6章 勇者魔王の因縁と転生者の冒涜

第65話 氷鳥姫との安息日

 孤高の勇者の隠し工房の攻略の翌日。俺は休みなので、適当にほっつき歩いていた。


 昨日の戦いは、シンプルに疲れたのだ。なので、久しぶりにゆっくりしてやろう、という腹積もりだった。


 そんな事を考えながら、学院をウロチョロしていると、いつもの癖でお茶会エリアに足が運んでしまう。


 そこには、お付きのメイドのみを侍らせて、珍しく一人で紅茶を啜っているスノウがいた。


 ……せっかくだし、声かけていくか。


 俺はそのまままっすぐに進み、声をかける。


「ご機嫌よう、氷鳥姫殿下」


「ご挨拶ですね、ゴット。あなたにはもっと、肩肘張らずに接して欲しいですが」


 最近ちゃんとスノウと接する機会が少なかったから、冗談めかしてお堅い挨拶をしてしまった。スノウには不評の様子なので、しばらくは止めておこうか。


「悪い悪い。何か二人きりって久しぶりだな、と思ってさ」


「そうですね。ゴットがあっち行ったりこっち行ったりして、婚約者の私を置いてけぼりにするんですもの」


「ごめんって」


 スノウはちょっと拗ね気味で、ツーンとそっぽを向いて俺に言う。こうして澄ました顔をしていると、本当に美人なんだよなスノウって。マジで顔がいい。


「それで?」


「ん?」


 俺がスノウを見つめていると、スノウは唇を尖らせ、流し目で俺を見る。


「今日は、構ってくれるのでしょう? 最近何をしていたか、教えてくれてもいいのですよ? 私にも、最近のことで話したいことがありますし」


「はは。分かったよ。最近はな―――」


 俺はメイドさんにお茶を注いでもらうのを横に見ながら、最近どんなことをして、何にかかずらっていたのかを話し始める。






「え、マジで? あの後そんな惨事になったのか」


「そうなんですよ! 本当にもう! 結局ヤンナとシュゼットの機転で事なきを得ましたが」


 いつの間にか話の主導権を奪われて、スノウが遊戯盤で起こったアクシデントについて話していた。


 俺がマラソンから帰ってきてチラと見た、あの遊戯盤である。俺以外のみんなで囲っていた奴だ。ロクなことにならないと思ったが、本当にろくでもなかったらしい。


「本当に大変でした……。私なんてもう、鷹に攫われ狼に攫われドラゴンに攫われ! もう一生分攫われましたよ」


「マジで攫われてただけだったなスノウ」


 遊戯盤は、まるで別世界に飛ばされたような幻覚をみるアーティファクトだったらしく、何処かの映画のように大冒険を繰り広げる羽目になったのだという。


 その中でスノウは定期的に攫われるばかりで特に何もしていなかったの、だいぶ面白くて聞き入ってしまう。こいつゲームでもポンコツなんだなぁとか思う。


 その分というか、攫われていて出来ることが少ないから、覚えていることのディティールは細かかった。話すのはうまいよなスノウ。


「話は戻りますが、ゴットも随分と大変でしたね。まさかそんな方向に発展するとは」


 俺の話に気が向いてきたのか、スノウはそんなことを言う。


「そうなぁ。あ、一応言っとくけど、あんまり言いふらしちゃダメだぞ。メイドさんも。勇者の末裔が来て粛清されちゃうぞ」


 俺が言うと、スノウは「言いませんよ。失敬な」と唇を尖らせ、メイドさんは「肝に銘じます……!」と深く頷く。テンション差がひどい。


「でも、そんな終わりは尻切れトンボですよね……。私も何かお手伝いできればいいんですが」


「本音は?」


「『氷鳥姫殿下、勇者の末裔の闇を暴く!』とか大見出しで報道されたら格好良くないですか?」


「スノウはスノウだな、安心したよ」


「何ですかもう! あなたが皇帝になる道につながる部分でもあるのですよ!」


 ぷんすこと怒った様子のスノウ。俺は聞き流して紅茶を啜る。


「あ、うま。メイドさん紅茶相変わらずマジでうまいね」


「恐縮です」


「話を聞いてください! もう!」


「聞く聞く。聞くから怒るなって」


「怒ってません! ……ちょっとしか!」


「俺スノウのそういうとこ好きだわ」


「っ! ……も~。ゴットったら、未来のお嫁さんだからって」


 チョッロ。


 少し好きと告げるだけでデレデレになるの、扱いやすくていいなぁと思う。ちょっと不安になるが。悪い男に引っかかったらどうするのだろう。俺とか。


 それはそれとして。


「お手伝い、か」


 俺は皇女の権力があれば、強制捜査とかできるのかな、とちょっと考えたりする。権力の私物化もいいところだが、スノウほど私物化している皇族もいまい。


 そこで、スノウは手を打った。


「そうだ! ゴット、一緒に『勇者の末裔』派閥の本館に見学に行きませんか? そこで難癖付けて、あることないことでっち上げましょう!」


 こいつ。


「……俺も大概あくどいこと考えるやるけどさ。スノウは行動力も実行可能なだけの権力も揃ってるのがこう……レベルが違うわ」


「ふふんっ! そんな褒めても何も出ませんよ。しいて言えばお小遣いくらいしか」


「十分出てるんだよなぁ」


 スノウはメイドに手を出すと、メイドがすっとそこに金貨を握らせた。単なる金という意味でなく、白金貨、金貨、銀貨、銅貨の金貨だ。そのまま俺に渡そうとしてきたので、断固拒否する。


「何で受け取ってくれないんですか。気分良くお小遣いを上げようと思ったのに」


「お小遣いで金貨を渡すな!」


 金貨って日本円換算したら300万前後の価値があるんだぞ! 俺も金銭感覚に疎い貴族とは言え把握してるんだからな!?


 俺がダメ絶対と首を横に振ると、「まったくもう……。現物支給ならすんなり受け取ってくれるのに、何で金貨はダメなんですか……」とぶつくさ言いながら、スノウはメイドに金貨を返す。


 皇族……すげぇわ。舐めてた。本当に警戒していないと、全然札束で殴られるシチュに陥る。財政的に骨抜きにされる。


「ともかく、向こうが気の毒に思えるくらい強気の作戦だけど、本当に決行するのか? 俺はいいけど、スノウは多分ひどい目に遭うぞ?」


「ひどい目って何ですか。私は何とかなりますよ」


 スノウのメンタルの強さどこから来るんだろう。こいつポンコツだけどただのポンコツじゃないよな、とちょっと思い始める。


「それに」


 スノウは、微笑して俺を見つめた。


「私がどうにかなりそうでも、ゴットが助けてくれるでしょう?」


「……まぁな」


 俺が目を逸らすと、「可愛い婚約者ですね」とスノウはくすくすと笑う。


 ということで、スノウ主導、『チキチキ! 勇者の末裔派閥本丸見学(襲撃)デート』が決定したのだった。

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