第118話 今日はたんと甘々に

 俺とフェリシーが身支度して食堂に行くと、とっくにガラガラになっていた。


 時間は昼過ぎ。むしろまだ営業しているだけありがたい、という時間帯だ。俺はフェリシーの分まで頼んで受け取って、目立たないように隅っこの席に座る。


「フェリシーちゃんは~、ゴットの隣!」


 俺の左隣に座ったフェリシーは、俺を見上げて「えへ」と悪戯っぽく笑う。俺はいちいち可愛い奴だなと思いながら、フェリシーの頬をムニムニと挟んだ。


「あはははっ。ゴット~、も~!」


 終始楽しそうにして、フェリシーは声を上げる。フェリシーと二人の時に気を付けることは、俺は常に口を閉ざすか小声で居ることだ。じゃないと頭がおかしい扱いをされる。


 ……いや、今は間違いなくおかしくなってるんだが。


 それはそれ。俺は何日ぶりかの食事を前に、手を合わせた。


「いただきます」


「いただきまーす」


 久々の食事に、いきなり肉という気分にはなれなくて、俺はオートミールのリゾット風の食事だ。フェリシーは本人指定でケーキ。ケーキで一食なんだから女子ってすごいよな。


 リゾットを口に運ぶ。栄養満点だが水分が多いリゾットは、噛めば噛むほど体が喜んでいる感覚があった。飲み下す。息を吹き返すような気持で、息を吐く。


 俺はガツガツと掻き込みたくなりつつも、堪えてちゃんと咀嚼してのみ下した。まだ胃は弱っているという感覚が、リゾットを飲み込む度にある。掻き込めば吐いてしまうだろう。


 ゆっくり、ゆっくりと食べる。息を吐き、水を飲み、ゆっくりと。俺の身体の底の、崩れかけた土台。それが、直っていく感じがする。


 そうしていると、フェリシーが俺のリゾットをスプーンですくった。


「ん? フェリシーも食べたいのか?」


「ううん、違くてね?」


 ニコニコで、フェリシーはスプーンを俺に向けてくる。


「はい、あーん」


「……」


 フェリシーは満面の笑みを浮かべている。恥ずかしいからと言って拒否すれば、すぐに曇ってしまうだろう。俺は心を固める。


「あ、あーん」


「あーんっ。えへへ~。おいしい? ゴット」


「……うん、おいしいよ」


「えへ」


 フェリシーはニコニコだ。俺は咀嚼しながら、これマズいな、フェリシーが可愛すぎるな、と内心身悶えしている。


「ゴット! ゴットもフェリシーちゃんに、あーん」


「俺にだって羞恥心はあるぞ」


「するのー! 今日は甘やかしてくれる約束!」


「仕方ないな……」


 俺はケーキをフォークで刺して「あーん」とフェリシーに差し出した。「あーんっ。ん~!」とフェリシーは頬を手で挟んで嬉しそうだ。


「ゴットにあーんしてもらったから、さっきよりおいしい!」


「……はは、そうかい。そりゃ何よりだ」


「むー、本当だよ!」


「はいはい」


 俺はむくれるフェリシーを受け流しながら、何だこの天使は、と思う。


 いやマズいわ。フェリシーの一日甘やかし舐めてた。塊単位で砂糖吐きそう。


「ゴット! 次はフェリシーちゃんのケーキ食べさせてあげる! はい、あーん」


「あーん……」


 俺はフェリシーから差し出されたケーキを頬張り、甘い、と目を細める。











 食事をとった俺たちは、夕食分も弁当として包んでもらって、自室に戻った。


 この数日ろくに体を動かさなかったのが祟って、かなり貧弱になっている。少し動いただけで呼吸を乱す始末だ。部屋をたどり着いて、ベッドにへたり込んでしまったほど。


 俺は弁当を机に置いて、ベッドの上で体を広げる。フェリシーがその横から、俺の腕を枕にする位置に寝転ぶ。それから俺を見て、にへ、とふやけた笑みを浮かべるのだ。


「今日、楽しいね。ゴット、本当にフェリシーちゃんのこと甘やかしてくれてる」


「そりゃ、約束だからな」


「添い寝したでしょー? あーんもしたしー、あとしたいのはえっとー」


「無理のない範囲でなー」


「ぎゅーって抱きしめてもらうのとー、ちゅっちゅ地獄とー、一緒にお風呂!」


「えっ、ここからボルテージ上げてくの?」


 俺今までのそれこれ結構限界スレスレだと思ってたんだけど。フェリシーには助走だったってこと? レベチじゃんやば。


 俺は正気に戻ってフェリシーを見る。フェリシーは目を細めて、うっとりと俺に手を伸ばす。


「ゴット……ぎゅって、して?」


「……甘えん坊め」


「んふふっ、フェリシーちゃんは無敵だもん」


 このくらいはまだ、というギリギリラインだったのもあって、俺はフェリシーを抱き寄せた。両手で抱きしめて、改めて感じる体の華奢さ。力を込め過ぎれば、折れてしまいそうな。


「もっと、強く」


 フェリシーに言われて、俺はもう少し力を籠める。「んっ……」と少しフェリシーは苦しそうな声を上げる。それに力を弱めると「強く」と言われ、また力を籠める。


 少し強めの力で、俺はフェリシーを抱きしめる。フェリシーは目を瞑って、静かに息をしている。俺の胸板に、僅かに柔らかさと、その奥の鼓動が感じられる。


「ぎゅーってされるの、好き……。少し息苦しくて、それがね、ゴットに求められてる感じがして……」


 ゴット、とフェリシーは言って、俺の口に自らの唇を重ねた。触れるようなキス。それを、何度も繰り返す。


 フェリシーのキスは、甘かった。先ほど食べたケーキの味。フェリシー自身が、ケーキのような女の子で、甘くて、愛おしくて。


 薄暗い部屋の中、何度も、何度も、キスをする。唇の柔らかさ、甘い体臭、腕の中にすっぽり収まってしまう体躯。すべてが、俺の物になろうとしている。


 ぷは、と軽い息を吐いて、フェリシーは俺から顔を離す。それから、「ゴット」と読んでくる。


「ゴットからも、キス、して欲しい……。そのまま、食べちゃいたいなら、食べちゃってもいいよ……?」


「……食べるって」


「えへ。……キス、して?」


「……」


 俺は一つキスをする。それから、言った。


「俺は、フェリシーを大事にしたい。だから、まだそういうことはしない。するとしたら―――俺が、皇帝の座を確約してからだ」


「……いじわる。じゃあフェリシーちゃんが、ゴットをその気にさせちゃうから」


「思春期娘め」


「フェリシーちゃんは、無敵なの」


 悪戯っぽく言って、フェリシーは俺の首筋に口をつけた。 

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