移できる魔法陣が設置されている。
「よし、これで楽になるな」
俺はナイフで指を切りって魔法陣に血を垂らし、ゲームで覚えた文言を唱える。
「我が血を覚えよ。我が声を覚えよ。我が望みに応えよ。我は大図書学派の新たなる学徒。アレクサンドル研究院への転移契約を望む者なり」
血が魔法陣に付着する。魔法陣が僅かに光る。これで契約は成った。俺はいつでもこの魔法陣に瞬間移動できるようになったということだ。
俺は振り返って「ヤンナもやるか?」と尋ねる。だがヤンナは首を振り「ヤンナは大図書学派に名を連ねることは恐らくありませんので……」と苦笑した。そうか。じゃあ仕方ない。
俺は一手間を終えて、伸びをした。
「よっし! ここからはあんま目立つことしなきゃ大丈夫だな。ただし、顔を出して何かしてる学派員には近寄るなよ。そいつは構成員名簿を握ってるから、顔を見られるとバレる」
「顔を出していない方は安全で、出していると危険だから近寄るな、ということですね?」
「その通りだ」
頷き合って、俺たちは魔法陣の部屋を出た。石畳の道をさらに進むと、大広間に出る。
そこは、魔法研究の戦場だった。
「だから言ってるじゃないか! 神とは権能だ。そこに意思はない!」「ならば神との対話たるドルイドとは一体なんだ! つじつまが合わないだろう!」「ああ! ダメダメダメ! そんなにドラゴン由来の香料を入れるな! もったいない!」「こういうのは惜しげもなく使った方が、効果があるんですー!」「おいそこ! 横着して浮いて移動するな!」
丸テーブルに集まって喧々諤々の議論を交わす学派員たち。研究台で薬品を調合する学派員たち。何をしたのか宙に浮く学派員とそれを叱る学派員。
ガヤガヤと魔法研究に勤しむ様子は実に刺激的で、見る者を圧倒する迫力があった。それが数十人程度、この大広間で思い思いに過ごしている。
「す、すごいですね……。大図書学派。大図書館と同じで、静かだと思っていました」
「全員尖ってるからな。知識も知性も性格も。全員性格悪いから話しかけない方がいいぞ」
「は、はわわ……」
俺はヤンナをからかいつつ、先導して歩き始める。
大図書学派は、この帝学院きっての天才たちが集まる研究機関だ。だから人間的に未熟な者も多い一方で、才能だけは目を瞠るものがある。
大図書学派に所属した時の初回プレイ、楽しかったなぁ。ブレイドルーンの世界って魔法の基礎概念から作り込んであって、研究と考察が捗った。
「おいっ! そこの!」
とか思いながら歩いてたら、議論していた学派員に呼び止められた。
「お前! 神に人格はあると思うか! それともないと思うか!」
「あるよな!? じゃなきゃドルイドを長年使うことで、効果が上がっていくことの理由がつかない!」
いきなりマニアックな質問を投げかけられ、ヤンナは戸惑うばかり。俺はゲームでもこの突っかかられ方したなぁ、と懐かしい思いをしながら、こう答えた。
「神は慣れ親しんだ魔法使いに強い魔法を与えることはあるけど、ひいきする魔法使いの敵から魔法を奪ったりしないだろ。だから人格はない」
「うぉっ……! お、お前やるな。確かにその視点はなかった。そうか。本当に人格があるなら、神から自分が原因でない魔法威力の上下があるのか」
俺はゲーム内のシュテファンの言葉をなぞっただけだが、学派員たちはさらに議論を白熱させる。もはや俺たちに興味はない様子なので、通り過ぎるばかりだ。
「す、すごいです、ゴット様……! 高度な会話すぎて、ヤンナには分かりませんでしたが」
「ハハハ。俺も分かってないから大丈夫だ」
「え、えっと……?」
俺が適当なことを言ってニヤリとヤンナに笑いかけると、「はわわわわわ」とヤンナは目をグルグルさせた。
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