第105話 ゲーム通りではない出来事

 俺は戦利品を腕いっぱいに抱えて、ホクホク顔でいた。


「とっても満足」


「それは! よかった! ね!」


 対するシュゼットはブチギレモードだ。黒髪のツインテールを翻し、俺に大声の皮肉を言っている。フェリシーも翅でふわりと浮いて、「むー!」とポコポコ俺の頭を叩いている。


「いやぁちょっと記憶違いは合ったけど、これで集められるアイテムは全部だったか?」


「そうだと思うよ! あーもうホント、なんて人を好きになってしまったのアタシは」


「ゴットは自分の命を軽く見過ぎ! シューもフェリシーちゃんも怒ってるんだよ!」


「ごめんごめん」


 何でこの二人が怒っているのかと言うと、俺がバンバン扉を開けてアイテム回収していたら、間違えてハズレの扉を開いてしまったのだ。


 開けた瞬間触手が俺に絡みついてきて、超ビビったさ。そこをフェリシーが「パーミッション!」と触手の動きを緩慢にし、すかさずシュゼットが切りかかって事なきを得た。


 とはいえ間違いもその一回だけ。上昇した知識量のお蔭で間違いが減っているな、と実感している今日この頃だ。脳筋ビルドだったらもう五回は間違えていたのではないか。


 俺の反省の色が見えないからか、二人はこの通り怒りっぱなしだ。いや、申し訳ないと思う気持ちはあるのだ。回収アイテムの喜びが勝っているだけで。


「いや~、改めて漁ってみると、ここ有用アイテムの宝庫じゃ~ん。今の内に来といて良かった~」


「これだけ言っても全然反省してないよゴット……。フィー、どうやって懲らしめる?」


「姫様とヤンちゃんに言う」


「えっ、ごめん反省するから許して」


 俺はサッと顔色を変えて平伏だ。スノウに怒られたところでどうということはないが、ヤンナはこう、どんな対応を取られるか想像がつかない。


 俺がしょぼくれたのを見て「まったく、もうしない?」とシュゼットは確認してくる。俺が頷くと、「ならよし」とシュゼットは俺の頭を撫でてきた。優しい。


「じ~……」


 あとフェリシーは俺のことを半眼で見つめ続けている。マズいな……。全然反省していないのがバレてるかもしれない。いや、死ぬのは俺だって嫌さ。でも何とかなると思うし。


「シュー、やっぱり」


「ふぇ、フェリシーさん。こう、何か俺にして貰いたいこととかってないですか?」


 俺はすかさず賄賂大作戦に出る。フェリシーはしばらく胡散臭い目で俺を見ていたが、「じゃあ」と俺の手を取った。


「今度フェリシーちゃんのこと、一日中、たーっくさん甘やかして?」


「ん? 何だ、そんなことで良いのか?」


 俺の返答に「……えへ」とはにかむようにフェリシーは口端を緩める。それから慌ててこう付け足した。


「あ、普通に甘やかすのじゃダメだからねっ。たーっくさん甘やかしてね? フェリシーちゃんのこと、ぎゅーって抱きしめたり、一緒にお風呂入ったり、一緒に寝たり!」


「風呂は厳しいかもしれないが……」


「う、し、思春期しないから!」


「エロい事のことを思春期って言うのやめない?」


 ともあれ、俺の理性が揺るがない範囲で甘やかそう。俺は「分かった。目いっぱい甘やかしてやる」とフェリシーを撫でる。


「―――うんっ」


 フェリシーは元気に返事して、「えへ」と俺の背によじ登った。俺は今回激しく動く戦闘スタイルじゃないので、甘んじてフェリシーを背負って進むことにする。


 途中のアイテムは随分漁ったので、俺たちの目的は残すところ、最下層まで降りてこの研究監獄を踏破するのみだ。それで晴れて依頼達成。


 下へ下へ降りていくと、今まではしばしば起こっていた学派員の襲撃がなくなった。俺とシュゼットは「そろそろか」「そうだねー」と言い合いながら更に足を進める。


 最下層の広場が見えてきた頃に、それは起こった。


「そこまでだ、侵入者よ」


 仮面で顔を隠した学派員が、俺たちの前に姿を現す。奴は長杖を振るって「牢」と呟く。


 同時、俺たちが下りてきた階段、これから下るための階段のすべてが粒子と化して消えてしまう。さらに学派員たちがぞろぞろと収容室の中から現れる。


 研究監獄最下層付近で起こる、一斉襲撃イベントだ。ここで立ち塞がる学派員たちのまとめ役らしき学派員―――仮に裏学派長と呼ぶが、奴は俺たちに言う。


「貴様らが好きに暴いた秘密。それはこの外には出してはならぬものばかり。決して逃がしはせぬ……」


「ここのイベントってどういう流れだったっけ? アイテム回収以外のイベント多分全部スルーしたよな」


「アレだよアレ。アイテムがないからって行かなかった別棟に行くと、凄惨な実験の実験台にされた人たちが~、みたいな奴」


「あーそうそう、それだ。非人道的実験してるから、表に出されると困っちゃう奴」


 俺とシュゼットが軽い調子で言うから、裏学派長は「貴様ら……我らを愚弄するか……」とぐぬっている。


 それに俺は、こう答えた。


「ま、そんなのは知らないんだよ」


 俺は短杖八つを構える。腰にはすでに鍛えあげたキルケーの杖がある。


「俺はお前らの悪行になんか興味はない。だが、お前らみたいなのが俺の大事な仲間に目をつけてるって事実だけで、不快なんだよ」


 だから、と俺は言い放つ。


「お前らは、この場で、存在ごと消えてくれ」


 八つの杖のすべてを空中に投げ上げる。腰からキルケーの杖を掲げ、俺は言う。


「杖衛星」


 短縮登録されたドルイドの魔法が発動し、八つの短杖が空中を自在に駆ける、俺の魔法の砲門に変わる。


「じゃ、行くよっ! ゴットはアタシのフォローよろしくぅ!」


【光波】


 シュゼットの十八番、薙ぎ払って広がる光の波が、前方に集まる学派員たちを一掃する。裏学派長は魔法耐性が高いのか耐えているが、それだけだ。


 俺はキルケーの杖を振るい、詠唱を開始する。


「狙い撃つは鋭き光線。貫き、切り離し、打ち崩せ。衛星たちよ―――斉射」


 浮遊する短杖から放たれるレーザーが、四方八方から裏学派長を貫いた。貫きながら角度を変えて移動するから、裏学派長は四肢を切り落とされ、血まみれになって崩れ落ちる。


「が、がぁぁああああああ!?」


「わーえっぐ。ゴットの杖衛星、過去一悪くない?」


「説はある」


 これで一掃だ。あっさり過ぎるようにも感じるが、そもそもここのレベル帯って勇者の末裔よりも低いんだよな。こんなもんだ。


 それに、この襲撃が一番の敵というわけでもない。


 裏学派長が死に、消えていた階段が復活する。あとは裏学派長にトドメを刺すだけか、と思って近づいたら、奴は意外なことをした。


「ぐ……せめて、せめて一矢報いてやるぞッ! ―――開け、最下層の鍵よッ!」


 その一言で、最下層にたった一つ存在する収容室の鍵が開く。その扉は通常の扉ではなく、最下層の床そのもの。すなわち、その奥の存在こそがこの研究監獄のボス。


「お前を解放してやるッ! 存分に暴れろ。瞳の悪魔、シアエガッ!」


 スライド式に開く最下層の床の奥からまず覗いたのは、巨大な瞳だった。それから、その周囲に蠢く大量の触手が見える。


 それに、初めて見たフェリシーが「ひぅっ」と息をのむ。シュゼットが「うえー、何度見てもキモーイ」と渋い顔。


 だが俺は、シアエガではないことについて違和感を覚えていた。


「……あいつだったか?」


「え? 何が?」


 俺の視線をたどって、シュゼットも裏学派長を見る。裏学派長はとうとう息絶えたらしく、無残な姿で沈黙していた。


「このイベント、裏学派長は普通に死んで、学派長クローディアがシアエガを呼び出す流れのはずだ。なのに今回は違った。それは、何でだ……?」


「え、そのくらいの微差は普通じゃない? 同じ事件でもちょっと展開が違うくらいは結構ありがちだよ?」


 シアエガの目が、俺たちを捉え始める。いかに問題なく倒せる相手といえども、油断しきっていては負けるのがこの世界だ。


 本来なら、学派長クローディアが狂った持論を長々と述べてから、シアエガを解放して真っ先に殺されるのがブレイドルーンの流れだ。だが、今回はそうではなかった。


 だが今回は、クローディアは出てきていない。つまり、まだ生きているという事だ。それがどこで、どう働いてくるか。


「……まずは、敵を粉砕するか」


 俺は考えても仕方ないと割り切って、シュゼットに目配せする。シアエガはむしろ魔法の通りが悪い。だから俺は、ステ振り機能を実装した新しい大ルーンを指鳴らしで起動する。


「装備セット、勇者」


「キャー! ゴットの一番格好いいやつ!」


 全裸になってムキムキ姿をさらす俺に、背中に引っ付くフェリシーが歓声を上げる。「これが噂の……」とシュゼットは顔を赤くしてごくりと唾をのみ下す。


 一方俺は、知識量を失った代わりにめっぽう動きやすくなった体で、大きく跳躍した。


「さぁ、まずはドデカイ一撃を叩き込むぞ!」


 シアエガの巨大な瞳めがけて、俺は忌み獣の大槌を振り下ろす。 

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