第48話 泥棒猫を追って

 ゴットが、お茶会に来なかった。


「……遅いですね」


 スノウはぷくーっと頬を膨らませて言う。横に座る小柄な妖精っぽい少女、フェリシーが頬を突きぷしゅーっと頬が潰れる。


「フェリシー。私で遊ばないでください」


「姫様に隙があったのが悪い」


 フェリシーが胸を張って堂々と主張する。スノウはそれに、あきれ顔で首を振った。


「私にそんな隙など……」


「いや隙まみれでいらっしゃいましたけど」


 冷静に指摘してくるのはヤンナだった。ゴットの元、元! 婚約者である。


 彼女は余裕綽々で言った。


「まぁ、そんな気にすることではございませんよ。ゴット様はいつも遅れてくるのです。そういった可愛らしい部分を愛せてこそ! ゴット様の婚約者の器と考えます」


「ゴット、時間に遅れてくることほとんどないよ?」


「そうですよ? ヤンナ、あなたは全然ゴットのことを分かっていないのですね」


「……」


 奥に何か混沌としたものが眠っていそうな微笑で、ヤンナはスノウを見つめてくる。スノウは咄嗟に謝りそうになるが、ゴットの事では負けられない。


「な、なななな、何ですか。い、いい、言いたいことがあるなら、はっきり言えばよろひいでひょっ!」


「姫様、噛み噛み~!」


「噛みまひた……痛い……」


「舌戦が始まる、というタイミングで自爆しないでくださいよ……」


 涙目でちっちゃく舌を出すスノウに、毒気を抜かれたのか「そうかもしれませんね。最近のゴット様は、昔と大きく違いますから」とヤンナは自ら言った。


「ふ、ふふーん! そうでしょう!? 私は間違っていません!」


「殿下はそこで調子に乗るからダメなんだと思います」


「ダメ!?」


 スノウは瞠目してヤンナを見るが、ヤンナは先ほどよりは敵意のない顔だった。スノウは言いたいことが山ほどあったが、ひとまず矛を収めることとする。


「となると、今日は来ない、ということですか。まぁまぁ。ゴットも意外に多忙ですからね。少しくらい自由にさせてあげましょう」


 寂しい気持ちを紛らわせるように、スノウはティーカップを傾ける。スノウは、紅茶は無糖派だ。すっきりした後味で、どうにか自分の気分が誤魔化されるようにする。


 そしてそっと紅茶をテーブルに置き、スノウは静かに口を開いた。


「やっぱり探しに行きましょう。寂しすぎます」


「手の平返しの速度が馬よりも早いですね」


「探しにいこ~! しゅっぱぁーつ!」


 三人娘は立ち上がり、お茶会エリアから出立する。






 さて、しかし探しに行くとなっても、どこを探せばゴットが見つかるかは全く見当が付いていない状態である。


「図書館辺りから当たってみますか? ゴット様はルーン魔法にお熱を上げてらっしゃいますし」


 ヤンナの提案に、「確かに、ゴットはそういった話に目がありませんしね。以前捕まえた時も図書館でした」とスノウは賛同を示す。


 一方、首を横に振ったのはフェリシーだ。


「多分いないと思う」


「おや。それはどうしてですか?」


「んー……何となく?」


 理由を濁すフェリシー。ヤンナは「一応見るだけ見てみましょう? 一番可能性は高いわけですし」と現実的だ。


 一方スノウは、、フェリシーの言葉が正しいことを理解している。


「分かりました、フェリシー。では、どこにいると思いますか?」


「殿下?」


「んー……」


 フェリシーは目を瞑って、頭をぐらぐら動かしている。傍から見ると首の据わっていない赤子のようだ。ヤンナは不思議そうな顔でフェリシーとスノウを見ている。


 フェリシーは少しそうしてから、ぱちっと目を開いた。


「あのね、あの……お馬さんがいる、辺り?」


「厩舎ですか。分かりました、行きましょう。図書館は、そこに居なかったらで良いですか、ヤンナ」


「は、はい。それで、良いですよ……?」


 フェリシーの意見を優先する意味が分からない、という様子のヤンナ。一方、スノウは迷いなくフェリシーについて歩く。


 フェリシーは自分の予想に確信に近いものを持っているらしく、躊躇いのない足取りで進んでいた。スノウはそれに淡々と追従し、ヤンナは一人釈然としない様子でいる。


 そうして三人は、厩舎へとたどり着いた。そこで、見たくなかった光景を目の当たりにする。


「よし、じゃあ行こうか」


「うんっ。へへ、ゴットと初デートだね」


「こんな色気のないデートないだろうに」


 慌てて三人は物陰に隠れる。視線の先には、馬に相乗りするゴットとシュゼットの姿が。


「な、なななななな、何でシュテファンさんがゴット様の後ろに乗っているのですか……!」


 ヤンナがいの一番にブチギレている。スノウも怒り心頭、という気持ちになりかけたが、ヤンナのド嫉妬に冷や水を浴びせられた形になってしまった。


「ヤンちゃん、どうどう……」


「ふーっ、ふーっ!」


「フェリシーはからかっているのか宥めているのか分かりませんね」


 フェリシーが怒りに震えるヤンナの前で、抑えるような身振りをしている。ヤンナはギリギリと悪魔のような形相をしているが、この場で襲い掛かるのだけは留まっている。


 というか。


「ヤンナ。どういう訳かは分かりませんが、彼女は今シュテファンではなくシュゼットという名前で」


ですよ。ヤンナは、あんなの認めていませんので」


「そ、そそ、そうですか……」


 スノウは、目を剥いて言うブチギレヤンナが怖すぎて引き下がる。フェリシーが「姫様可哀そう。よしよし」と慰めてくれる。ひーん。


 ともかく、である。


「よーし、じゃあ出発だ」


「さぁ行こう! 冒険の旅へ!」


 ゴットたちは、軽やかに馬を走らせ、そのまま学院の外へと走り出してしまう。そこに、ヤンナが素早く何かを投げつけた。


 馬に、小さな針のようなものが刺さる。振り返ったヤンナは、穏やかな、底知れない頬笑みを浮かべていた。


「みなさん、追いましょう。そしてシュテファンさんをしま……監視いたしましょう。このままではゴット様がシュテファンさんの毒牙に掛かってしまいます」


「今『始末』って言いかけました?」


「行く! ゴットは泥棒猫なんかに渡さないもん!」


 ヤンナは、フェリシーの物言いにクスリと笑う。


「ええ、そうですね。泥棒猫には、キチンと教えて差し上げましょう。『好奇心は猫を殺す』と。さ、殿下も」


「ひ、ひぃい……!」


 殺意マシマシで微笑むヤンナに、スノウは逆らうことも出来ずに引っ張られていく。


 最初に主導権を握っていたのは私だったはずなのに、と涙目でスノウは思うのだった。

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