第93話 入派日の初めまして

 大図書学派を目指すにあたって、俺はいくつかの目標を定めていた。


 つまりは、大図書学派という派閥に入ってすべきこと。日々何をして、最終的に何をなすのか。


 それについて、俺の考えはこうだ。


 ―――大図書学派で日々魔法使いビルドを整え、最後にクローディアを討つ。


 クローディアを討つのは何故かと言えば、フェリシーが狙われているからだ。


 大図書学派長、クローディア・マクファーレン。あの黒幕女は、様々な後ろ暗い研究を行っている危険人物である。


 ―――その危険人物が、『秘密の女王』という、明らかにフェリシーのことと思われる存在に興味を示していた。


 俺は正直、そのことが不安で不安で仕方がない。大切なフェリシーをあのクソ女に好き勝手させるか、という考えだ。


 一方日々の積み重ね。何故魔法使いビルドを整えるのかと言えば、そのクローディアの秘密兵器に魔法使いビルドが刺さるのだ。


 属性というのもそうだし、そもそもからして遠距離攻撃が出来る魔法使いビルドは接近するリスクがなくなる。デカくて巨大な敵ほど、これが効いてくる。


 幸いにして魔法使いビルドを整えるのには、大図書学派はうってつけだ。俺は趣味と実用を兼ねて、そんな風に動くつもりでいた。


 そう考えながら、俺は大図書館を数人連れで進んでいく。


 メンツは俺とシュゼット、フェリシーの三人。例のごとく、大図書館からグニャグニャ入り組んだ順路を歩いていた。


 体勢は二人揃って密着スタイルだ。シュゼットは俺の腕に抱き着いているし、フェリシーなんておんぶである。ゴット密着24時って感じ。


「むー……? ねぇねぇゴット、シュー。この道さっき通った」


「ああ、大丈夫だぞ」「うん。これで合ってる」


「んー……?」


 文句を言うフェリシーに俺たちが揃って言うと、フェリシーは唇を尖らせて小首をかしげる。その様子に、俺とシュゼットはクスクス笑う。


 そうやってしばらく歩いていると、入り組んだ道のゴールにたどり着く。大図書学派の拠点、アレクサンドル研究院の大門が、俺たちを出迎える。


「ホントに着いた……! さっきまでここ、何もなかったのに」


「言ったろ? さ、入ろうか」


 俺たちはローブを着込んで、堂々と門を開けた。すると、キリリとした目で少女が俺たちを出迎える。


「こんにちは、新たな大図書学派の学徒たち。お名前は伺っております。ゴットハルト・ミハエル・カスナーさんに、シュゼット・ジンガレッティ・コウトニークさんですね」


 小柄なシュゼットよりもさらに小柄な、金髪おさげを肩口まで伸ばした、エルフの少女。凛とした雰囲気を持って、彼女は名乗る。


「わたしはネリーナ・ボスマン・ケッセルリング。見ての通りのエルフであり、大図書学派の上位組織、『森の賢者』から指導員を任されている者です。本日はお二人の案内を担っています」


 ふふ、と余裕ぶって挨拶するネリーナ。その姿は、小柄ながら頼もしささえあるように見える。


 ―――そう。前回の侵入の際、寝ていた子である。


 体格は完全にロリと言っても過言ではない体躯だ。確か年齢は長寿のエルフらしく結構な年だったはずだが、傍目からは妙に大人びたロリでしかない。9歳くらい?


 しかもこれ、初対面だったら『大人びたロリだな』で済むが、本当の初対面は侵入の時のそれだ。そして当時、この子は門番的な立場の癖に寝ていた。


 寝ていたのである。


「……こんちは」


 なので俺の挨拶はおざなりだった。この子のシナリオ、途中でポンコツバレしてからずーっと甘えられる感じだったんだよな。


 嫌いじゃないが、俺の両サイドが甘えん坊なので十分という奴だ。お腹いっぱいです。


 とか思ってたら背中のフェリシーが絡んできた。


「ゴット、何か失礼なこと考えた?」


「……」


「んー……頭なでなで気持ちいい……」


 俺は人目があるので無言でフェリシーを撫でて黙らせる。シュゼットが羨ましそうな目で見ているのはスルーだ。


「では、ご案内します」


 ネリーナの案内に従って、俺たちはアレクサンドル研究院の奥へと進んでいく。


 案内の内容は、前回の潜入で俺が確認した通りだ。ワープ用の魔法陣、大広間。奥へ行くと個人の研究室につながっているが、今の俺たちにはあまり関係ない。


 一方、俺たちがスルーしたが、重要となってくる要素も存在する。


「こちらが、依頼ボードです。何か頼みたいことがあれば、報酬付きで書いてください。逆に依頼を受けて報酬を受け取っても構いませんよ」


 ネリーナが紹介したのは、いわゆるクエストボードだ。大図書学派の研究は特殊な素材やら特有の魔法やら、とにかく物入りが多い。それを解決するために、この依頼ボードがある。


 要するに、大図書学派の進行イベントはここから受けろ、ということだ。受けていれば自然と知り合うキャラも増え、馴染んでいくという流れになっている。


「ざっと大まかな説明はこのようになります」


 ネリーナの言葉に、これで案内は終わりか、と思う。じゃあ何からやっていこうかな、と考えていると、「では」とネリーナは続けた。


「カスナーさん。あなたのみ、もう一か所お越しになっていただきたい場所があります」


「……俺だけ?」


「はい、あなただけ」


 俺とシュゼットは顔を見合わせる。えー何だろ。全然心当たりがない。


 俺は尋ねる。


「お、怒られますか?」


「怒られるようなことをしたんですか?」


「授業は結構サボるので……」


「こらっ、いけませんよ。ただ、それは関係ないのでご安心ください」


 関係ないらしい。あとさらっと「こらっ」って怒られたの可愛かったな。エルフ可愛いんだよな派閥長以外。


「「……」」


 付き添い女子二人が鬼の沈黙なのには触れないぞ~!


「では、こちらです」


 さらりと流して先導してしまうものだから、俺は「じゃあごめん、ちょっと行ってくる」とだけ言って、シュゼットとフェリシーの二人と別れた。


 長い奥まった廊下を進む。ネリーナは初対面でキリリモードなので、特に話しかけたりして来ない。俺も特に仲良くしたいと思っていないので何も言わない。


「にしても、カスナーさん、あなたは底知れない人ですね」


 と思ってたら話しかけられた。


「底知れないって?」


「殿下の拉致事件を解決し、勇者の末裔の正体を暴き、魔王を屠った最も若い英雄。その上頭脳明晰で大図書学派に入派。どんな人かと身構えておりました」


「お、おぉ……。そんな、身構えなくても」


「態度も柔和で接しやすいとは。身構えるので正解かもしれませんね」


「まさかの逆効果」


 ひねくれているキャラなのは知っていたが、なるほどここまでとは。実際に接してみるとやっぱりゲームとは色々違うな。


「それに、今からあなたに御会いする方についても。急遽大図書学派に訪れたものですから、慌てました。聞けば、陛下からの仲介だそうですね。お若いのになんて人脈を」


「えーっと……? 陛下? んん?」


「こちらです。あまり驚き過ぎないように」


 道の先にあった豪華な扉を、ネリーナは開いた。


 そこから先の景色は、異様だった。


「……サーバールーム?」


 俺は思わず呟く。チカチカと点滅する白銀の箱が列をなしている。今までは石造りやレンガ造りの部屋だったのに、ここだけまるで、近未来に来たような部屋になっている。


『おお、来たね。奥まで連れておいで』


 スピーカーから聞こえてきた声に、俺は目を剥く。スピーカー。この剣と魔法のファンタジー世界に、スピーカーだ。俺はようやく誰と出会うのか理解して、顔をひきつらせた。


 いや、ここだけSFやってるんだけど。思った以上にがっつりSFなんだけど。


「あ、あの、俺がこれから会う人って」


 俺は僅かな心当たりをたどって、ネリーナに声をかける。ネリーナは「ここはまっすぐ歩いてください。余計なものは触らないように」とだけ言って先に行ってしまう。


 そのサーバールームの、さらに奥の扉。ネリーナは俺に向き直り、お辞儀をする。


「では、ここから先はお一人で。わたしはあんな恐ろしい人に認識されたくないので」


「……その、やっぱりというか、何というか」


「では、出口でお待ちして、おりますっ」


 言うが早いかウサギのように早足でサーバールームの外までネリーナは駆けて行った。俺はその後ろ姿に手を伸ばしかけ、ため息と共に下す。


 それから、扉に触れた。


 ウィン、と短い駆動音を立てて、真っ白な扉がスライドして開く。その向こうには、居心地のよさそうな書斎があった。


 部屋の四方を埋め尽くす巨大な本棚。絨毯の敷かれた飴色の床。高価そうな机と、その上の


 椅子に座っていた、この部屋の主が立ち上がる。


 彼女の頭の上では、折れ曲がった可愛らしい魔女帽が揺れていた。肩には動物の毛皮を思わせる肩掛けが。服は魔女のように黒い外套を。


 その人物は、小柄な少女だった。瞳は大きく、好奇心に輝いている。だが、それだけではない。口元に張り付けられた微笑は、老獪な大人のもの。


「やぁ、初めまして。陛下から紹介されたから、是非会ってみたいと思ったんだ」


 カツカツと足音を立てて近寄ってくる。近づけば確かに少女だと思う。若々しい肌に無垢な顔立ち。ただしそれは、外見だけのものだ。


 中身は、少女なんてものではない。少なくとも、それだけは分かる。


 そして少女は、朗らかに名乗った。


「ボクはドロシー。この大図書学派……というか、上位組織にあたる『森の賢者』の総長を務めてる、ちょっと偉い人だよ」


 大戦期の英雄。『畏怖の世代』の立役者の一人。世界一の大科学者。


『黎明の魔女』ドロシー。


 目の当たりにすると、俺の胸元くらいしかない身長で、クリクリとした目で見上げてくる少女にしか見えない。だが、ここまでの景色が、聞き及んだ噂が、俺に侮りを許さない。


 だから俺は。


「いやぁあははー、全然ちょっとじゃないでしょ~」


 竦み上がる心を必死に押し殺して、おべっかを使っていた。

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