第95話 ドルイド
俺はドロシーとの顔合わせを済ませてから、大広間で待っていたシュゼット、フェリシーの下に帰還した。
「あいむばっく」
俺がもろ手を挙げて近寄ると「あ、お帰りゴット」とシュゼットは微笑む。
「結局何だったの?」
「お偉いさんとの面接。ってほど堅苦しいもんじゃなかったけどな」
「ふーん? いやぁゴットも偉くなったもんだねぇ~。ん? ちょっと前までゴミカス伯爵とか呼ばれてた男の子が~」
「ツンツンすんなシュゼット。俺はわき腹が弱いんだ」
シュゼットに突かれるたびに俺はビクンッビクンッと体を跳ねさせる。
「弱いは弱いんだろうけど、表情が変わらないから怖いが先に来る」
「俺は鉄仮面の男。……フェリシーはそこで何してんの? 寄ってこなくてちょっと寂しいんだけど」
「実はゴット、フィーのこと大好きだよね」
俺がフェリシーをのぞき込むと、フェリシーはぷいっとそっぽを向く。
「フィーはね、ゴットに構ってほしいから着いてきたのに、ゴットがそんなに構ってくれないから拗ねてんの」
「拗ねてないもん。ゴットがフェリシーちゃんと遊びたいのに素直じゃないからいけないんだもん」
「段々フェリシーの自己紹介スタイル好きになってきちゃったな俺」
「自己紹介じゃないもん!」
ぷいーっ! とそっぽを向くフェリシーだ。頬を膨らませて明らかに拗ねている。
「……」
俺はその膨らんだ頬を指で突いた。ぷしゅっ、と口から空気が抜ける。
「ゴットー!」
「あははははっ! ごめんフェリシーごめんっ! あははははっ!」
ポコポコ叩かれるが全然痛くない。ただフェリシーの怒りを収めるためにも、痛いみたいなガード体勢を取っておく。
「もーゴットのことなんか知らないっ!」
そっぽを向くフェリシーに、俺はシュゼットと顔を合わせて肩をすくめた。フェリシーはムム、という顔で俺のお腹に頭突きしてくる。痛くない。
「ということで、ご覧のお冠なわけだよ」
「なるほどな」
ぷぃぃぃいいいっ! とものすごい勢いでそっぽを向くフェリシーだが、それでも俺たちから離れて行かないのはやはり構ってほしいからか。可愛いなぁコイツ。めんど可愛い。
まぁ強引に拘束してやたらめったら可愛がれば解決するような気もしないでもないが、ちょうどよく気も引ける話題もある。そちらで釣ろうか。
俺はチラとフェリシーを見てから、シュゼットに話しかける。
「そういやさ、せっかく大図書学派に入った事だし、ドルイドと錬金術の装備を整えるつもりなんだよ」
「へーっ、いいね。少しはやったことあるんだけど、あんまりでさ。教えてくれる?」
シュゼットが言うと、フェリシーがピクッと反応する。それを見て、俺とシュゼットはニヤリと笑みを交わす。
「もちろん。ドルイドも錬金術も面白いからな。一緒に学べる仲間は大歓迎だ」
ピクピクッ、とフェリシーが反応する。チラっとこっちを見てくるが、ここで見返すとまたそっぽを向いてしまうだろう。
だから俺は「だけど、困ったな~」とフェリシーを見ずに言う。
「こういうのって、基礎からやり直した方がいいから、全然知識のない人が一人いると逆にやりやすかったりするんだよなぁ~。誰かそういう人いないかなぁ~」
俺は適当なことを言って、フェリシーが釣れないか反応を見る。フェリシーはこっちを見て、手を微妙に上げ下げしては口をもにょもにょさせている。
「困ったな~。優しい人に助けてほしいなぁ~。そういう人いないかなぁ~」
「そうだね~。アタシたちは二人揃ってほどほどに知識があるから、ない人がいるといいよね~」
困ったなぁどうしようかなぁ、と白々しいことを言いながら、俺たちはぐねぐね蠢く。するとじりじりとフェリシーが近づいてきて、顔を赤くしてものすごい小声で言った。
「あ、あの、ね? ふぇ、フェリシーちゃん、どる……? なんちゃらも、錬金じゅつ……? も、分かんないよ……?」
―――かかった! 俺は目を輝かせ、思い切り食いつく。
「おっ! 本当か! それは助かるなぁ! フェリシーには是非一緒にドルイドと錬金術を学んでほしい!」
「そ、そう……? フェリシーちゃんいると、ゴット助かる……?」
「うん! とっても助かるぞ! いやぁ流石フェリシーだなぁ。やっぱりフェリシーがいるとありがたいよ!」
「んふ、んふふふふふっ。そう? フェリシーちゃんいるとゴット嬉しい?」
「うん、嬉しいぞ」
「んふふふふっ、んふふふふふふふっ」
フェリシーは上機嫌になって、俺に抱き着いてきた。
「そうだよねっ! ゴット、フェリシーちゃんのこと大好きだもんねっ! フェリシーちゃん優しいから、ゴットとシュゼットと一緒にその二つ勉強する!」
「おぉー! 流石フェリシーだ。頼りになるなぁ」
「ゴットの手のひらの上で面白いくらいフィーが転がされている……」
シュゼット、余計なことを言うんじゃない。
「よし、じゃあ場所を移すか。確か貸し出し用の杖とか一式整ってる部屋あったよな?」
「ドルイド実習室?」
「そうそう。そこ行こうぜ」
俺たちは揃って立ち上がり、とある個室に移動する。
移動先はドルイド実習室と呼ばれる部屋だ。現代日本で言うところの弓道やゴルフの練習場に似ていて、人の立ち入っていい場所と、立ち入り禁止の的エリアに分かれている。
「人も少なくてやりやすいな。じゃあシュゼットのおさらいも兼ねた、フェリシー向けドルイド講座を始めるか」
「楽しみ!」
興が乗った状態のフェリシーは、目をキラキラさせて俺を見ている。シュゼットは虚空から割と強めの杖を抜き出してきて「久しぶりだな~」などと言っている。
「さて、じゃあ早速講座を始めていくわけなんだが、フェリシーは『ドルイド』の魔法ってのはどういう魔法だと認識してる?」
「んーとね、んー……詠唱する魔法?」
「そうだな。その認識でほとんど間違ってない。つまりは」
俺は以前スノウに買ってもらった短杖を構え、杖に向かって唱える。
「神よ、我が指し示す方向に、炎の玉を放ちたもう」
杖の先に魔力が渦巻く。それは火の玉の形を成し、真っすぐに飛んで的を撃った。
的が爆ぜる。割といい威力だな。知識量が高いおかげだろうか。
「おぉ~! 魔法っぽい魔法!」
「そうだな、一番魔法っぽい魔法かもしれない。ルーン魔法はどっちかというと武器依存のスキルって感じだし」
俺は懐からドルイドの説明表を取り出して、フェリシーに見せる。
「! 説明の時に見せてくれる奴!」
「そうだ。こんなこともあろうかと作ってきた」
俺がドヤっていると、シュゼットが悪戯っぽく言ってくる。
「ゴットメチャクチャ準備いいね。いつの間にそんなの作ったの?」
「試験期間中暇だったから暇つぶしに」
「ステ振りで勉強終わらせるのって実はよくないんじゃないって今思っちゃったよね」
うるさいぞシュゼット、と思いつつ、俺は説明表を開いて二人に見せた。
「ドルイドの魔法の使用方法は、今実演した通り簡単だ。『杖を構える』→『魔法にあった詠唱をする』→『魔法が発動する』。この3ステップだけでドルイドは完結している」
「おー! フェリシーちゃんもやる!」
「杖ならそこで貸し出してるのがあるぞ」
「はーい!」
フェリシーは俺の示した場所から杖を取り、俺に並んで杖を構えた。それから、杖をくるくる回しながら言う。
「えーと、えーと、か、神よ? 的に火を、ばーんって!」
フェリシーが雑に唱える。すると魔法は――――
「……何も起こんない……」
起こらなかった。フェリシーが涙目になって俺に抱き着いてくる。
「ゴット……この杖壊れてる……」
「うん。壊れてないぞ。ちなみにドルイド魔法って、最悪木片握ってるだけでも使えるは使えるからよく覚えとくといいぞ」
「うぅぅー……!」
無言でじたばたするフェリシーの背中をポンポン叩きながら、俺は教えてやる。
「ドルイドの魔法ってのもまー中々難しいもんでな。言葉を組み合わせて~とか、相性のいい言葉を並べて~とか」
ゲーム的な処理の話で言えば、三つのルーンを並べて一つの意味を通すのがルーン魔法、無数の言葉を組み合わせてより高い効果を狙うのがドルイド魔法、というところだった。
その意味で、ゲーム内でのドルイド魔法というのは、ルーン魔法以上にやりこみのできる魔法だ。
例えば似たようなワードを並べまくれば威力が出るが、その分詠唱時間が長引くから使い勝手が悪い、とか。でも短いとそもそも発動しない、とか。変わり種だと韻を踏め、とか。
プロのドルイド使いとかはすごかったのを覚えている。短いのに何故か威力の高い魔法をバンバン撃ってきて、ルーン使いを圧倒するのだ。遠距離では。近距離はルーンが勝つ。
かつてのドルイド専のフレンドにコツを聞くと「あれ究極はラップだから」と答えられたのを覚えている。意味は分からなかったが。ラップってどういうことだよ。
なので俺のドルイドスタイルは、ネットに転がっている最強詠唱構成をパクって、錬金術でバフを掛けて暴れまわるタイプだ。気分は暴れる大怪獣。
ドルイド勢って高火力呪文開発は好きだけど、対人スキルは低い人が多かったから、その研究成果だけパクって随分いい思いをさせてもらった。一方的に敵を殴るのは楽しいのだ。
だから俺は、フェリシーの頭を撫でてこう言った。
「ま、安心しろ。フェリシーには馬鹿みたいに強い呪文をたくさん教えてやるからな」
「……フェリシーちゃん、無敵なのにもっと強くなっちゃう?」
「ああ、フェリシーを大怪獣にしてやる」
「んふふ、楽しみ……っ!」
「ふふふ……!」
「んふふ……!」
怪しい雰囲気を纏って笑い合う俺たちを見て、シュゼットは言った。
「どう見ても、幼気な少年少女を殺し屋に仕立て上げる、悪の組織の育成係なんだよねぇ……」
うるさいぞシュゼット。お前も仲間だからなシュゼット。
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