第44話 激闘の後日談

 後日、心配しているみんなに、一段落したので話をしようとスノウのお茶会を訪れると、全員そこに揃っていた。


 何故かシュテファンも。


「おーう! 来たな!」


「何であなたが言うんですか。あなたゴットに負けたのでしょう」


「ゴット様を痛めつける云々言った方が代表面するのはどうかと思いますが」


「フェリシーちゃんこの人嫌い」


 ものすごい嫌われ様である。だがシュテファンは全くと言っていいほど気にせず、「まぁまぁまぁまぁ」と言いながら立ち上がった。


「いやぁ前は完敗だったぜ。オレ、すっかりお前に惚れ込んだよゴット! これからよろしくな!」


「お、おう。ここまで好感度反転してると一周回って怖さがあるんだが」


「何だよ~。純度百パーセントの好意だぞこれは~!」


 メチャクチャ明るい。何だこいつ、敗北者とは思えんぞ。っていうかいつの間にか下の名前で呼ばれてるし。


 とはいえ、細かいことを言っていてはどうにもならない。俺は席に着き、みんなの顔を見まわした。


「えーっと。ひとまず、中途半端に情報が伝わって、心配かけたってのだけ聞いてる。まずはそれだけごめんな。で、詳しく話をしていこうかと思うんだが」


 俺はジロ、とシュテファンのことを睨む。


「その過程で、今回色々引っ掻き回してくれたこいつの悪行も赤裸々に語ってもらおうと思うので、覚悟しとけよ」


「了解!」


 自白する立場の人間のテンションとは思えない。


 ということで、俺は一通り今回の事件について語っていく。俺が呪われたこと。対策していたら偶然不審な点を見つけ、そこからシュテファンだと気付いたと言う話。そして激闘があったこと。


 流れを話し終えて、スノウは言った。


「え? 完全に敵ですし犯罪者ですよね? 何でここに居るんですか?」


「オレ、ゴットにボコされて仲間になったんだよ」


「いやそのテンションで全部押し通せると思ったら大間違いですからね? えぇ? むしろ何でここまで堂々とできるんですか?」


 珍しく正面からまともなことをいうスノウに、シュテファンは「姫様ってこんなに頭良かったっけ?」と耳打ちしてくる。俺も同じこと思ってたけどお前。


「っていうか、私の派閥を解散させたのにも一役買ったって本当ですか? 何のために?」


「え? そういややったことなかったなって」


「……」


 スノウは無言でドン引きしている。そこで次に質問をしたのはヤンナだ。


「そ、それで言えば、ヤンナの件についても教えてください。入学当初、今思い返しても、あなたと一緒に歩いていたことに違和感がぬぐえないんです」


「え? ああアレ? アレは普通に仲良くなる過程とかどうでもよかったからな。意識がもうろうとする植物の匂いを嗅がせて、一緒に歩きたくないか? って誘導したんだ」


「……!? じゃ、じゃあ、ゴット様から離れろ、というメッセージは」


「ああ、一応気遣い的な? 今回殺す予定なかったから、巻き添えで死なせたら可哀そっかなって。それで言うこと聞かない分にはオレのせいじゃないし」


「……!」


 ヤンナは言葉も出ないほどの怒りで震えている。


 その悪びれない悪事語りに、全員が顔を蒼白にしてシュテファンを見ていた。


 だが悲しいかな、俺だけはその気持ちが分かってしまうのだ。すべてをやり尽くしかけている人間は、本当に「やっていないから」だけでどんな悪行をもやってしまう。


 ……あるんだよな。そういう派閥が。つまり、サバトの魔女たちが。


 アレ、所属できるのだ。あそこに所属すると、割と普通に学院の半分近くを殺すことになるから、一回やると本当に「一回やってみるか」の軽い気持ちでジェノサイド出来るようになる。ソースは俺。いややってないけどね。


 しかしそんな思考回路を、一回きりの人生を歩む人間には理解できない。スノウが、とうとうブチギレる。


「いい加減になさい! あなたは次期皇帝になりうるゴットを殺そうとしたのですよ! 他のそれこれは流言でしかありませんが、これだけは十分に犯罪に該当します!」


 スノウが俺のために激怒している姿は、こう言っては何だが、ちょっと感動するところがあった。スノウって基本ドジやって涙目になっているようなキャラなので、ちょっとこう、クルものがある。


 しかしシュテファンは馬耳東風だ。


「言いたいことは分かる。通報すればオレはお尋ね者だろう。けど、そうしないことをオススメするぜ。そんなことをするくらいなら、オレがゴットに執着している間に首輪を掛けて、飼い慣らした方がいい」


 不敵に微笑みながら言うシュテファンに、スノウは口をつぐむ。一方噛みつくのはヤンナだ。


「それは、何故なのでしょうか?」


「何のことはない。だよ。今のオレは帝国のことを知り尽くしているし、軍と戦っても勝てる自信がある。オレに勝てるのなんかゴットだけだ。オレを通報するなんて、唯一手綱を握れるゴットから引き離すだけだぜ」


「何を言っているのか、ヤンナには分かりかねま―――」


 そこで、俺は口を挟む。


「ヤンナ、それにみんな。シュテファンが言ってることは事実だ。今のシュテファンは、本当に俺以外には勝てない。俺だって手の内を把握してたから勝てたようなもんだ。次もう一度、自由に準備して戦えって言われて勝てる自信はない」


「え……そんな、でも、だって」


 食い下がるヤンナに、俺は証拠を見せることにする。


「シュテファン、学生証見せろ」


「ん? ああ、分かった」


 シュテファンは、実に素直に、懐から学生証を取り出した。机に投げ出す。そして全員が、息をのむのだ。


―――――――――――――――――――


シュテファン・ジンガレッティ・コウトニーク


Lv.521

生命力:100

精神力:200

持久力:50

筋肉量:50

敏捷性:50

知識量:50

信仰心:50

神秘性:50


特筆事項:十周目


―――――――――――――――――――


「……ご、ごひゃ……っ?」とフェリシー。


「こ、こんな数字、見たことありません。お姉様ですら……!」とスノウ。


「い、意味が……」とヤンナ。


 俺は、説明を続ける。


「とまぁ、こういうことなんだよ。魔王は当然倒してるし、多分挑める強敵は全員倒してる。帝国すべてを網羅しているわけではないにしろ、ほとんどの場所は行ってるしどこに何があるのかも分かってる。だろ?」


「へへ、オレのことそんなに分かってくれるなんて、嬉しいぜ……」


 気色悪いこと言うな。


「ま、そんな訳だから」


 シュテファンが、話を総括する。


「オレを警邏につきだす、みたいなことは無駄だからやめて欲しいんだよ。そうしたらオレは帝国を敵に回す形で暴れなきゃいけないし、ゴットの近くに居るのも幾分か難しくなる」


 シュテファンの話に、スノウはひどい渋面を作って考える。ヤンナも、かなり悩みどころ、という表情だ。


 そこで不意に、フェリシーが妙なことを言った。


「……シュー。そんなにゴットのこと、好きなの?」


「ん? シューってオレのことか? ああ、好きだぜ! すっかり惚れ込んじまった」


 言いながら、俺の肩を組んでくる。いやに距離が近い。


「それって、友達として?」


「……フェリシー。変な質問するなよ」「いや? 異性として」


 ドン引いた。


「え? え、何だよ。そんなあからさまに引かれたら傷つくじゃんか……」


 今までのどこ吹く風な雰囲気をなくし、ゴットは物理的に距離を取る俺を見て、悲しそうに眉を垂れさせる。


 一方、普段通りでいられないのは俺だ。冷や汗をダラダラかきながら、どうにか宥めようと言葉をかけた。


「い、いや、ゴメン。本当にごめんなんだけど、俺そっちの趣味無くて」


「え? そっち? そっちって何だよ。女が男のこと好きになるのは普通だろ?」


「いやいやいや! 俺は男だし、お前も男だろ!」


 何を言ってるんだ、という風に俺が言うと、シュテファンは「ああ!」と納得したように頷いた。


「そうか! オレ、今


「……は?」


「了解! 何か話ズレてんなって思ったんだよ。ちょっと行ってくる!」


 言うが早いか、シュテファンは立ち去った。「一体何なんですか……?」と怪訝そうにスノウが言う。俺もその行動の意味が理解できない。


 そう思っていたら、俺は、とある一つの可能性に思い至ってしまった。


「……ゴット? お顔、真っ青だよ?」


「あ、本当です。どうされたのですか、ゴット様……?」


 フェリシーとヤンナが心配してくる中、俺は「い、いや、そんな、そんなまさか」と呟く。だが、俺はその予想が的中するだろうということを、半ば確信していた。


 シュテファンが消えた物陰から、黒髪をツインテールにした女の子が現れる。俺は言葉にならない思いで、無言の叫びを上げた。


 女の子が、ダッシュでこちらに。そして俺に言うのだ。


「これで良いでしょ、ゴット! シュテファン改め、シュゼットだよ!」


「良くねぇよぉ……!」


 女性陣全員が目を丸くし、俺だけが顔を両手で覆っていた。


 そんな場の混乱も知らん顔で、シュテファン―――改めシュゼットが、俺に思い切り抱き着いてくる。


「そっかそっか! ごめんね! 男に馴れ馴れしくされてもなってところだったよね! も周回のタイミングで男だったり女だったり適当に切り替えてるから、そう言う感覚がちょっと曖昧で」


 ―――そう。この世界は、本当にブレイドルーンというゲームと同じ法則、同じデータの下に動いている。


 例えば、知っている状態でなければ出会えないから、転生後初めて遭遇するフェリシー。例えば、


 つまり、そういうことなのだ。ゲームで選べる以上、この主人公シュテファン/シュゼットは、任意で自分の性別も、名前も、外見も、変えられる存在なのだ。


 ……まさか過ぎるだろ。アレだけはゲームの仕様だと思うじゃん。同一人物でTSしたい放題は予想外過ぎる。


 しかしそれに、俺以外のみんなは激しく首を横に振る。


「い、いやいやいやいやいやいや! 待ってください! 待ってくださいよ! えぇ!? だっ、誰ですか!? ものすごい既視感あるお顔ですけれど、誰ですかあなたは! というかシュテファンさんは!?」


「そっ、そうですよ! それに、何でゴット様にいきなり親しげに抱き着いてるんですか! 離れてください!」


「……世の中、不思議いっぱい……」


 俺はシュゼットに抱きしめられて、女の子の柔らかさをいっぱいに感じてしまう。先ほど肩を組まれた時に香った男の臭いはどこへやら。若々しいの女の子に匂いが俺を包み込む。


「シュ、シュゼット。頼む、放してくれ。脳が、脳がバグる」


「え~~~~! ヤーダー! へへ、どう? 結構可愛いでしょ。男に抱き着かれるよりはいい気分じゃない?」


 にひ、と笑いかけてくる。その笑みがメチャクチャ可愛くて、俺は叫んだ。


「いい気分になるからバグるんだよ!」


「じゃあいい気分ってことじゃん! なぁにぃ~? 一応一周目はシュゼットだったし、元々の性別云々でダメってことはないと思うよ? 途中で一回男が挟まっただけで」


「いいから離れなさい!」「そうですよ離れてください!」「むー! フェリシーもゴットにぎゅってする!」


 そして三人娘が実力行使に出るので、事態は混沌を極め始める。美少女四人にもみくちゃにされ、かと言って事態を鎮めることも出来ず、俺は静かに静かに、目を閉じた。
















―――――――――――――――――――――――


いつも評価、応援コメント、ありがとうございます!

引き続きお楽しみください!

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