第103話 決戦の前に

 俺は納品を済ませて報酬の長杖を受け取っていた。


「おぉ……! いざ目の前にすると、中々……」


「わたしはもう杖を振らないので、大盤振る舞いです。大切にしてくださいね」


 実は依頼主だったネリーナから受け取ったのは、『ネリーナの鷹の杖』だ。杖の上部が鷹の形になっていて、その瞳部分には結晶が埋め込まれている。


 おとぼけキャラの入ったネリーナの杖だからと言って、侮るなかれ。この杖は恐ろしいことに、最後まで鍛えると名前表記が変化し『キルケーの杖』に変わるのだ。


 このキルケーというのはどうやら神話に出てきた魔女だそうで、杖でも珍しい伝説武器の一つとなる。


 伝説武器なのにしばらく発掘されなくて、『開発、実は実装忘れたか?』と危ぶまれたほど。


 ともかく、この杖は最終的に必要知識量80というやばい要求値と、それに見合った性能を持った長杖なのだ。


 ……次どのステータス分を注ぎ込むかね。要求ステ80は流石にカツカツなんだが。


「ありがとう! これ欲しかったんだよなぁ~。詠唱短縮登録ついてて今獲得できる杖、これくらいしかないし」


「はい? 詠唱たんしゅ……? 何の話でしょう」


「じゃ、また何かあれば依頼受け付けるからな!」


「あ、はい……ではまた」


 俺はホクホクでネリーナのいる玄関口を立ち去った。あとはアクセサリー系の装備品が揃ってくればいい感じだな。


「と、錬金術もしないと」


 俺は時間を確認して、まだ集合時間まで数時間あると確認する。錬金部屋いくか。


 大広間を通ると「おぉ、カスナー。今日も熱心だな」とか「せっかくだからちょっと議論に付き合ってけよ」と声をかけられる。


「少しならいいぜ。何話してんの?」


「最強の魔法議論」


「お前ら馬鹿だな~! 俺もそういうの大好き」


 思わず座ってしまう。


「状況は」


「変身魔法優勢。ピーキーな魔法だけど、変身魔法を使う有名な英雄が多すぎる」


「建国時の重力公と第一夫人とかえぐいだろ。ブラックホールって何だよ。時間凍結って何だよ」


「それはそう」


 そういや隠しダンジョンで残滓みたいなのと戦えたよな、とか思いながら、俺は言う。


「ってことは今の話じゃなくて歴史全部含めた話だな。なら俺はルーン魔法推すぞ。大ルーン技術が失われてない時代の大ルーンは、それこそ何でもできたと思うね」


「じゃあブラックホールと時間凍結を倒してみろよ」


 勝ち誇ったように言う学派員に、俺は言ってやった。


「ブラックホールにはホワイトホールぶつけて、時間凍結には時間解凍をぶつける」


「あー……確かに理論上不可能ではなかったらしいな、大ルーン。転移魔法なんか昔の大ルーン以外じゃ存在しないし、そういう意味では万能の魔法ではある」


「お前それずるくねーか? それが出来るなら何でも相殺すればいいじゃねーか」


 不満顔で言う学派員に、俺は肩をすくめた。


「だから、そういうことだよ。準備期間と発動威力で一番バランスがいいのがルーン魔法の大ルーンだ。総合的に見りゃ一番強い」


「お前がそう思うんなら」「あーあー聞こえないね! じゃあな!」


 皮肉を言われそうになったので、俺は言い逃げだ。「逃げやがった!」という声を背に早足で進み、それから錬金部屋に入る。


「よし、やるか」


 俺は錬金フラスコと、妖精袋に入った材料を全部机に並べた。


 錬金フラスコは、三人での冒険の隙間時間を見付けて更に収集したので、今は15個手にしている。材料も、そこまでの道のりで全部かき集めてきた。


「まずは魔力消費無効の秘薬だろ? 次に、魔法威力増強の秘薬に。あ、あと鷹の杖を限界まで鍛えとかなきゃならんか」


 俺は必要素材をより分けながら、錬金術の準備に取り掛かった。






 数時間錬金術に没頭していたら、錬金部屋に二人が来たようだった。


「ゴット! ゴットゴットゴットゴット! 何で集合場所忘れちゃったの?」


「フィーと二人で迷っちゃったよ。幸い近くの人が教えてくれたから見付けられたけど」


「あ、ごめん。夢中になってた」


 俺はちょうど最後の錬金フラスコに材料を入れ終えたところで、コルクで封をして妖精袋に収めた。フェリシーが腹の辺りに抱き着いてくるので、ピンクの髪を撫でておく。


「今日はどこ行く? フェリシーちゃんね、可愛いところ行きたい!」


「そうか。ちなみに今日は怖いところに行くぞ」


「ヤダー!」


 ヤダヤダと抵抗するフェリシーを撫でまくって黙らせ、俺はシュゼットを見る。


 シュゼットは昨日のことを思い出したのか、ちょっと顔を赤くしてそっぽを向いた。後悔するなら媚薬なんか一気飲みするんじゃないよ。


「じゃ、行くか」


「しゅっぱーつ!」「ん、おっけー」


 俺を除く二人も、すでに準備が終わっているようだった。俺が最後に軽く錬金部屋を片づけたので、後顧の憂いなく部屋を出られた。


 三人で適当なことを話しながら進む。向かう先は大図書学派の本拠地、アレクサンドル研究院の―――入口だ。


「? ゴット、そっち奥じゃないよ?」


「ああ、こっちでいいんだ」


 俺が言うと「あ、ってことはまたここに来た時みたいに?」とフェリシーが目を輝かせる。「フィー、良い勘してるじゃ~ん」とシュゼットがフェリシーをくすぐった。


「あははははっ、シュー、くすぐったい~」「ほれほれ~。フィーはお腹が弱いもんね~」


 じゃれる二人に俺は微笑ましく思いつつ、研究院の入り口に至る。先ほど依頼達成報告した時までは起きていたネリーナが「すぴー……」と寝ているのを横目に、外に出た。


 俺は大門を出て、振り返る。フェリシーが「アレ? 大図書館側に戻らないの?」と首を傾げる。


「ま、見てな」


 俺は大門に手を翳す。それから、言った。


「開けゴマ、っと」


 俺が言った途端、大門の文様に黄色の光が走った。ウィン、と電子っぽい音を立てて俺の前に光の文様が出てきたから、俺はそれに触れる。


 ゲームでは、確かいくらか別のイベントを進めてやっと得られる、カギとなる光の位置。だが俺はそれを覚えているので、すっ飛ばして入力する。


 入力を終えると、光は色を青く変化した。大門に戻っていき、全体に光が走る。


 大門が、開いた。


 今まで入っていたアレクサンドル研究院ではない、薄暗い道が前に現れる。「別の道にも繋がってるんだ……」とフェリシーが言い、「わー行きたくなーい」とシュゼットが渋る。


「さて、今のうちに、二人に話しておかなきゃな」


 俺が振り替えると、二人はキョトンと首を傾げる。


「どうしたの、ゴット。改まっちゃってさ」


「いや、何のことはない。俺の想定通りなら、そう大きな脅威じゃない。けど、心構えってのは必要だろう?」


 俺はフェリシーに向かう。


「これから行く先で、フェリシーを狙う奴がいる」


「……えっ?」


「大図書学派長、クローディア・マクファーレン。奴はずっと前から、フェリシーの存在に勘付いて調べていた。で、今回大図書学派入りした俺たちに、手掛かりがあると見た」


 俺の言葉に、フェリシーがパチパチとまばたきをする。シュゼットは奇妙そうな顔で俺を見る。


「えっと、え? アタシもフィーのことを知ってるからこそ、なんていうか、信じられない気持の方が勝つんだけど」


「俺も意味わからん。が、脅威はともかく頭の良さは確かな奴でな。ゲームではそう苦戦した記憶がないから勝てはするが、ちょっと気味が悪い」


「……そうだね。アタシも別口で戦って勝ったことあるけど、フィーを把握してるってのは、気持ち悪い」


 俺とシュゼットが揃ってフェリシーを見る。フェリシーはまばたきしながら、俺たちを見返す。


「だから、俺はこの機に危険分子として釣って、今回で潰すつもりだ。フェリシーは怖ければ来なくてもいい。俺とシュゼットで十分対処できるつもりだ」


 俺は中腰になり、フェリシーに目線を合わせる。


「どうする?」


 フェリシーは言った。


「あの人は怖くないよ?」


「……ん?」


「えっとね? んーと、説明が難しいんだけどね?」


 フェリシーは頭をひねりながら、足らない言葉で説明しようとする。


「フェリシーちゃんは無敵でしょ?」


「たまに言ってるな」


「この無敵って、盾と矛なの」


「うん。うん?」


 フェリシーは眉根を寄せて、難しい顔で続ける。


「盾はね? 『知られないこと』。フェリシーちゃんのことを誰も知らない。知らないから狙えない。狙えないからフェリシーちゃんは無敵。だから、盾」


 でね? とフェリシーは俺を見る。


「矛は、『知られること』なの。あの人は、フェリシーちゃんを知ってる。そろそろフェリシーちゃんのことも見えるようになるころだと思う。だから、怖くないよ?」


 俺とシュゼットは、その説明に異質なものを感じ取る。知られないことは盾。知られることは矛。俺は、思う。


 フェリシーを知ると、どうなるというのか。


「ゴット、シュー、行こ? あの人のことはどうでもいいけど、仲間外れは嫌だもん!」


 俺とシュゼットの手を取って、フェリシーは真っ先に暗がりに足を踏み入れた。俺はシュゼットと目配せし合ってから、フェリシーという甘えん坊の少女に思いをはせる。

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