第102話 過去一番の苦闘
ゲームでは、杖という装備品は装備できても二つまでだ。
つまり、右手と左手ということ。装備した分ステータス上の魔法攻撃力が上がるが、攻撃力に直接加算されるのはあくまで魔法を発動した方の杖だけだ。
だから、杖をたくさん持っていても、威力が上がるとかそういう恩恵は発生しない。杖はいわばドルイドの魔法使いにとっての銃のようなもので、魔法の発生元でしかないのだ。
だが、俺はそれを見て、逆にこう考えていた。
―――つまり、魔法の発生元ではあるのだな? と。
俺は、八つ持っていた短杖の内、七本を空中に投げる。
握りなおすは残る一本の杖。スノウに買ってもらった楓の短杖を固く握りしめ、俺は詠唱する。
「柔らかく包むは浮遊する風の加護。七つの杖の衛星を支える、土台たる風なり」
手元の杖から風が流れる。それは渦を巻いて小さな竜巻と化し、俺の放り投げた七つの杖を宙に吹かせる。
続いて、俺はさらに詠唱を重ねる。
「浮遊の風は我が意のままに走りたり。すなわち浮遊する風こそ我が真なる腕。七つの杖の衛星は、我が意のままに魔法を放つ」
杖が風に乗って飛び回る。その先を結晶ゴーレムに向けたまま衛星のように。結晶ゴーレムはその様子に戸惑うように左右を見回す。
「狙え」
俺は命を下す。
「四方八方より打ち砕くは小隕石。腕を狩り、足を狩り、胴を穿ち、頭を砕け」
俺は短杖を頭の上に構え、振り下ろした。
「―――斉射」
七つの杖から岩石弾が放たれる。一度に放たれたそれらは、俺の詠唱通りに結晶ゴーレムの腕を、足を、胴を、頭を打ち砕く。
「グォォオオオオ……」
鈍重な結晶ゴーレムは、一気にバランスを崩されて崩れ落ちた。俺にまとわりつくシュゼットに「トドメを頼む」と言うと、「はぁーい♡」と飛び出した。
【縮地】
下着姿で身軽となったシュゼットは、黒のツインテールをなびかせて瞬時に移動する。それからさらにルーンを発動させ、空中に跳び上がった。
それから一回転し、思い切り機構剣を振り下ろす。
【燕切り】
瓦礫の砕けるような音を立てて、シュゼットの機構剣が結晶ゴーレムの胴体を大きく抉る。周囲に大量の結晶が砕け散るので、俺は今のうちに「成果物成果物」と拾っておく。
「まだまだ行くよー♡」
【乱れ切り】
反撃できない結晶ゴーレムに、シュゼットはやたらめったら機構剣を叩き付ける。結晶ゴーレムは怯み、逃れようとして叩き潰され、瀕死になる。
「ゴット! トドメは一緒に♡」
「ああ、そのつもりだ」
俺は短杖を振りかざし、七つの杖をゴーレムの真上に集まるようにする。シュゼットは機構剣をさらに駆動させ、赤面で獰猛に笑った。
「厳格なる裁きを下せ、岩の七星」
「薙ぎ払えっ! デウスエクスマキナー!」
【小隕石】
【光波】
二重の攻撃を一度に受け、結晶ゴーレムは粉々に砕け散った。俺はその中から、「風よ、大英雄の耳を回収しろ」と杖を軽く振る。結晶に包まれた耳が俺の下に飛んでくる。
「ふぅ……、これでやることはすべて終わっ、ぐ……!?」
無理やり意識を戦闘に集中させた反動で、抑え込んでいた欲望が鎌首をもたげたのが分かった。俺は下腹部の圧倒的な存在感に視線を下ろし、それから顔を上げる。
視線の先には「はぁ、はぁ……♡」としきりに身をよぎらせながら俺を凝視するシュゼットが立っている。そこで、俺は気づくのだ。
―――戦いはまだ終わっていない! むしろここからが始まりだッ!
俺は杖を振るう。
「七星集まりて魔力の盾をなせ!」
シュゼットが剣をなぞる。
【縮地】【燕切り】
一瞬で肉薄してきたシュゼットが、俺の真上から燕切りを振り下ろしてくる。対する俺は、七つの杖を集めて陣を作り、魔法の盾を形成した。
ギリギリと俺の盾とシュゼットの機構剣が鍔迫り合う。至近距離で整ったシュゼットの顔が、俺に夢中という表情で見つめてくる。
「ゴット♡ ゴット♡ ごめんね♡ もうね♡ 我慢できない♡」
「クソッ! 俺がどんな思いで耐えてるかも知らない、でッ!?」
シュゼットはその瞬間、機構剣を手放し俺の隙を突いた。俺は懸命に押し返していた負荷を失って、魔法の盾ごと前に倒れ込む。
「捕まえた♡」
その、盾と俺の間の出来た隙間に、シュゼットは潜り込んできた。俺はハッとする。そもそも相手を叩きのめせば勝ちという戦闘ではない以上、武器にこだわる愚かさに気付く。
そうして、図らずしも俺はシュゼットを押し倒す体勢となった。マズイッ、と気付いた時にはもう遅い。シュゼットは俺の首に手を回している。
「ね……ゴット。アタシ、知ってるよ? 他の皆とは、キス、したんだよね……?」
シュゼットは一転して、火照った顔のままに寂しそうな顔をする。
「アタシにも、して欲しいな……。一人だけ仲間外れは、寂しいよ……」
シュゼットの瞳に、涙がにじむ。赤面も相まって、シュゼットがひどく寂しそうで、悲しそうで、愛らしく見えた。
「……」
俺はそれがシュゼットの策略であると知りながら、その唇に自らのそれを合わせた。軽く触れるようなそれ。俺が顔を上げると、シュゼットは涙をつうと流しながら、俺を見上げる。
「嬉しい、ゴット……♡ もっと、もっと欲しい……」
今度はシュゼットが俺の頭を捕まえてキスをさせた。俺は密着の中でシュゼットの人肌の熱さを知る。柔らかさを。汗の湿りを知る。
シュゼットの舌が、俺の口から割り行ってくる。俺もここまでの我慢で理性が壊れ、それに応えてしまう。
舌の絡み合いは、それこそ筆舌に尽くしがたい。自らの体の最も柔らかい部分同士で触れ合い、呼吸を共有し、唾液を交わし、溶け合うようになる。
息苦しくなって、「ぷは」と口を話す。地面にツインテールを広げ、豊満な双丘を揺らし、顔を真っ赤にしてシュゼットは俺を見上げている。
俺は熱と欲望に浮かされた頭で、触れたいと思う。理性はとうになく、ただシュゼットが欲しくなる。
だがもう一度シュゼットにキスをしようとしたところで、その表情にごく僅かな怯えの色が見て取れて、俺は止まった。
俺は理性を取り戻し、言う。
「シュゼット……お前、この土壇場になって媚薬が切れたな?」
「ッ!? そっ、そそそそ、そんなことないけどっ!?」
受け答えが完全に理性を取り戻したそれで、俺は「はぁ~……」とため息をついて起き上がった。それから大図書学派のローブを脱いで、「着ろ」とシュゼットに投げ渡す。
「この期に及んでお前……。いや、いい。助かったんだから何も言わん。言わんが、あーあ! マジ。マジ!」
「あ、アタシは別に、このまま勢いで最後まで行っても良かった、のに」
強がり半分、怒り半分でシュゼットは訴えてくる。俺はそれにキッと睨み返しながら、シュゼットに言った。
「なぁシュゼット。お前俺が最後まで行かない理由、ヘタレてるだけだと思ってるだろ」
「え? ……違うの?」
「違うわ! ヘタレてるだけなら興が乗ってたついさっきに、シュゼットの正気が戻ったの無視して最後まで行ってるだろ!」
「……それは、確かにそうだけど」
俺はため息をつきながら頭を掻き、「いいか?」とシュゼットに言う。
「俺、スノウと婚約しただろ。で、そのまま全部うまくいけば皇帝。行かなくてもスノウを正妻に迎えれば公爵身分で成り上がれる。この身分が大事でさ」
俺は不機嫌交じりに説明を続ける。
「当たり前だが、貴族社会ってのは身分があればうまく回る。スノウが正妻に収まってれば、他の皆を側室なんて苦労せずに成し遂げられる。これが多分一番丸いだろ?」
「まー……そうだね。今更みんな、自分一人だけを、なんてことは考えてないし」
「俺も選ばれなかった誰かを思うと胸が苦しくなるから、うまくそこまで持っていくつもりだ。で、ここで仮定の話。もし俺が正式な結婚前に、子供が出来たらどうする」
そこでシュゼットは、ピンと来たらしかった。
「……色々とご破算になるね」
「そういうこと」
現代日本と違って、貴族は婚前交渉を嫌うのだ。婚約していようが、結婚前は貞淑であれ、ということになっている。
俺は続けた。
「これは全員の話だぞ。スノウ相手でも婚前交渉で子供が出来たら、多分ヤンナとの婚約がご破算になる」
「マズいね」
「マズいだろ」
何するか分からない。
「つまりだ。俺はみんなを幸せにするためにも、そう簡単に理性を手放すことはできないってこと」
俺がそういうと、「ほえー……」とシュゼットは間抜けな声を漏らす。
「思ったよりちゃんと将来のこと考えてるんだね、ゴット。……アタシは、どうせ今回も周回が始まると思ってたから、あんまり考えてなかったや」
俺はそれを聞いて、口を閉ざす。思い出すのは創造主のことだ。創造主との話で、シュゼットはさらに大きく謎めいた。
だが、今は時期ではない。創造主の呼びかけに応じる形で、きっと俺はシュゼットを撒き戻る時間の檻から助けることになるだろう。その時に、将来の話をすればいい。
「ともかく、だ」
俺は結論付ける。
「イチャイチャするくらいならいつでも付き合うから、媚薬みたいな強引な真似はやめろ。みんな可愛いんだし、俺もその、皆のこと好きなんだから、あんまり焦るなよ」
「……ゴット、アタシのことも、好きなの?」
「……もう言った」
俺は杖をしまってスタスタと歩き出す。後ろから「あっ、ちょっと待ってよゴット~! もう一回! もう一回好きって言って!」とシュゼットが追いかけてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます