第92話 救済について
創造主の問いかけに、俺は戸惑い交じりにこう答えた。
「そんな、コテコテな。勇者を呼びかける天の声か何かじゃないんだから」
いや、創造主だからもろそうなのか? 分からん。
創造主はおかしそうに笑う。
「あはは。でもね、本当のことなんだよ。この世界は危機に瀕してる。あ。って言っても、魔王だの何だのっていう、小さなことじゃないからね?」
「魔王って小さな事なのか?」
「魔王は、人間界は滅ぼそうとするけど、世界は滅ぼさないから」
規模感よ。
「シュゼットちゃん」
創造主は言う。
「あの子、この時間軸を繰り返してるでしょ? 実はね、あれ結構無茶なことでね?」
「え? あ、ああ」
いきなり名前が挙がったので、俺は戸惑いながら続きを聞く。
「この世界は一種のプログラミングみたいに法則を組んでて、それに則ってすべてが動くの。物理現象も、ファンタジー要素も。アップデート頑張ってます! みたいな話はさておき」
創造主は言う。
「シュゼットちゃんの時間遡行、あり得ないんだよね。具体的に言うと、この世界はまだ時間遡行のシステムを組んでない」
「……んん?」
なまじっかプログラマー出身だから、その理解不能さが理解できてしまう。
「え、システム組んでないのに実装されてるってことか? 仕様がないのに機能を使ってる的な? ……どういうこと?」
「そう。どういうこと? なんだよ。この世界には過去に戻る術が存在しない。この世界を創った私だから断言できるけど、今のこの世界の住人が、時間を遡ることはあり得ない」
けど、現実として起こってる。
創造主は語る。その口調は軽いが、真実は重い。
「時間遡行のシステムは今後導入しようと思ってるけど、あんな形ではないの。なのに、だれかが時間遡行のシステムを外部からもってきて、シュゼットちゃんに使わせてる」
少し不機嫌そうに語る創造主は、こう結論付けた。
「結果、この世界はとっても歪になりつつある。一度、ぜーんぶ更地にしなきゃいけないほどに」
「……更地って」
「うん、そう。ゴット君の考えている通りだよ。更地。洪水。ぜーんぶまっさらに」
俺は唾をのむ。創造主が言っているのは、すなわち『ノアの箱舟』だ。
創造主による絶滅とやり直し。
すべてが死ぬ。
それは、許容できるものではない。
「……やるのか?」
「ううん。ここまで頑張って、みんなで紡いできた世界だもの。私だってそんなことはしたくない。―――けど、このままだとしなければならなくなる」
創造主は微笑む。愛おしげに、優しげに、穏やかに。
「だから、救ってほしいんだ。とても難しいかもしれないけれど、大切なことだから」
俺は、顔が強張っていることを理解しながら、ほぐすことが出来ない。うつむき、背筋を氷が貫いたように、震えている。
「その」
俺は尋ねる。
「なんで、そんなことに。何も更地になんて。滅ぼす必要が、本当にあるのか?」
「君が入ってこられたのは、多分このことと無関係じゃない」
俺は顔を上げる。創造主は変わらず、穏やかに微笑んでいる。
「私にも、他にどんな不具合が出てるか掴めてないくらいだもの。どんなことが起こるか分からない。けど予想として、この世界が概念的に砕けて、地球に影響を及ぼす可能性がある」
「……概念的に、砕ける?」
「簡単に言うなら、この世界が地球に混ざる。もしかしたらあっちも巻き込んで壊しちゃうかも。君が入ってこられたのは、その予兆かなって」
俺は、その言葉に絶句する。
「シルヴァシェオールは私の道楽で作ったから、あんまり地球に悪影響は出したくないんだ。地球は私の故郷だし。それなら、一度壊して直した方がいいって思うの」
「……それは」
俺は、何も言えない。危機。それだけが、理解できる。
「で、でも何で俺に」
「創造主って言ってもね、この世界を自由にできる訳じゃないんだ」
って言っても、自分ルールだけど、と創造主ははにかむ。
「私が好き勝手したら、この世界はただの私になる。それはつまらないでしょう? だから、今の私が手を出すのは、三っつのことだけ」
創造主は人差し指を立てる。
「一つは、この世界に新しいルールを加えること」
創造主は中指を立てる。
「一つは、転生者をこの世界に招いたり話しかけること」
創造主は薬指を立てる。
「最後の一つは、この世界を削除すること」
「……俺が転生者だから、その一人として話を通したってことか」
「そういうことだよ。ちゃんと大ごとだから、君だけに世界の重みを背負わせようなんて思わないよ」
あくまでも穏やかに、創造主は微笑む。
「でも、やっぱりこの世界を一度全部なくすのは悲しいから。だから、転生者の皆にお願いしてるの。この世界を助けてほしいんだーって」
小首を傾げて、「お願いできる?」なんて聞き方を創造主はする。超然。俺とはまったく別の次元で生きているのだと痛感する。だからこそ。
俺は、頷く。
「分かった。……どうにかする」
「わー! ありがとねっ! よかった~!」
まるでワガママを聞いてもらった少女のように、創造主は喜んだ。世界に対する捉え方が、俺とは隔絶している。創造主。本当に、この人は創造主なのだと思う。
そんな彼女に、俺は引っかかるところがあって、口を開いた。
「ただ、その、一つ質問していいか?」
「うん。どうぞ?」
首を傾げる創造主に、俺は尋ねた。
「―――それで言えば、何で創造主はシュゼットと接触したんだ? シュゼットは、転生者じゃないだろ?」
ゲームでは、創造主はシュゼットに接触した。接触し、思わせぶりに様々な助言をしたのだ。だが、シュゼットは転生者ではない。そんな設定は知らない。
つまり、今話された創造主のルールとは異なるのだ。自分ルール、と軽く言っていたが、恐らくは数世紀にわたって守られてきた堅いもの。そういうニオイがした。
創造主は、答える。
「何でも何も、シュゼットちゃんと私は接触したことがないよ?」
「……は?」
俺は呆ける。
「え、で、でもゲームでは」
「どこまでこの世界に忠実なゲームだったのかは知らないけれど、私は今までもこれからも、シュゼットちゃんとは接触しないよ。この歪みの理屈が分かってないと危ないし」
俺は呆けてしまう。今までゲームと異なることがほとんどないこの世界だったから、この土壇場で前提条件が狂わされて唖然とする。
「でも、そうだね」
創造主は言う。
「ゴット君のその顔を見て、よほどこの世界に忠実なゲームだったんだなってことは分かったよ。私もキャラに居たんでしょ? その上で外してきたなら―――意図がある、とか」
俺は目を剥く。
「それはある、かもしれない。そもそも、ゲームのシュゼットは主人公だ。そのシュゼットは、現実では創造主に避けられてる。でも、ゲームでは無理やり出てきた。ってことは」
俺は思考を巡らせ、続ける。
「どうしても、『この世界には創造主がいる』ってことを、プレイヤーに示したかった……?」
「……ゴット君の遊んだゲーム、もしかしたらただのゲームじゃないかもね」
俺は頷く。あのゲームは単なるゲームではなく、作り手の意図がある。大前提の癖に謎を秘めているとは、ブレイドルーン、やるじゃないか。愛してる。
「じゃあ」
創造主は満面の笑みで言う。
「ひとまず、重大事実も分かった事だし、何となく意識して動いてもらえると嬉しいな。必要なときには私からこうやってお話に来るから。それと」
創造主は、一本指を立てた。
「もう一つ注意事項」
「注意?」
「私と話したことで、君は今、かつてないほどの運命を得た。そのことを、忘れないでね」
「アレ? ゴット聞いてる?」
俺はハッとする。周囲にはささやかな物音と、シュゼットとフェリシーの存在。創造主の空間から、通常のそれに戻ってきたのだと気づく。
「あー、ごめん。ぼんやりしてた。何の話だったかな」
俺が尋ね返すと、フェリシーが「ちゃんと聞いて~!」と頭をぐりぐり押し付けてくる。そんな様子にシュゼットは息を落として、仕方ない、と言いたげな口ぶりでこう言った。
「フィーがワガママ言うから、大図書学派探索はこの三人にしよっかって話だよ。本当は二人きりがよかったけどね」
シュゼットは言ってから「このワガママ娘め~!」とフェリシーをくすぐった。「キャー!」とフェリシーが笑いながら叫んだところで、寄ってきた司書さんに「お静かに」と釘を刺される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます