第86話 勇者と泥棒は紙一重
俺がこのアレクサンドル研究院でやるべきことは、いくつかある。
必ず達成しなければならないのは、『不死鳥の羽の宝玉』の確保だ。
だが、これに挑むには研究院の奥の奥から挑めるダンジョンを踏破する必要がある。いきなり挑むものではない。
では、その前に挑んでおくべきことは? ある。とってもいっぱいある。
具体的には、拾っても怒られないアイテムを全部拾っておくことだ。
「錬金フラスコ7個め~」
俺は放置されている錬金フラスコを拾って、そっと秘密袋の中にしまいこんだ。
「あ、あの、ゴット様?」
見咎めるのはヤンナである。
「どうした?」
「い、いえ、どうしたもこうしたも……あまりその、公共のものを持ち帰るのはよろしくないと言いますか」
「ああ、そのことか」
俺はにっこり笑って答える。
「それについては大丈夫だ。っていうのはホラ」
俺はヤンナのヘアピンをそっと取り上げた。するとヤンナはキョトンとする。
「ゴット様?」
「ほら、今みたいに、誰かの物を取ったら、その持ち主が言うだろ?」
「は、はい……」
俺はヤンナの前髪を整え、ヘアピンを付け直してあげながら続ける。ヤンナの顔に赤みがさす。
「つまり、誰も何も言わなければ、それは誰のものでもないってことなんだ。だから、俺の物にしてもいいってことなんだ」
「はわ、はわわわわ……! どうしましょう……ゴット様がお悪いことを……」
困惑しきりのヤンナに、俺は舌を出して誤魔化しの失敗を誤魔化す。ゲーム的にも悪いことをたくさんしているので、ゲーム的にもセーフなことはそりゃあやるさ。やるとも。
俺は「フハハハハ、落し物はすべて俺の物だ」と言いながら他にも落とし物を自分の物にしていく。もっともそれらは、ゲーム内ではちゃんと拾えるアイテムだったものだ。
そんな感じで、俺は一通り回収物を集めきっていた。いやぁフェリシーの秘密袋、マジでもらっておいてよかったな。なかったらローブの下がパンパンになるところだった。
俺は袋の中身を確認して、「消費アイテム類は完備。重要アイテムの錬金フラスコも取り逃しなし」と頷く。それから、ヤンナに振り返った。
「よし、ひとまずやりたいことの半分は済んだな。あとは本丸だけだけど、ヤンナは何かしたいことあるか?」
「したいこと、ですか?」
俺が問いかけると、ヤンナは思案気に言う。
「そうですね。その、人の研究の走り書きを盗み見てしまったのですが、それが妙に気になりまして……」
その言い方が妙に深刻で、俺は首を傾げて「案内してくれるか?」とヤンナに案内を促した。「こちらです」とヤンナは歩き始める。
そこは、個室の研究室だった。俺は、ここ重要キャラの個室だな、と警戒を強めつつヤンナの話を聞く。
「その、大広間の走り書きの持ち主が、そのメモを持ってこの研究室に入っていきまして。中には誰もいないとは思うのですが」
「気配はしないな。ただ、ここに入るのはちょっと危険だぞ。部屋の主は名簿持ちだ。俺たちにフードを取れと言ってくる可能性がある」
「それについては、ヤンナの方で準備があります」
「ほお」
俺が目を丸くしてヤンナを見ると、ヤンナは「僭越ながら、準備は整えてきましたので」と得意げと恥ずかしさを混ぜ込んだ表情で口元をもにょつかせる。何だこいつ可愛いな。
俺は頷いて「なら、いざというときは頼んだぞ」と個室の扉を開いた。
そこにあったのは、ゲーム時代と同じ、本棚に囲まれた部屋だった。奥には大机があり、その上にメモと論文と本が散乱している。
「目の当たりにすると改めて汚いな……」
俺は部屋に足を踏み入れ、机に目をやった。それから「走り書きってどれだ?」と聞きながら視線を巡らせる。
「ゴット様、こちらです……」
言われて、視線をやる。そこに書かれていた文言は、こうだった。
『秘密の女王を探さなければならない。彼女は、ともすれば、人類をたやすく滅ぼしうる』
「……」
俺は、この文言をゲームで見たことがなくて、口を噤んだ。だが、心当たりは確かにあって、困惑する。
「ゴット様」
ヤンナは言う。
「ゴット様がいない時でも、殿下のお茶会は開かれます。その中で、様々な話をします。ですから、ヤンナを含む四人の間には、あまり秘密はありません」
俺はヤンナを見る。ヤンナの、不安そうな表情を見る。それは、友人を案ずる顔だ。俺と同じ顔だ。
「……ゴット様も、ご存じなのですね。いえ、当然です。ヤンナよりも、ゴット様は親しいですものね」
「ああ」
俺は短く頷いて、もう一度走り書きを見た。それで、確信する。俺とヤンナは、同じ事を考えている。
「――――フェリシーが、狙われてる」
秘密の女王。認識されない魔法。フェリシー・アリングハム。フェリシーの魔法を知って、秘密の女王という名前から彼女を連想しないものはいないだろう。
何が起こっている。俺は思案する。ゲームではこんなイベントはなかった。そもそもフェリシーに接触できないのだから、当たり前かもしれないが。
ともかく、得るべき情報は掴んだ。俺はヤンナに振り返り「出よう」と告げる。二人揃って出口に向かい、扉が開いた。
「あら? お客さんかしら? ダメよ? あまり主人のいない部屋に入っては」
丸眼鏡をかけた、とんがり耳の金髪少女。この部屋の主が、俺たちの前に現れた。
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