第104話 研究院の秘密の監獄
大図書学派の研究監獄は、異常存在と呼ばれる存在が収容されている。
その存在は、学派員がまことしやかに囁く陰謀論として扱われがちだが、実際には上級学派員のみが知り、管理している特級の秘密の一つとなる。
そう。大図書学派の悪いところ。『秘密を知ったな、死ね!』の爆心地である。
俺がこの研究監獄にまつわる依頼を受けたのは、この機に『秘密を知ったな、死ね!』系学派員を一掃してしまおうと考えたのだ。
ただでさえ胸糞悪い奴らだからな。人体実験? オッケー! 被検体を苦しめないための麻酔? コストの無駄! 秘密を知った? 殺す! いやぁクズぞろいだ。
メインストーリーは悲惨だった。特殊な事情を抱えた学派員が消えて、その事情を探るとここにたどり着くのである。そして深く進むと学派員の変わり果てた姿が……。
なので俺はここの人間を、すべからく死すべしと考えている。慈悲はない。
どうせフェリシーが狙われているのなら、デカイ釣り針で一本釣り、という思惑になる。フェリシーの件で戦うよりも、別の地雷で戦った方がフェリシーも安全という考えだ。
「ま、色々と肩透かしなのかもしれんが」
「ゴット、どうしたの~?」
「何でもないよ、フェリシー」
「ん~?」
俺が撫でるとふにゃっと笑って、フェリシーは「えへ」と嬉しそうに俺を見る。
―――他の学派員はいざ知れず、学派長クローディアは俺たちをあくまでもフェリシーの件で罠に掛けようと考えている。
入派してから、まだ三日という短期間だ。恐らく俺たちを確実に捕らえるための準備は整っていない。だから脅威度としても、ゲームと変わらないだろうという認識だ。
恐らく、監視していて、『動きが怪しい。秘密の女王にかかわっているのでは?』と睨んでいたところに、俺が虎の尾を踏みに行った、というのが実情だろう。
それに加え、フェリシー自身の「あの人、怖くないよ」発言。これも敵の脅威性を下げている。
俺が一番驚いたのは、フェリシーが学派長クローディアを明確に認識していたことだ。
知られることは矛。
フェリシーを知る人物は、矛先に立つ。故に、フェリシーに知られるとでもいうのか。分からない。だが、一つだけ分かることはある。
「フェリシー、俺は何があっても、お前の味方だからな」
「え~? もー、ゴットったら、フェリシーちゃんのこと大好きなんだから~」
照れ照れでフェリシーは俺に抱き着いてきて、俺の腹部に頬ずりしてくる。
過ぎるほどの才能、幼さ。これらの要素は怪物の卵だ。ここに愛の欠如や迫害が加わると孵化してしまう。怪物が生まれる。
だから、俺はそれを許さない。愛を注ぐ。フェリシーが普通の可愛い女の子であれるようにする。それが出来れば、そう酷いことにはならない。
ともかく、俺がすべきことは単純だ。
敵を打ち砕き、フェリシーと変わらず仲良く過ごす。それだけで良い。敵も強いとは思えない以上、警戒しすぎるのも空回りするだけだろう。
そんな事を考えながら、薄暗い階段を下りていく。
研究監獄の作りは、円形の鉄塔という具合だった。中心に最上階から最下層までつながる大穴が開いていて、その外側に輪の形の廊下と手すり。外縁に収容室。
俺たちが入ってきた大門は、最上階につながっていた。まっすぐ進むと、すぐに無機質な手すりと最下層までつながる大穴がある。
大穴は、この薄暗い監獄の中では奈落のようにしか見えない。それを見て、シュゼットは青い顔をしていた。高所恐怖症なのかもしれない。
左右のどちらに進んでも、手すりの向こうは奈落の大穴、反対には収容室という作りをしている。収容室は固く閉ざされた扉のようで、中はうかがい知れない。
そういった廊下の途中に、下りの螺旋階段はあった。階段は連続していて、どこまでも下に続いている。
「ここ探索してれば色々とカギが手に入るけど、開けた瞬間に即死する部屋って結構あったよな?」
「あったね……。意味わかんなすぎて、復活してからしばらく悩んだもん。何で死んだの? って」
「こわい……」
俺とシュゼットは遠い目で理不尽死を思い出し、フェリシーはそれを見て怯えている。
開けた瞬間触手に取り込まれて死。開けた瞬間頭が爆発して死。開けた瞬間全身が無数の妖精になって死。
結構種類があったので、俺はアレを開発スタッフの遊び場だったと思っている。復活ポイントが近かったからそんなにストレスじゃなかったし。新しい扉で死んでは笑っていた。
が、そんな風に楽観的に捉えているのは俺だけのようで、シュゼットは難しい顔で首を傾げているし、フェリシーも涙目で俺の手を抱きしめているので、気は引き締めておこう。
「ま、随分死んだ影響で、開けたらヤバイ扉は覚えてるつもりだ。一部は結構いい装備品あったから拾いたいんだよな」
「え、ゴット正気……?」
「ゴット、たまに向こう見ずになる……。命大事にしよ……?」
二人がドン引きの目で見てきて、俺は言い返した。
「お前らいつも暴れて俺のこと困らせるくせに、ここぞとばかり言いやがって」
「ゴットが困るような暴れ方はあんまりしてないでしょー!?」
「そういうのはゴットが悪いんだもん!」
「はー!? 黙れ思春期爆発エロ娘どもが! パンツ見せてきたり媚薬一気飲みで下着姿になったりしたのをもう忘れたか!?」
俺たちはギャーギャー言い合いながら、ゆっくりと螺旋階段の下に向かって行く。薄暗くて無機質なはずの研究監獄が、俺たちの喧騒でそんな雰囲気を保てなくなる。
そうしてまた一階下ったタイミングで、俺たちは気配に反応して武器を構えた。
廊下の少し先。そこには、仮面で正体を隠した学派員が立っている。その手には、結晶の埋め込まれた木の短剣。俺とシュゼットは同時に臨戦態勢に入る。
「装備セット、魔法使い」
「走れ、デウスエクスマキナ」
「邪魔にならないように隅っこ行く~」
シュゼットが飛び出し、学派員よりも先に一太刀入れる。俺たちの躊躇いのなさに学派員は怯みつつ、短剣でシュゼットを狙った。
「奪う風よ、敵の得物を刈り取れ」
だがそれすら俺は許さない。楓の短杖で敵を指しながら詠唱すると、突風がその短剣を奪い去った。
短剣が廊下に転がる。武器でもあり杖でもある短剣を奪われ、学派員はとっさに屈んで手を伸ばす。
それを逃すシュゼットではなかった。
「ありがと、刎ねやすいように首を伸ばしてくれて」
【断頭】
シュゼットの容赦ない一閃によって、学派員は倒れた。「ザコならこんなもんだよね」とシュゼットは機構剣を肩に担ぐ。
俺はその死体に近づいて、懐を探った。ゲームと同じなら……うん、あったあった。
「てってれ~、収容室の鍵~」
俺が収容室のカギを取り出すと、シュゼットもフェリシーも嫌そうな顔をする。良いだろ別に。即死の収容室は分かってるんだから。
「さて、緊張の瞬間だな。この鍵の番号は~……あ、ダメだこれ即死する部屋の鍵だ」
俺は大穴の方に鍵を放る。「捨てちゃった!」とフェリシーは目を丸くし、「捨てるにしても捨て方……」とシュゼットは呆れている。
「っていうかさ、その感じだと、手に入る鍵全部かき集めて、手に入るもの全部集めようとしてる?」
「もちろん」
「ゴットって本当に冒険では理性なくすよね……」
「ゴット! 死んだらダメだよ!」
「そんな簡単に死なんわ」
俺は二人の抗議を聞き流しながら、次の敵がいないかとその階を進み始めた。
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