第97話 マンドラゴラの媚薬効果

 採取のため、俺たちは揃って『えほんのもり』に訪れていた。


「ワープ~……っと」


 俺は魔法の絵本を開いてえほんのもりに到着。無事着地を決める。それから受け入れ態勢を整えると、虚空からフェリシーが俺めがけて射出された。


「んばっ」「キャッ!」


 思ったより勢いつよっ。


 俺の首辺りの位置から登場したフェリシーに巻き込まれて、俺は受け止めつつもぶっ倒れる。ギリギリフェリシーを地面に激突はさせなかったが、背中が痛い。


「んきゅ~」「んぉぉおお……!」


 フェリシーは目を回しているようだ。俺も痛みで悶えている。


 というか視界が暗い。柔らかな布を顔に押し当てられている。これ今どういう体勢?


「ふぇ、フェリシー、どいてくれ。フェリシー」


 俺は息苦しくて、もごもごしながらぺしぺしと顔周りのフェリシーを叩く。


 すると、フェリシーは俺の想定よりもだいぶ頭側から答えた。


「んん~……? んふふふふっ、ゴット、お股でしゃべんないで~。くすぐったい~!」


「は?」


「あ! フィー抜け駆け禁止! 何ゴットにラッキースケベしてるの!」


「は?」


 シュゼットの声が近づいてくると同時に、暗がりが晴れていく。すると俺の眼前を覆いつくしていたのがフェリシーのパンツだったと知った。


 おぉ……。あぁ……。


「むー! シュー邪魔しないで! せっかくゴットがアプローチしてくれてたのに!」


「えっそうなの!? ゴットでもこのアプローチはちょっと」


「完全に不可抗力なんだが」


 俺は起き上がりながら、とても渋い顔をする。ラッキースケベっていざ起こると困るな……。前世では羨ましがったもんだが。


 俺は立ち上がり、手を叩いて仕切り直す。


「じゃあ大図書学派最初のクエスト、『疑似マンドラゴラ草の採取』やってくぞ」


「はぁーい」


 俺の言葉に、シュゼットが答えた。フェリシーは何やら照れた様子で、もじもじしているがスルー。やぶ蛇の匂いがする。


「みんなで探すのはこの『疑似マンドラゴラ草』だ。見ての通りマンドラゴラにとても似ている」


 俺は大図書館にあった毒草図鑑の比較図を二人に見せながら、再確認する。


「マンドラゴラは知っての通り準備なしに抜くと即死する毒草だ。魔力のこもった絶叫が上がるんだな」


 図鑑の図では、引き抜かれた人型の根っこを持つ植物が大声で叫んで、周囲の人間が続々死んでいくコミカルな絵が描かれている。これを聞くと即死、というわけだ。


「今回必要な草に似ているから、間違えないように。間違えて即死したらシュゼットが何とかする」


「まぁ一周目二周目で散々痛い目見たし、多分大丈夫かなぁ……?」


「間違えなきゃへーきへーき」


「それは何事もそうでしょ」


 半眼でシュゼットは言う。とはいえ最初に注意してみておけば、注意点は割と明確だ。そう間違えるものでもないだろう。


「採取は俺とシュゼットがメイン。お互いが巻き込まれないように距離を取って採取する。フェリシーは適宜サポート。毒草の見分けるのは難しいから、一旦見て覚えてくれ」


「はいっ」


「元気でよろしい」


 俺が言うと、無言でフェリシーが『撫でて撫でて』とすり寄ってくるので、撫でながら説明を〆る。


「ざっとこんなもんかな。じゃ、採取開始!」


「じゃあ奥の方行ってくるね」


【縮地】


 ルーンを発動させて素早く去って行くシュゼットだ。俺もフェリシーに「じゃあ説明しながら抜いてくか」と言う。「うん……♡」と頷くフェリシーだ。何か湿度高くない?


 二人で連れだって歩く。シュゼットとは反対方向にも、マンドラゴラと疑似マンドラゴラ草の群生地が存在する。


 そこにたどり着いてから、「さて、じゃあ説明するな」と俺は言った。


「俺たちが採取する疑似マンドラゴラ草なんだが……フェリシー?」


「ん~♡」


 フェリシーは俺に抱き着いて、俺の腹部辺りに頬ずりしている。何だか顔も赤い。目もどこか胡乱だ。


 ……何か様子がおかしいな。


 俺は目を細め、尋ねる。


「どうかしたか? フェリシー。熱でもあるか?」


「ないよぉ~♡ ね~ゴット……」


 くいくい、とフェリシーが服の袖を引くので、俺はしゃがむ。すると中腰になって、フェリシーは俺の耳にささやいた。


「フェリシーちゃんのパンツ、どうだった……?♡」


「答えられるか」


「痛いっ」


 フェリシーの額にデコピンを一つ。「む~……!」と赤い顔でフェリシーは俺を睨んでくる。


「何で! 男ならちゃんと感想言って! 女の子の大事なところにお顔突っ込んだんだから!」


「事故に責任求められても……」


「責任じゃないの! フェリシーちゃんが聞きたいの!」


 プリプリと怒って言うフェリシー。何か様子がおかしいな。最近思春期に入った感じはあったけど、ここまで露骨じゃなかった。ずっと顔赤いし。


「フェリシー、何かさっきから変じゃないか? 体調でも悪いか?」


「悪くないもん! むしろぜっこーちょーだよ! そんなことより、感想!」


「言うかよ。というか、暗くて何も覚えてないし」


 埒が明かんな、と思っていると、フェリシーが驚きの行動をとり始めた。


「じゃあ……」


 フェリシーが、自らスカートをたくし上げてパンツを見せてくる。


「こうしたら、感想言える?」


「ッ!?」


 俺はそれに動揺してしまう。薄ピンクのシンプルなパンツ。するとフェリシーは「えへ」と小さく笑い、スカートを下ろして近寄ってくる。


「どうだった? 可愛かった?」


「……フェリシー。こういうのは良くないぞ、本当に」


「むー。フェリシーちゃんゴットにしかしないよ? そもそもゴットとシューにしか、ここでは見える人いないもん」


「そりゃそうだが」


「それで」


 フェリシーは俺の両頬を、小さな手で挟んでくる。


「可愛かった? フェリシーちゃんのパンツ」


「……降参。可愛かったよ。本心だ。だからこのあたりで勘弁してくれ」


「ぷふっ、うふふふふふふ……」


 心底嬉しい、という顔でクスクス笑うフェリシー。それからおもむろに、フェリシーはキスをしてきた。


「!?」


「ゴット、可愛い……すき。んっ」


 触れるようなキス。それを何度も繰り返してくる。俺は何かおかしいと気付きながら、段々と空気に流され始める。


「ね、ゴット……」


 フェリシーは言う。


「フェリシーちゃんね、何だか、体の奥がキュンキュンするの……。ゴットに見られたり、触られたりするとね、もっと、もっとってなるの……」


 言いながら、フェリシーは制服のボタンをパチパチと外していく。子供と少女の狭間のような体つき。真っ白で無垢な肌には、妖精の神秘が宿っている。


「だからね、ゴット、もっとフェリシーちゃんに触―――」


「はいそこまで」


 横から現れたシュゼットが、俺とフェリシーの間に草を差し出した。俺はその猛烈なにおいに「うぉぇっ」と反射的に顔を背ける。


 一方フェリシーは「んきゅ~……」と目を回し、そのまま顔を真っ赤に俺の方に倒れてきた。俺はそれを受け止めつつ、シュゼットを見る。


「た、助かった。フェリシーの様子がおかしくなってさ」


「それで流されそうになったわけだ? ふーん……?」


「いや、その、……何も言葉がないです」


「だろうね」


 シュゼットは冷たい。それに立つ瀬のない気持ちになりながら「フェリシーの様子がおかしくなったの、何でだと思う?」と俺は尋ねる。


「そりゃこれでしょ」


 シュゼットは俺たちの前に差し出した草を掲げる。疑似マンドラゴラ草……じゃないな。


「マンドラゴラの葉っぱの部分だ」


「そそ。マンドラゴラって媚薬にもなるから。フィーって妖精でしょ? こういう魔法植物の影響、結構もろに食らっちゃったんじゃない?」


「なるほどなぁ……」


 道理でえほんのもりに入ってから様子がおかしいと思ったら。一応人間に使うときは草を刈り取って乾燥させて粉にして、と手順が必要だから失念していた。


「いや、助かった。理性が弱いつもりはなかったけど、ここまで勢い任せだと危ないところだった」


 俺はフェリシーのボタンを留め、ダウンしたこの体を背負いながらシュゼットに言うと、シュゼットは考えるように呟いた。


「そっか……。今のフィー並みにグイグイ行くとゴットも……」


「シュゼット?」


「んーん、何でもないよ! フィーが起きてややこしくなる前に、ささっと採取しちゃお!」


「あ、ああ……」


 極めてにこやかに言うシュゼットに何も言えないまま、俺はフェリシーを背負いつつ、二人で素早く採取を終えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る