第96話 大図書学派の三つの依頼

 ブレイドルーンにおける俺の戦闘スタイルは、時期によって違っていた。


 だが、基本方針は常に一貫している。俺は悪い奴だから。戦うことそのものよりも、戦って勝つことが好きだから。


 つまりは、俺の戦闘スタイルは常に「環境メタ」だ。


 『環境』。これは日々調整される対戦ゲームにおける、『今最強、あるいは最も人気がある装備・魔法セット』のことだ。


 一方メタとは、ゲームにおいては対策とか天敵とかそういう意味になる。


 要するに、俺が取っていた基本方針たる「環境メタ」とは、だ。


 ―――俺は性格が悪いからな。イキって調子に乗ってるやつを狙い撃ちして殺すのが好きなんだ。


 さて、そんな訳なので、俺はドルイドにおいてもそうだった。


「いいか? ドルイドの強みって言うのは、『遠距離戦に長ける』ってことだ」


 俺は黒板のある無人教室に移動して、フェリシーとシュゼット相手に教鞭をとっていた。


「ルーン魔法よりも長い詠唱時間を乗り越え、ドルイドは魔法を放つ。代わりに得るのが射程だ。ルーンの速度を捨てて距離を取ったのがドルイドの戦術的な価値だ」


 つまり、と俺はつなげる。


「ドルイドは近距離においてはルーン魔法に狩られるだけの存在だ。近づかれたらその分だけ負けが近づく。だが近づかれなきゃ一方的に殴れる。武器としての扱いは弓に近いか」


「あーそっか。なるほどね。だからアタシには合わなかったんだ。ほら、アタシ近距離戦がメインだし」


「俺はもう一度シュゼットとやり合うなら近づけないようにしてドルイドでボコるわ」


「!?」


 俺のボコり宣言を聞いて、シュゼットは愕然とする。そこで首を傾げて手を上げるのはフェリシーだ。


「フェリシーちゃんの変身魔法、距離とか関係なく一瞬で発動できるよ?」


「変身魔法は近距離遠距離優秀だけど、一属性でしか使えないからな。急な戦闘ならルーンにもドルイドにも強いが、準備時間があれば一番弱いぞ」


「むぅ……」


 例えば炎の変身魔法なら、水系の装備と魔法で固めて挑めば、こっちの攻撃は通るが敵は全く通らない状況にもなりうる。ゲームでも変身魔法の強敵は多かったが、それは初戦だけ。


 何事も一長一短ということだ。ちなみに準備時間が無限なら錬金術が一番やばい。爆弾を無限にポイポイして終わりだ。対人では数が制限されるから雑魚だったが。


 と俺が考えていると「フィーに限って言えば対策しようがないし、どんな状況でも最強な気はするけどね……」とシュゼットがぼやく。うーん、それはそう。


 俺は続ける。


「で、基本的に近づけば勝ちなルーン魔法が環境なことの方が多いからな。俺は常に攻撃されない場所から、誘導性の高いドルイドの魔法で相手をボコるのが好きなわけだ」


「ものすごい性格悪い話してる自覚ある?」


「敵が慌てるのを笑いながら一方的に焼き殺すのは楽しいぞ~!」


「楽しいの大好きー!」


 俺の囃し立てにフェリシーが乗っかる。フェリシーはアレだな。基本無垢だから、俺が悪いことを教えれば教えるほど悪くなってく感じ背徳感やばいな。


「マズい……ゴットを止めないとフィーが悪の道に行っちゃう……」


 冷や汗を垂らして危機感を抱くシュゼットは絶対に悪の道に落とす。


「って訳で、伝説のルーン集めと違ってドルイドの詠唱は頭に入ってる。あとは装備だけ集めればサクッと純魔最強になれるのでなるの手伝ってくれ」


 いぇーい、と拳を掲げると、「いいよ~!」と乗ってくるのがフェリシー。「仕方ないなぁ~」とため息交じりに合わせてくるのがシュゼットだ。


「ということで、すでに依頼ボードのいい感じのクエストを受注してある」


「いつの間に」


 俺が机に三つの依頼用紙を並べると、「ゴットって抜け目ないよねぇ」とシュゼットが苦笑する。


 クエストは、以下の三つだ。


『未知の辺境「えほんのもり」に存在する錬金術用の毒草を集めて欲しい』


『学院の地下英霊墓にいる結晶ゴーレムの結晶を求む』


『この研究院の奥にあるとされる異常存在の監獄について確かめてほしい』


 三つを見て、シュゼットは言った。


「え、全部即死トラップがある嫌なクエスト……」


「シュゼット、期待してるぞ」


「やだ~! ひとつ言っとくけどね! 死ぬのって死ぬほど痛いんだからね!」


「そりゃ死んでるしな」


「鬼畜!」


 涙目で猛抗議するシュゼットに「いや、何か勘違いされてるが」と俺は否定の構えだ。


「別に先行かせて安全にやろう、みたいな考えはないって。ただその、ほら。俺も即死トラップは知り尽くしてるけど、現実との差、みたいなのはあるだろ?」


「あー……そういうこと。びっくりした~! もー、驚かせないでよね!」


 プン! とたっぷりの黒髪ツインテールを翻すシュゼット。俺は多少声を落として続けた。


「ただ、万一の場合は、どうかよろしく……」


「あ、うん。それは仕方ないし何とかするよ。……するけどさぁ~……えぇ~?」


「っぱシュゼット頼もしいわ……」


 俺はシュゼットの手を握って感謝感謝だ。シュゼットは「え、その、そこまでされると照れるって……」と頬を赤らめて目を逸らす。


「むー! ゴット! このクエストのこと教えて!」


 するとフェリシーが割り込んできたので、俺とシュゼットは苦笑しあってフェリシーに解説だ。


「まずこの毒草集めはな? 似た毒草にマンドラゴラがあって、間違えて抜くと悲鳴が爆発して即死する」


「ひゅっ」


 フェリシーが顔を青ざめさせるが俺はそのまま続ける。


「次にこの英霊墓は、デカイ鉄球とトゲの落とし穴の組み合わせが凶悪でな。鉄球でも瀕死なのに吹っ飛ばされてトゲの落とし穴に堕ちたら即死する」


「ひぇ……」


「最後に監獄は何かよく分からんけど間違った檻を開けると即死する」


「何が起こったの……?」


「よく分からん」


 俺は無表情で首を振る。考察勢も『ここは謎』で済ませていたので俺にも分からない。


「というわけだから」


 俺はにっこり笑う。


「さぁ! 最速で最強のドルイド錬金術師になるぞ!」


「ふぇ、フェリシーちゃん眠くなっちゃったから帰るね……?」


「あ、アタシもこの後用事があるんだった~」


 すっ……とこの場から離れようとする二人の肩を、満面の笑みで掴む。青ざめた顔で、二人は俺に振り返る。


「しゅっぱーつ!」


「やぁぁああ~~~! フェリシーちゃん無敵なのは生き物にだけなの~!」


「十周目になっても即死トラップは死ぬんだよぉ~! 勘弁してよ~!」


 嫌がる二人を引きずって、俺は意気揚々と部屋を出た。

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