第98話 錬金術

 疑似マンドラゴラ草の納品クエストを終えた俺たちは、一度解散した。


 というのも、フェリシーが疲れていた様子だったからだ。あまり連れまわしてもよくないだろう、と俺はフェリシーをシュゼットに任せて、一人で依頼報告に向かった。


 報告はスムーズに終わった。俺は依頼者から欲しかった頭装備を手に入れ、シュゼット、フェリシーのいる空き教室に帰還する。


 ある程度時間も経っていて、フェリシーも回復しているだろう。だから、少し悪戯を仕掛けつつ入室する。


「ん、ゴットおかえ、り……?」


「ひぅ……!? 怖い人、怖い人入ってきた!」


 シュゼットはキョトンとして目をパチパチまばたきし、フェリシーはそれの姿に悲鳴を上げる。


 それはあまりの歓迎っぷりに笑って「そんな驚いたか?」と言いながら頭装備を外した。


「わっ、びっくりした。そうだよね。目がゴットだったし」


「もー! ゴットのバカ! 驚かせないで!」


 フェリシーはプリプリ涙目で怒りながら、俺に抱き着いてくる。「はいはい」と俺はそれを宥めつつ、頭装備を机に置いた。


 それは、宝石の埋め込まれた仮面だった。基本的には石仮面で、左目のみ崩れて本来の目が見える。逆に右目には宝石が瞳のように埋め込まれているのだ。


 つまりは、完全に敵がつけているタイプの不気味な仮面である。


「ということで、俺のお気に入りのドルイド頭装備、『宝石瞳の崩れ仮面』です」


「フェリシーちゃんこれ嫌い!」


「叩くな」


 ぺしぺし仮面を叩くフェリシーから仮面を取り上げつつ、シュゼットに俺はドヤる。


「いやぁ~いいよなぁこれ。不気味だけど格好良さがあってさ。一部の魔法で威力が20%上がるし。消費魔力も増えるけど」


「前々から思ってたけど、ゴットってちょっと悪趣味入ってない……? 素直に格好いい装備とかよりも、ちょっと怖いとか、そういうのの方が好きでしょ」


「バレた?」


 だって敵からビビられるような装備って良いじゃん。格好いいじゃん。首から下は全部格好いい系の鎧で固めて、頭装備だけクソキモいとかするとテンションが上がっちゃう。


 俺はほくほく顔で妖精袋に仮面を入れると「そんなもの入れるためにあげたんじゃないのに……」とフェリシーが唸っている。


「そういやフェリシー、この袋メチャクチャ便利だな。愛用してるよ」


「ホント!? 大切に使ってね!」


「ああ、大切に使うぞ」


 機嫌を直したフェリシーの頭を撫でる。シュゼットが「悪い男だぁ……」と言っている。何のことか分からないが、悪い男がいるらしい。気をつけなくては。


「よーっし、じゃあ用意するものも用意したし、フェリシーのために次の授業をやるぞ」


「わーいっ!」


 俺は妖精袋に入れた手をそのままに、中身を探って錬金フラスコを取り出していく。フェリシーはパチパチと拍手だ。可愛い奴め。


「ということで、ドルイドの次は錬金術講座のお時間です。と言っても、錬金術はそう難しいものじゃないけどな」


 錬金フラスコを七つ並べて、俺は教壇に立つ。「よくこんなに数揃えてたね」と錬金フラスコをつつ、と指でシュゼットはなぞる。「楽しみ!」とフェリシーは目をキラキラさせる。


「錬金術とは何か!」


 俺は黒板に図を描く。


「錬金フラスコにいろんな薬品とかアイテムとかを入れます!」


「入れます!」フェリシーは元気いっぱいだ。


「火にかけて混ぜます!」


「混ぜます!」


「完成」


「おぉ~……お料理?」


「手順はぶっちゃけ変わらない。作る過程が複雑になるくらいだな」


 んで、と俺は錬金フラスコを手に持つ。


「薬品を入れた錬金フラスコを、そのまま敵に投げるわけだ。すると割れて中身の効果が表れる。錬金フラスコはその場では壊れるが、主人を覚えてるからいつの間にか直って戻る」


「へぇー、便利だね!」


「便利なんだよこれ」


 なので錬金フラスコは使い切りの道具ではなく、最大値を増やすタイプの道具と言うことになる。重要アイテムなので、大図書学派で拾う以外だと見付けるのも一苦労だ。


「効果は中身によっても様々で、単なる回復から一時的な不死、ちょっとした煙幕から国一つ滅ぼす爆弾までより取り見取りだ。もちろん一発ごとに集める苦労はあるけどな」


「こわい……」


「アタシが勉強した時も教えられたけど、国一つ滅ぼす爆弾って本当に作れるの? アタシでもレシピすら知らないよ」


 シュゼットの問いに、俺は腕を組む。国一つ滅ぼす爆弾。国破壊爆弾。それはファンタジー世界の人間にこそ想像が難しい。


 だが、現代日本人である俺は、自然とその回答にたどり着いている。


「それは俺もだ。っていうか錬金術ってここだけの話さ、魔法っぽいの半分、科学っぽいの半分なんだよな」


「科学? どういうこと?」


「つまり、国破壊爆弾の正体は―――」


 俺はチョークを置いて言う。


「―――核爆弾だろ」


 俺の物言いに何か感じ取るものがあったのか、シュゼットもフェリシーも沈黙する。


「そういう、異常な威力を持つ爆弾がある。『黎明の魔女』ドロシーが発明したらしい爆弾だな。これはそのくらいの威力がある。国一つ滅ぼすっていうなら、これのことだ」


 俺は肩を竦める。


「で、この核爆弾ってのは、科学の産物だ。錬金術っていうものの、中には普通に存在する材料を集めて火炎瓶とかも作れるから、半分は魔法じゃなく科学なんだなって思ったよ」


 アルコールと布と錬金フラスコで火炎瓶は作れる。現実でもほぼ同じ作り方をすると知って、俺は笑ったものだ。


 そんな訳だから、俺は準備さえ済んでいれば最強の魔法は錬金術だと思っている。前世のブレイドルーンRTAでも、錬金ビルドはそこそこ人気があった。


 9割の時間でアイテム集めをするんだよな。アイテム集めの一環で小ボスを倒したりもする。そして十分な火力で大ボスを瞬時に溶かすのだ。小ボスのが事故っていた。


 とはいえ、ガチ錬金術師というのも少ない。やはり一行動の度に資材を必要とするから、金も素材集めも馬鹿にならないのだ。ただし、サブとしての錬金術師は少なくない。


 そしてそういう連中ほど、何をやらかすか分からなくて、恐ろしいのだ。


「……何ゴット、遠い目して」


「いや……負けそうになる度に油田の種を地面に撒いて、火炎瓶を地面に投げつけて、自分ごと敵を焼き殺す負けず嫌いとかいたなぁって」


「負けるより死ぬ方がマシなの? こわ……」


 マジで怖かった。一面火の海にして、敵もろとも死んでいくのだ。自殺特攻すぎた。一時期流行りすぎて対戦ナーフされていたが。


「ふーん……?」


 フェリシーはピンと来ていない様子だ。言葉だけの説明なんてこんなものか、と俺は肩を竦めて、妖精袋から素材を取り出す。


 すなわち、先ほどから採取した様々な植物やモンスター素材と言う事だ。


「じゃ、早速錬金術をやってみるか、フェリシー」


「! やる!」


 目のキラキラを取り戻したフェリシーに、俺はにっと笑うのだった。

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