第106話 瞳の悪魔、シアエガ

 俺の両手大槌の振り下ろしは、巨大なシアエガにとっても痛いものだったらしい。


 ちょっとした屋敷ほどもあるシアエガは、俺の叩き付けを食らって奇妙な悲鳴を上げた。触手が俺たちを掴もうと迫ってくるが、遅れて降りてくるシュゼットの援護が光る。


【七転八裂】


 瞬時に移動しながら、俺たちを守るように、シュゼットの剣閃が触手のすべてを切り払った。「やるな」と言うと「今のゴットの一撃には負けるよ」と言い返してくる。


 見下ろすと、シアエガは俺の一撃が相当に痛かったものと見えて、涙をにじませながら、巨大な瞳で俺だけを凝視していた。


 それもそのはず。この装備は装備セットだ。人間を相手取るには強すぎ、化け物でも余りある。


 まったく、怪物にまで恐れられるとは、勇者の装備セットも誇らしかろう。


 だがシアエガ。お前はまだ、勇者の一撃の中でも、もっとも軽いものしか知らないんだぜ。


「フェリシー、離れてくれ。ぶちかます」


「う、うんっ!」


「フェリシーはアタシの背中に居ると安全だよ~」


 シュゼットがフェリシーを回収するのを確認して、俺はニィィと笑う。


 まずは、忘れていた首に纏うアクセサリーに触れていく。大猿の呪指に触れ、蟲毒のペンダントに触れ、ルーンをなぞる。


 行くぞ、シアエガ。


【決意の一撃】【燕切り】


 俺は飛び上がり、空中で一回転して、大槌を思い切りシアエガの巨大な瞳に叩きつけた。シアエガは奇妙な悲鳴を上げながらもだえ苦しみ、再び無数の触手を俺たちに伸ばしてくる。


【七転八裂】


 だが瞬時に剣閃と共に駆け巡るシュゼットのお蔭で、俺に届く前に触手が切り落とされていく。完全にハメ状態だ。


 シアエガはもだえ苦しみ、身をよじって俺たちを振り落とそうとする。だが無駄だ。俺はシアエガの瞳の中心、瞳孔に忌み獣の大槌を突き入れる。


【決意の一撃】【頭蓋抜き】


 一方シュゼットも剣をシアエガの目にさしてぶら下がっている。この程度で振り落とされるほど、俺たちも素人ではないのだ。対処法は完全に頭に入っている。


 暴れまわって最下層の壁にドンドコぶつかりまくるシアエガ。すると途中で強烈な痛みが走ったように身震いした。俺は大槌にしがみつきながら「あ、今猛毒入った」と呟く。


 シアエガの瞳の周り、まぶたの隙間から大量の血が吹き出す。シュゼットたちはルーンを使って素早く動いて回避するが、俺はもろにかぶって血まみれだ。鉄臭い。


「うわぁ……ねね、ゴットさ、水の魔法とかで体洗ったげよっか?」


「装備変更すれば血ごとキレイになるから大丈夫」


「え、そうなの? 便利~」


「う、うぅ……血まみれ……でもゴットの腹筋には触りたい……」


「思春期がよ」


 シュゼットの疑問に答え、フェリシーの欲望をあしらう。シアエガは明らかに弱っていて、猛毒も入り、瀕死もいいところだ。


「さぁて、じゃあ最後と行くかね」


 俺は大槌を瞳孔の中から力づくで抜いて、地面に着地した。追ってシュゼット、フェリシーペアも着地する。


「装備セット、魔法使い」


 俺は再び装備を変更し、まみれた血ごと勇者装備を風化させ、魔法使い、大図書学派のローブに身を包む。


「最後だし、一発撃っとくか」


 俺は錬金フラスコを一つ取り出して、一気にのみ下した。シュゼットが「え!? 媚薬!?」と動揺するが、「そんな訳ないだろ」と冷静に俺は否定する。


「今飲んだのは、一定時間魔力消費をなくす秘薬だ。そして、今から撃つのは、ロマンの塊ってね」


 俺はキルケーの杖前に構えて、息を吸う。


「神々よ、我が意に応えよ。我が求むは巨大なる光線。放ち、貫き、滅ぼす一閃。すなわち神の裁きの光。悪を滅ぼす光を、我が杖より放ちたまえ!」


 俺の眼前に巨大な魔力のうねりが現れる。本来なら、一秒そこらで魔力を枯渇させるような大魔法。だが、魔力消費無効の秘薬を飲んだなら、燃費など関係ない。


 さぁ、穿て。


「裁きの光ィッ!」


 魔力のうねりが、閃光となって迸る。


 それは一筋の光だった。男のロマンが詰まった極太ビーム。魔法に憧れる者は、全員一度はこれに憧れているというような一撃。


 本来長時間放たれるはずのない浪漫砲は、しかしシアエガを十数秒に至ってまで貫き続けた。シアエガは触れた端から神に浄化され、塗りつぶされ、最後には何も残さず消えた。


 秘薬の効果が終わり、俺は魔力が減る前に杖を下した。裁きの光がか細くなって消えていく。光が消え、周囲に暗がりが戻る。「ふぅ」と俺は一息ついた。


「あー、やっぱ浪漫砲撃つの気持ちいい~」


「……派手にやったねぇ」


 シュゼットは、この研究監獄に開いた大穴を見つめ、冷や汗と共に言った。フェリシーは「すごーい! カッコイイー!」とピョンピョン飛び跳ねている。


「だろ~? フェリシーは前々から思ってたけど、男の趣味が分かるな」


「可愛いのも好きだけど、カッコイイのも好き!」


「好きが広いのは良いことだ」


 抱き着いてきたフェリシーの頭を撫でる。フェリシーは「筋肉……」と消えた筋肉に思いを馳せている。


「あとは、最下層横の管理研究室だけ?」


「そうだな。本来ならそこで報酬拾って帰るだけなんだが」


 俺の警戒に気付いてか「別に何もないと思うけど……」とシュゼットが苦笑する。「ま、一応な」と言いつつ、俺は管理研究室へと足を向けた。


 扉に鍵がかかっていたので一瞬勇者装備に戻って大槌で破壊する。「鍵とか実は要らなかったでしょ」と言われるのをスルーしつつ魔法使い装備で足を踏み入れると、奴はいた。


「素晴らしいッ! 素晴らしいわッ!」


 俺たちの戦いを監視カメラで見ていたらしく、薄暗い部屋で、映し出されるディスプレイにかぶりついている。


「この瞬時に着替えるのは魔法よねッ? これだけのカスタマイズ性があるのは、ルーン魔法。それも大ルーンね!? ああ、まさか学生が大ルーンを解読しているなんて!」


 シュゼットが目を丸くして俺を見て「そうなの?」と言う。ついにバレたか、と思いながら、渋い顔で俺は頷く。


「それに殴打で苦しめていたのは、勇者にまつわる呪いだわッ! 末裔は否定していたけれど、やっぱり呪いがベースなのね!? ああ、得られる知見が多すぎるわっ!」


 嬉しい悲鳴、とばかり叫びながら、奴は杖を振る。すると紙の上でペンが踊り、奴の思う通りに文字が記述されていく。


「ああ、本当に、この機をうまく活用して良かった……。でも、まだ。まだまだまだまだ。まだ、知り足りないわ。わたくしの好奇心は、まだ満足できないッ!」


 ぐるり、と奴は俺たちに振り替える。眼鏡をかけたエルフ。だが、今の奴は知識欲の怪物だ。


 大図書学派・学派長、クローディア・マクファーレン。


 奴は、ニタリと笑って言う。


「勇者様、あなたはとても興味深い人。でも底が見えてしまったわ。わたくしはやっぱり、秘密の女王について知りたいの」


 ねぇ、教えてくれる? そう言いながら、クローディアは立ち上がった。

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