第94話 大英雄のドロシーさん

 黎明の魔女、ドロシーについて、いくつかおさらいしておこう。


 俺たちの祖父世代の人間で、誰もが口をつぐむ『畏怖戦争』という世界大戦の立役者の一人。大天才の科学者で、核爆弾を始めとして意味わからん発明を繰り返している。


 俺は用意して貰ったお茶をすすりながら、正面に座るドロシーを上目遣いで見る。


 上機嫌でお茶を啜り「いやぁ君たち世代からも英雄が出始めたかぁ」と言って俺を見つめている。その様子は小学校高学年から中学校低学年くらいにしか見えない。


 つまるところあれだ。


 黎明の魔女は、やばい経歴を持ったロリババアだった。


「陛下からさ? 『あってほしい少年がいる』って言われて、『大図書学派に入る予定だから、可愛がってやってくれ』~って。調べたらびっくり! 最近勇者になった子だって!」


「そんな大したことじゃないですって、ハハ……」


「いやいや、大したことだよ! ボクの世代は勇者いないもん!」


「え、そうなんですか?」


 俺は意外なことを言われて、キョトンと聞き返す。するとドロシーの目が泳いだ。


「……まぁ周りから勇者って言われてるのは居たけどネ」


 何かあるらしい。魔王を倒して初めて明確な勇者なので、勇者ではないが、勇者と目された人物は居た、ということか。


 俺がそう考えていると、ドロシーは言った。


「何せ魔王も数世紀に一人ってレベルで強かったしね。あとはアレ、『災厄の龍』」


「あぁ~……」


 これ多分アレだな? 畏怖の世代に魔王のブレイブくんを投入したら、秒で消し炭になるくらいの実力差があるな?


「ともかく、君はすごいよ! この数十年で唯一の勇者だからね。それは確かなことだから、是非胸を張ってよ」


 ニッコニコで言うドロシーに、俺は「いやぁ恐縮です」とだけ返す。褒められるのは嬉しいが、正直この人は得体が知れない、というのが先に来るんだよな。


「大図書学派では、何がしたい?」


「え?」


 ドロシーは前のめりになって、俺に尋ねてくる。


「大図書学派は、魔法の研究機関だから。講師は好きに呼べるし、研究も相互互助で成り立ってる。学生にはピッタリな研究機関だよ。せっかく来たんだ。君は、何がしたい?」


「……そうですね」


 俺の答えは決まっている。魔法使いビルドの構築という準備。クローディアの撃破という結果発表。


 後顧の憂いは早々に絶っておくのがいい。が、素直に全部話すわけにもいくまい。


 俺はその半分だけを口にする。


「純粋な魔法使いとしての装備を整えたいです。あ、えーと、つまり、ドルイドと錬金術ですね」


「へぇえ! ゴット君はルーン魔法専攻だって聞いてたけど」


「他の魔法も使えた方が楽しいじゃないですか」


 俺は言いながら、せっかくの機会でもあるしな、と思う。


 ドルイドと錬金術。


 ブレイドルーンでもサブの育成方針として存在したスタイルだ。ドルイドは詠唱を用いる、いわゆる『純魔』。一方錬金術はアイテムマスター的な方向性だろうか。


 ルーン魔法よりもドルイド、錬金術の方が、大図書学派では盛んに議論される。ルーン魔法って実戦的だからな。机に噛り付いてやるのは相性が悪いのだ。


「なるほど、なるほど。いや、いいね! じゃあその辺りについて、ネリーナちゃんにいろいろ取り計らうように言っておくよ」


「お、ありがとうございます」


「これくらいはね、陛下からわざわざ頼まれて会いに来たんだし。ま、君の頑張り次第だけど、その辺りについては心配いらないかな?」


「買い被りですよ」


「あははっ。謙遜するねぇ」


 可笑しそうにドロシーは笑う。それから、「ふむ」とドロシーは腕時計を見る。……何かスマートそうなウォッチだな。


「ごめんね、ボクも多忙なもので、あと少ししか時間を割けないみたいだ。君からは質問があるかな、ゴット君?」


「あー、そうですね。なら、えっと」


 俺は迷った末、ええい聞いてしまえ、と口を開いた。


「その、そこの扉を出た部屋なんですけど、……サーバールームですか?」


 何だこの質問は、と俺は思うが、ドロシーの反応は大きなものだった。


「―――――君、サーバールーム分かるの!?」


 ずずいっ、と俺の眼前まで前のめりになって、ドロシーは言う。俺は「えっ!? ああいや、何というか」とどう説明したものやら戸惑ってしまう。


 しかしこのワードが出ただけでドロシーとしては十分なようで「おぉぉおおお!」と雄たけびを上げている。


「き、君! 君何者なの!? え、じゃあこれも分かるね? これ!」


 ドロシーが示すのはパソコンだ。「あ、はい。パソコン……ですよね?」と言ったら「わぁあああああ!」ともろ手を挙げだす。


 この人アレだな? 相当に理解者に飢えてるな? まぁこの世界の技術水準とやってることを考えれば当然だろうが。


 というか、それで考えれば当然至る発想は一つだろう。


「その、……ドロシーさん? って、転生者なん、ですか?」


 俺が問いかけると、ピタ、とドロシーは止まる。それからじっと俺の瞳をのぞき込んで、言った。


「違うよ。。ボクが一人で『こんなのあったらいいよなー』とか『この技術でこんなのできるよなー』って作ったのは、ボクの力」


 でも、とドロシーは言う。


「それはそれとして、方向性をより最適な形でボクに教えてくれたのは、ボクの大切な人だよ。その人は、うん。転生者だった。多分ね」


 ……じゃあ、なおさら凄いわ。転生者ならめちゃすご技術者限定で不可能ではないかなと思ったが、その話だとやっぱりマジの世界一の大科学者じゃん。やば。


「逆に聞かせてもらってもいい?」


「はい」


「君は転生者なの?」


 悪戯っぽい笑顔で問い返され、俺は観念して頷く。


「それは、はい。転生者です」


「ふふ、あはは、あははははっ。そっか。なるほど、色々合点がいったよ。ちなみに前世は?」


「プログラマーでした。なのでPC上のソフトウェアとか作れます」


「……ぴー?」


「あ、えっと、パソコンです。……えっ? もしかしてこれの名前って」


「『パソコン』だよ」


「……なるほど」


 日本ではパーソナルコンピューターを略してパソコンとかPCとか呼んでいたが、この世界ではそのままパソコンらしい。そりゃそうか。多分これ世界規模での一品物だもんな。


 となると、恐らく知り合いの転生者との会話で名前が決まったということになるのか。名詞を使うときは結構気を遣う必要があるかもしれない。


「ソフトウェアっていうと、このアプリ的な感じ?」


「あ、はい。俺はその中でも―――」


 わちゃわちゃと専門的なオタク話でしばらく盛り上がってしまう。それから少ししたところで、時計のアラームにせかされドロシーはパソコンを抱えて飛び出した。

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