第67話 密談

 俺はその日、ユリアン、ミレイユに「首突っ込ませろ!」と直談判するために、末裔のサロンに赴いていた。


「ちわーっすゴミカス屋でーす。定期便のお届けに参りやしたー」


 ……反応がない。俺は首を傾げて、ドアノブに手をかける。


 すると、開かない。中に人の気配もしないし、居ないのだろうか。


 そう思っていると「君は」と声をかけられる。


「ん、あ、前にユリアン・ミレイユ隊に居た」


「その節はどうも。君の話は聞いてるよ。つまり、二人と同じ立場でね」


 ということは、反末裔筆頭の若手革命派の人間、ということだろう。俺は「二人は席を外してるのか?」と尋ねる。


「うん……ただその表現で正しいのかは、疑問だけどね」


「というと」


「色々と二人で情報を集めてから、何か重大なことが分かったらしくてね。二人だけで筆頭に直談判しに行ってしまったみたいなんだ。確か、一昨日のことだったかな」


 要するに俺がスノウとゆっくりお茶会ついでに「殴りこむ?」「行きましょ行きましょ」と談笑している間には、もう彼らは直行していたという事らしい。


 気が早いなぁと思いつつ、「それで?」と先を促す。すると若手の末裔は首を竦めて言った。


「それだけさ。それ以来、二人は見ていない。もしかしたら助けに行くべきなのかも、とも思うけど、僕にはそんな力もないから」


「……なるほど。いや、重要な情報だ。助かった」


「君は実力者のようだし、君が様子を見てきてくれると嬉しいんだけどね」


「はは」


 俺は念のため行くとは伝えずに、若手の末裔と別れた。それから、考える。


 話の流れ的には、無謀にも挑みかかった二人が、あえなく捕まってしまった、と見るのが自然だろう。


 だが、そうすんなり捕まるとも思えない。相手が遥か上の実力者だと分かっているのなら、相応に準備していくはずだろうからだ。少なくとも、二人にはその程度の知性があった。


 俺は急ぐべきか否か、少し考えて、スノウの準備が整うまでは待とう、という結論に至った。スノウはスノウでいくらか話を通しているようなので、それが最良のタイミングだろう。


 そんな事を考えながら歩いていると、物陰から声がして、俺は咄嗟に隠れていた。


 息を殺して覗き込む。その先には、見慣れた三人。フェリシー、ヤンナ、シュゼットが仮面をつけて集まっていた。仮面をつけているが、背格好でバレバレだ。


 ……あの三人何やってんの?


 そう思いながら眺めていると、ヤンナが声を上げた。


「こほん、ではこれより、『氷鳥姫殿下のゴット様とのデート邪魔しませんか?』会議をしていきたいかと思います」


 本当に何やってんの?


「概要を説明します。事の発端はプレゼント企画の前説明にあった通り、『ゴット様が敵本拠地に攻め入るので、それも考慮に入れた上で要望の種類のアーティファクトを用意して欲しい』ということでした」


 フェリシー、シュゼットの二人は無言で頷く。無言で仮面被ってるとマジで怖いな。


「それに了承した際の殿下がポロリと、『これでゴットも気持ちよくデートしてくれますね♡』と言っていました。つまり殿下は、ゴット様とのデートが本命で、わたしたちのプレゼントをダシに使おうとした、という事が伺えます」


 まぁスノウならそうだろう。割と他人の気持ちとか考えないし。そういうとこだぞ。


 ヤンナはその推測を周知した上で、長めのタメを作った。その後に、二人に問いかける。


「腹立たしくないですか? そのデート、失敗させたくないですか?」


「フェリシーちゃん、させたい。勝手にデートするまでは平等だけど、フェリシーちゃんのプレゼントが利用されたの、ヤダ」


「確かに、それは良くないよね。一人の力でデート含め戦って欲しいと思う。だから~……アタシも、お灸据えちゃいたいなぁ」


「ですよね。お二人と考えが一致して、嬉しく思います」


 仮面の下で、ニヤリとヤンナが笑う。他二人も、静かに頷いている。


 俺はだいぶ怖くて、目撃したことを忘れて逃げてしまいたい思いに駆られる。だが、それとは別に、理性が『聞いておけ』と俺の欲望を押さえる。


 ってことは、アレだろ? 勇者の末裔攻めのタイミングで、こっそりこの三人も紛れこんでくるってことだろ?


 それは把握していた方が、うまく立ち回れるというものだろう。三人の動きと俺たちの動きがバッティングしても敵わない。俺は腹に力を込めて、聞きに徹する。


「そんな訳ですので、ゴット様の補助をしつつ、殿下が恥をかくような流れに持っていければわたしとしては適切と存じます。異論はございますか?」


「ない! 姫様に恥かかせる!」


「ないよ。それでいいと思う。赤っ恥くらいなら、お姫様も慣れてるでしょ」


 スノウの恥とか毎日だしノーダメでは? 俺は訝しんだ。


「では案を出しましょう。誰かありますか?」


「はい! はいはいはい!」


「はいフェリシーさん」


「ゴットの目の前で風送ってパンチラさせる」


 フェリシー?


「却下です。もしそれでゴット様がその気になったらどうするのですか。敵に塩を送る行為です」


 敵の本拠地でその気になってたまるか。


「はーい」


「はいシュゼットさん」


「姫様が何か良いことを言う度に、上からたらいを落とす」


 昭和スタイル止めろ。


「却下です。仮にも殿下ですので、万一にも怪我をさせれば捕まってしまいます」


「ちぇー」


 思ったよりもコンプラ意識がちゃんとしている。恥をかかせようとしてコンプラ守ろうとしてるのは、矛盾していて面白い。


「はい! はいはいはいはいはいはいはい!」


「はいは一回で十分ですよ。はいフェリシーさん」


「転ばせてパンツもろ出しにする!」


 フェリシー?


「却下です。というかパンツネタが却下です」


「パンツ……」


 名残惜しそうにつぶやくフェリシー。何だろう。思春期なのかな。


 そんな流れで、三人はスノウにどう恥をかかせるか、という話題で盛り上がる。内容は思ったより可愛らしいものばかりで、いじめめいたものがなく、俺は一安心だ。


 そんな風に思っていると、どこからともなく「チチッ」と鳥の鳴き声が聞こえてくる。俺はその方向に目をやると、優雅に飛んできた白い鳥が、すいーっとヤンナの頭に着地した。


「良い感じの意見が中々出ませんね……。では満を持してわたしの案を行きますが」


「チチッ」


 三人の視線が、鳴き声によってヤンナの頭上、白い鳥に引き寄せられる。ヤンナは手を伸ばし、「この鳥は……?」と言った瞬間だった。


「チチチチッ」


 白い鳥は―――スノウの精霊、凍える霊鳥は、鳴きながら両の翼を広げた。氷の残滓が落ち、三人の足元がピキキッ、と音を立てる。


「え? 今何が」


「あ、あれ……? うごけないよ?」


「あー……これは、なるほど。詰んだね」


 状況を掴めていない二人と、完全にチェックメイトに追いやられたことを理解して顔を真っ青にするシュゼット。


 その三人の足は、見事に凍らされ、一歩も踏み出すことが出来ない。


 完全に、あとは煮るなり焼くなり状態だ。その事が、次第に他二人にも理解でき始め―――


 震える声で、ヤンナが言う。


「で、でででで、では、『氷鳥姫殿下のデートを、陰ながら応援しよう』会議は、これにて終了としたいと思います」


「う、うん。終わろっ。はやく終わろっ」


「やー、ちょっと予想外だったね~。本人はポンコツだけど、裏ボスさんは有能だもんね」


 仮面を外した三人は、言外に降参を示した。「チチチチッ」という霊鳥の鳴き声と共に足元の固定が溶け、三人は足早に散っていく。


 そして凍える霊鳥は、隠れて見守っていた俺の肩にとまり「チチッ」と得意げに鳴くのだった。

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