第68話 お忍びデートは敵本拠地の中で

 今日はちょっと装いを変えて、高級な服装を身にまとい、馬車に揺られていた。


 向かう先は、『勇者の末裔』派閥の本拠地だ。要するに、作戦決行日である。スノウとのデートの日と言い換えてもいい。


「ふふ、やっぱり二人きりというのはいいですね」


 正面には着飾ったスノウ。今日はフォーマルな装いだ。何故なら、今日は表向き、デートではなく視察という立場を取っているから。


「……正面からこう、好き好きアピールされると、やっぱ照れ臭いな」


 俺が表情の落ち着けどころを失って妙な顔をしていると、スノウは俺の手をそっと握って言う。


「好きなのですから、仕方がないでしょう?」


 俺はその上目遣いを正面から受け止めることが出来ず、視線を逸らして茶化してしまう。


「最近スノウあれじゃないか? 何かやってない? 殺し文句強化週間みたいな」


「そうなんですよ! どうしてもゴットを虜にしたいとウチのメイド長に言ったら、こう言う文句がいいですよ、と色々と教えてもらって。あっ!」


「スノウがポンコツで良かったって思ったね」


 あまりにも語るに落ちている。誘導すれば国家機密でも簡単に漏らしそうだ。


「何てこと……。メイド長からは絶対に殿方に直接知られてはいけませんよ、と言われていましたのに……」


「知られたら効果は半減だしな」


 メチャクチャ思わせぶりなことを言っても、「こいつやったな」って思えば動揺を免れる。俺は強力なカードを手に入れたらしい。


 しかしスノウは不屈の構え。


「いいえ……まだ、まだです。メイド長は、『男を落とす真髄は、とにかくおだてて甘やかすこと』と語りました。それさえ守っていれば、口説き文句がどれほどお粗末でも喜んで男は転ぶと」


「メイド長さん、実はそういう道の人なんじゃないかそれ? 男の生態に詳しすぎる」


「ジパングの元花魁という話でした」


「道理で……! そりゃ無理だよ。喜んで尻に敷かれるよそんなの……!」


 男の弱い部分を着実に掴んでいるだけあった。プロオブプロじゃん。というか異色の職歴すぎる。花魁から皇居のメイド長って。


 そんな話をしていると、馬車が止まる。俺は先日末裔筆頭と顔を合わせた身なので、帽子を目深に被って、従者という体でスノウに付き添う手はずになっていた。


 俺は馬車から先に降りて、メイドさんに教えられた通り、くるりと反転し、そっとスノウに手を差し伸べた。


 スノウは微笑して「ありがとうございます」と俺の手を掴んで馬車を下りる。


 ……マジで美少女だこと。改めて、こんな美少女に好かれているのが信じられない。


 俺は馬車を下りたスノウの後ろを、三歩下がってついていく。スノウは末裔側の従者の開いた門の中心を、しずしずと進んだ。


「本日はご足労、大変ありがとうございます。僭越ながら、中央ロビーまでご案内差し上げます」


 従者の案内に従ってまっすぐ進む。建物はレンガ造りの中々立派な建物で、道の脇には芝生が整えられて青々としている。


 建物の中に入ると、豪華な大理石で埋め尽くされていた。中央のレッドカーペットの脇には、勇者らしき彫像が建てられている。


「有名な勇者の彫像がずらりと並んでいますね。不屈のグラント、剣のレンヤ、かつてのローマン帝国の皇帝まで」


「これはこれは。スノウ殿下は、勇者に深い見識をお持ちの様ですね」


 言いながら現れたのは、今回の宿敵、末裔筆頭ブレイブだった。スポーツマンのような体に、いかにもフォーマルな貴族服をまとって近寄ってくる。


 こいつに直談判しに行って、ユリアン・ミレイユの二人は姿を見せなくなった。そう思うと、どうしてもこいつを冷めた目で見てしまう。


「改めて、ようこそおいでくださいました、スノウ殿下。私は勇者の末裔筆頭、ブレイブと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします。スノウ・ハルトヴィン・アレクサンドルです」


 末裔筆頭は慇懃に、スノウは簡素に自己紹介を躱し、「こちらは私の従者です」と俺のこともサックリ済ませた。俺は一つお辞儀をして、目立たないように済ませる。


 狙い通り、末裔筆頭は俺を一瞥しただけで、すぐにスノウに視線を戻した。


「して、本日は視察のご予定で、ご足労戴いたようですね。何でも、我々の研究に興味があって、お気に召しましたら、出資いただけるとのことで……」


 俺はそれを聞いて、流石スノウ、と感嘆してしまう。なるほど、今回はパトロンになるかどうか、という立場で訪問したらしい。


「はい。この通り勇者伝説には目がない性質でして、是非研究が円滑に進むよう助力できないものか、と思いましたから」


「そうですか、そうですか。それは重畳というものです」


 にしても、と末裔筆頭は、スノウの顔を見る。


「遠目に見て感嘆したこともありましたが、いや、実にお美しい。スノウ殿下とは、是非直接お話したいと考えていたのです」


 末裔筆頭は腰をかがめ、勝手にスノウの手を取り、その手袋をした手の甲にキスをする。


 あ? 何だこのおっさん。


「どうでしょうか。予定の説明を終えた後、是非歓談の機会を設けてはいただけませんか?」


 強引にスノウに提案する末裔筆頭に、俺は眉を顰める。だいぶ気持ち悪い。JKに色目遣いだしたぞこいつ。


 一方、スノウはそれに、うんともいいえとも言わなかった。末裔筆頭の行動にマジで何も思っていないのか、平然と勇者の彫刻を見て感心している。スノウはスノウでスルースキルメチャクチャ高いな。


 完全に無視されたことに、末裔筆頭は明らかにいら立った顔をした。以前に見た能面のような顔。だがすぐに笑顔を取り繕う。


「では、立ち話もよくありませんから、私がご案内いたします―――」


「ああ、いえ」


 案内を買って出た末裔筆頭に、スノウは首を横に振る。


「今日は、学院の友人に案内してもらう手はずになっておりまして。せっかくのお申し出ではありますが、遠慮させていただきます」


「友人、ですか」


 自分の提案を蹴られたのがいら立ったのか、末裔筆頭は再び能面のような表情になる。こいつ沸点ひっくいなー。どうやって生きてきたんだ今まで。


「失礼ながら、その友人とは?」


「ミレイユ・デ・レーウ・ヴァヴルシャです」


 その瞬間に、末裔筆頭の目元がヒクつくのを、俺は見逃さなかった。


「……ミレイユ、ですか。ふむ。しかし、彼女からそんな話は聞いていませんが。それに、彼女はまだ若手。研究に関しましては、私の方が確実に、芯に迫った説明が出来ると愚考しますが―――」


 スノウは、にっこりと笑う。


「申し訳ございません。勘違いならばいいのですが……ブレイブ侯爵。あなたは、もしかして」


 スノウは、ゆっくりと右手を自分の胸元に運び、続ける。


「私の意見を。この、アレクサンドル大帝国第二皇女、スノウ・ハルトヴィン・アレクサンドルの意見を、己の独断で左右しようとしているのでは、ありませんよね?」


 スノウは、極めて穏やかに、そう伝えた。末裔筆頭は硬直し、そして唾を飲み下して、答える。


「そのようなことは、決して」


「そうですか。ではミレイユを連れてきてください。いるのは分かっていますから。体調が悪くても、何があったとしても、連れてきて、案内させてください」


「……畏まりました」


 末裔筆頭は近くの従者を呼び、「ミレイユを」とだけ告げて、そそくさと消えていった。従者は動揺して「い、いいのですか?」と聞くが「誰が意見して良いと言った?」と筆頭はにべもない。


 俺はそんなやり取りを見守ってから、前のスノウに思う。


 ……権力の使い方、心得過ぎだろ。


 そんな俺の心中を読み取ったのか、スノウは俺に僅かに顔を向けて「ふふんっ。どうですか、惚れ直しましたか?」とドヤ顔を見せるのだった。

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