第66話 恐怖! 理由なきプレゼント
ざっくりと立てた今後の予定はこうだ。
まず突入する前にバフアイテムを収集し、俺の想定する火力まで引き上げる。
次に何とか無理やりミレイユたちを巻き込んで、協力せざるを得ない状況にする。
あとは何となく流れで情報を一通り思い出す。
という話をスノウにしたら、スノウは意気込んだ様子で、鼻息荒くこう言った。
「分かりました。私に任せておいてくださいね!」
そのままステテテッと、小走りで走り去っていくスノウの背中に不安感を覚えたのは、無理からぬことだろう。
その日の放課後、律義に迎えに来たスノウに連れられお茶会エリアに赴くと、イツメンが揃い踏みだった。
……改めてみると壮観だよな。この四人。学院に通う貴族は、全員エルフの血がいくらか混じっているとかで美形揃いではあるのだが。それにしたってこの四人は飛びぬけている。
何で俺のようなゴミカスがここに納まっているのか分からなくなりつつ、俺は席に座る。お茶会の主であるスノウは、「こほんっ」と軽く咳払いをして、全員に呼びかけた。
「さて、今日お集まりいただいたのは他でもありません。皆さんには、ゴットにプレゼントを送っていただきます」
「!?」
俺は全くの初耳で、スノウに向き直った。
しかし他全員は織り込み済みの様で「ゴットにプレゼント~!」「ゴット様! ヤンナにご期待くださいね!!!!!!!!!!」「良い感じの用意しといたよ、ゴット」と良い顔。
俺は何が何やら、と動揺しきりだ。「もちろん私も用意してありますよ、ゴット」とほほ笑むスノウに、「ストップ」と俺は声をかけた。
「え、何? 俺今日実は誕生日だった?」
「誕生日なんですか!?」
「殿下、ゴット様の誕生日は秋ごろです。そんなことも知らないんですか? 婚約者なのに?」
「は??????」
ケンカすんな。
「スノウ、答えて。あと挑発に乗るな。ヤンナも挑発しないように」
「ゴット様がそう仰るなら……」
「えっと、ゴット、今朝に『攻撃力を上げるアーティファクトを集めないとな』みたいなことを言っていたでしょう?」
スノウの確認に、俺は「あ、ああ」と頷く。
「なので皆さんに声をかけて、そういう種類のものを揃えてもらったんです。ヤンナは家宝を持ってくるということでしたので、流石に代価なしはマズいという事で私の買取で」
「あっズルいですよ殿下! それじゃあ最終的に殿下が全部貢いだみたいになるじゃないですか! 買い取りなんかさせませんよ! わたしがゴット様に貢ぐんです!」
「こわいこわいこわいこわい」
何でみんな、目をギラギラさせてんの? 特にスノウとヤンナ。
「スノウ、何でこんな……」
俺が怪訝な顔を向けると、スノウは意味ありげに頷きながら、こう答えた。
「ゴット、私は知ってしまったのです……。人にプレゼントを送って喜ばれるのは、心地が良いと」
「それだけ聞くと、良いことのように聞こえるのが不思議だよ」
貢ぎ文化を布教するな。と思ったが、そうか。ちょっと前に金貨で殴られそうになったのはそういうことか。
俺は悩み始める。マズいな……。非常にまずい。傍から見ると本当に悪い奴になりつつある。
俺が目指す悪い奴は、世界のシステムを悪用しちゃう系の悪い奴だ。なのに現状、俺は女の子をたぶらかして貢がせるゴミカスである。しかもアーティファクトて。
そんな風に眉根にしわを作っていると、フェリシーが言った。
「もういい? フェリシーちゃん貢いで良い?」
「何でみんなそんなやる気なんだよぉ……」
「フェリシーちゃんのターン!」
始まってしまった。こう言うときフェリシーの強引さが恨めしい。
フェリシーは懐から、そっと小奇麗な革袋を取り出した。俺は首を傾げて「これは?」と尋ねる。
「『妖精の秘密袋』! ちっちゃいけど、色んなものがいっぱい入るんだよ!」
ゲームで言うアイテムボックスだった。
「え、めっちゃ助かる……! 大ルーンの書があっても結構困ってたんだよ輸送問題」
マジで助かるものを提示されてしまって、俺はありがたさに震える。これがあれば、俺もグロイ収集物とかポッケに詰め込まなくてよくなる。
「ありがとう、フェリシー! マジで、これはマジで嬉しい! 本当にありがとう!」
「ほぉお……! も、もっといっぱい色んなの上げるね!」
「それは止めよう」
顔を少し紅潮させて、フェリシーは前のめりに言う。俺は断固として否定の構えだ。フェリシーから貢がれるのが一番絵面的にヤバいんだよ。
そう思っていると、他の面々が苦い顔をし始める。
「主旨から外れていながら、ゴットの本当に欲しいものを確実に当てていくとは……! 流石フェリシー。やりますね」
「フェリシーさん、実は油断なりませんよね。最近ゴット様ともデートに行ったそうですし」
「一番ゴットとの付き合いが長いのは、伊達じゃない、ってことだね。難敵だ~」
「一番はヤンナですが」
「最近のって意味だよ」
え、何? プレゼントバトルなの? 俺は、この場の状況が俺に都合が良すぎて引く。もうとっくに引いてるのに、追加で更に引く。
……これ、ヤバいぞ。本当に怖くなってきた。何か揺り戻しとかが起こりそうだ。この件が終わったら、俺お返し探しに旅に出ないといけないかもしれない。
そんな事を考えていると「次はわたしです」とヤンナが切り込んできた。
「ヤンナが選んだプレゼントは、企画主旨の通りです。ゴット様、こちらを……」
ヤンナが、そっと小さなものを差し出してくる。俺は不安半分、期待半分でそれを見た。
猿の指だった。
「ヤンナ……、今回の主旨はプレゼントであって、嫌がらせではありませんよ」
「なっ! 何を言うんですか! これはレーンデルス家の家宝の一つなんですよ!」
「ヤンちゃん家ってキモチワルイ家宝いっぱいあるね」
「人の家の家宝をしてキモチワルイって何ですか!」
フェリシーとスノウは、引き気味にそれを見ている。外見が完全に猫の死骸とかと変わらないレベルなので、反応としては不思議じゃない。
一方、目を剥くのは俺とシュゼットだ。
「え……!? や、ヤンナ、これマジで貰っていいのか……?」
「す、すごいよこれ。え、実在したの? 噂では聞いたことあったけど」
「はい?」
スノウがキョトンとして首を傾げる。俺は慎重に猿の指を手に取って、解説した。
「これは、『大猿の呪指』っていうアクセサリの一つだ。指先に触れて魔力を込めると、元となる大猿の力を借りて物理攻撃力が上がる」
「えー、羨ましいなぁ。接近戦をやる人間としては、メチャクチャありがたいアーティファクトだよこれ。いいなぁ~」
俺がキラキラした目で指を見ているので、フェリシーもスノウも困惑気味だ。俺はどうしようもなく緩んでしまう口元を押さえながら、ヤンナに言う。
「ありがとな、ヤンナ。これは……本当にうれしい。一人じゃこのレベルのバフアイテムは手に入らなかった。いや、マジで嬉しい。これ普通にしてると手に入るのスッゲー大変なんだよ」
国家呪術師イベントを完走しなければ手に入らない、貴重度だけで言えばブレイドルーンでも最高レベルのものだ。うおー……。すげぇー……。
俺が頬擦りしそうなくらいの勢いで呪指を見つめていると、ヤンナが俺を呼んでくる。
「ゴット様」
「ん? 何だ?」
「明日レーンデルス家の家宝、全部持ってきますね?」
「やめて」
おっもい。それは重過ぎる。俺は強張った顔でふるふると首を横に振る。
「じゃ、次はアタシの番かな」
シュゼットは、他の面々よりは気軽な感じで、懐から一つ、印章を取り出した。
「はい。『決意の一撃』のルーン印章」
「シュゼット! ありがとう! お前は親友だ!」
「やっぱゴットなら分かってくれると思ったよ!」
俺たちは固く握手を交わす。
「いやー……分かってる。シュゼットは分かってる! バフガン積みにはさぁ! 『決意の一撃』は外せないよなぁ!」
「だよねぇ~! へへっ。これ超強いもんねぇ。使うのは面倒くさいけど」
「その面倒くささがさ、こう……脳筋ロマンを高めてくれる部分もあるじゃん?」
「分かるぅ~!」
二人で盛り上がりまくってしまい、他三人がポカンとしている。それに俺は慌てて、「えっと、このルーンはな?」と解説を始めた。
「ルーン発動後の一撃だけ、攻撃力を大きく高めてくれるんだ。バフとしては鉄板の伝説のルーンなんだよ」
「そうなんですね……。ちなみにどのくらい威力が上がるんですか?」
「二倍」
「しかもゴットの場合二振りで使うから、計四倍の攻撃力になるんだよね」
そしてそれを超脳筋武器『忌み獣の大槌』で使うのである。ヤバい。普通の武器なら数十回、細かく攻撃しなければ勝てない敵が、バフガン積みなら下手したら一撃で死ぬのである。
そういうところが脳筋の華というか。『大猿の呪指』と『決意の一撃』でバフガン積みがいい具合になってきて、俺は大変嬉しい思いだ。忌み仮面も筋肉量アップだし。よき。
そんな風に思っていると、フェリシーが「ねぇねぇゴット」と呼んでくる。
「そのルーンが二倍になるのは分かったけど、ヤンちゃんの指は?」
「確か1.3倍とか?」
「アレ、思ったより少なくないですか?」
スノウ、ヤンナに反撃である。ヤンナは一瞬噛みつき返そうとして、俺をチラ、とみて目を逸らすだけにとどめていた。偉いぞヤンナ。
なので俺が解説することにする。
「それはまぁ仕方ないというか。『決意の一撃』は一撃限定だけど、『大猿の呪指』は数分効果が保つから、その分ちょっと弱いのはあるよ」
「『決意の一撃』みたいに、一撃限定で攻撃力が上がる! みたいなルーンって他にもあるけど、何個もあったらやってらんないもんね」
「そうそう。シュゼットの言う通りでさ。でもヤンナが持ってきてくれた指は、戦闘の初めにやっておけばいいから割といくつあってもいい」
「ゴット様……!」
俺のフォローにヤンナは目をウルウルさせて見つめてくる。いや、実際いい装備なんだよマジで。これ系がもう数個あったら神でも一撃で殺せるようになる。
「ぐぬぬ……。ではここで、今までのプレゼントを過去にしましょう! お待たせしました、ゴット! 私の番ですよ!」
意気揚々と宣言したスノウに、俺は姿勢を正す。ここまででも随分すごかった。これが皇女であるスノウともなれば、どうなってしまうのか。
「では、持ってきてください」
厳かに命じるスノウに応じて、メイドさんがそっとスノウに袋を差し出した。見た目にも高価そうなそれを受け取って、スノウは俺に渡してくる。
「さぁ、開いてみてください」
俺は、袋を開き、中身を取り出した。それは、真っ白な硬貨だった。銀ではなく、白く輝いている。
「私は考えました。何がいいか。何がゴットの望みに適うか」
スノウは朗々と語る。
「私には戦闘は分かりません。アーティファクトを数多く収めた宝物庫には自由に入れますが、知識に関しては専門家には劣ります。その時、私は思ったのです。お金に先立つものはない、と」
ですので、とスノウは続ける。
「心ばかりですが、用意しました。世界における最も高価な貨幣、白金貨を十枚ほど」
他全員が息をのむ。白金貨。一枚300万円相当する金貨の、100倍の価値を有する貨幣。一枚約3億円相当。それが十枚、この袋の中に入っている。
その価値、約30億。
「どうですか、ゴット。喜んでもらえましたか?」
穏やかに微笑むスノウ。喜んでもらえることを疑っていない顔だ。
俺は震える手で、白金貨を袋に仕舞う。スノウにそっと強張る微笑みを返しながら、震える声でこう告げた。
「いらない」
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