第64話 そして若手たちは動き出す
外に向かいながら、変装を解くのは獣道で、という話をしていた。
「監視はあると思うし、多分派遣隊も居ると思うわ。あの獣道以外にもワタクシは道を知っているから、撒いたら着替えて逃げましょう」
「分かった」
話しながら、俺はフェリシーを背負い直す。色々なことがあって、眠ってしまったのだ。俺でもあの虫だらけの隠し工房で寝られる気はしない。何と言う胆力。
「ゴット~……。二人で……ぼうけ……」
「……ああ、今度は二人でな」
俺はミレイユに聞こえないくらい小さな声で、そっと呟く。「どうかした?」とミレイユに聞かれて、「いいや? 次はどこに行こうかって考えてただけだ」とはぐらかした。
俺たちは孤高の勇者の隠し工房から出る。もう夕暮れだ。すると、木陰から一人の影が現れた。
ユリアン。奴は、たった一人でここに現れた。
「……ミレイユなのだろう。そしてそちらは……カスナー? カスナーか?」
「「……」」
俺たちは、いきなり知ってる奴に素性を言い当てられて困惑している。言葉を返せば声で答え合わせになるだろう。どうすれば。
そう思っていると、ユリアンは言った。
「今回は、口利きで監視の目を止めてもらっている。君たちと同じ、『勇者の末裔』に不信感を持つ者が担当だった。だから、そこまで警戒をしなくていい」
俺はミレイユを見る。ミレイユは、「ユリアンは侵入者相手でも、嘘を吐くことはしないわ」と帽子とバンダナを外した。
俺も倣って、指を三回鳴らす。学生服にすんなり戻る。
「本当にカスナーだったか……」
そんな衝撃の事実、みたいな声色で言われても困る。
「……意外だったわ、ユリアン。あなたは、もっと妄信的な人だと思っていた」
ミレイユに言われ「少しきっかけがあってな」とユリアンは俺を見る。え、俺何かした?
「カスナー。僕は君のことを、実に不埒で不真面目で不謹慎な人間だと思っているが、それでも僕は、君のことは嫌いじゃない」
「……えーっと?」
俺が戸惑っていると、ユリアンは僅かに相好を崩して言った。
「筆頭を、よく諫めてくれた。ミレイユを庇ってくれたことは、感謝と信用に値する。その意味で、君たち二人には話を聞いてみたくなった」
俺が思い出すのは、今朝のことだ。末裔筆頭。あのクソ野郎を止めた時のことを、見られていたらしい。
「なるほど、あの場に居たのか」
「不甲斐ない限りだ。僕には、止めることも、出ていくことすらできなかった」
ユリアンは恥じ入るように俯く。それから首を振りながら息を吐きだし、俺たちに目を向け直してくる。
「単刀直入に聞きたい。勇者様の隠し工房の中には、何があった? 何故、ひた隠しにされていた」
「秘密があったわ。ここでは言えない、おぞましい秘密が」
答えたのはミレイユだった。ユリアンは俺にも視線を向けてきたので「勇者なんてのは、一皮むけば頭のイッちゃった凡人ってことだよ」と肩を竦める。
「……その言い草を素直に受け止めることは難しいが、ミレイユの顔を見る限り、嘘ではないのだろう」
ユリアンは一つ頷き、俺を見た。
「君の協力には感謝する、カスナー。だが、ここからは僕らに任せて欲しい。筆頭の目論見にもおおよそ見当がついた。君の手を借りずとも、解決して見せよう」
ユリアンに言われ、俺はとりあえず「ああ」と頷いた。それから、表情を変えずに考える。
……目論見って何だっけ……。勇者の隠し工房の攻略だけ進めて、ゲーム内イベントすっとばしてるから、そういうストーリー的な情報全然もらってないわ。マズイ。
そう。そもそもからして、この道筋はゲームの既定路線から思いっきり外れている。
例えばユリアン・ミレイユコンビは本来ならとっくに死んでいるし、主人公はもういくつか後の勇者の隠し工房攻略で、やっと勇者の末裔派閥の薄暗い目的を知ることになる。
だが、俺は割とそういうの全部飛ばしてやっている。
しかも展開がうろ覚えなせいで、全然二人が何の話をしているかが分からない。
マズイぞ……。これはマズイ。クライマックスも近そうな雰囲気なのに、俺だけ置いてけぼりだ。
俺は深呼吸して、それとなく尋ねてみる。
「ちなみに、その、末裔筆頭の思惑について、だけど」
「カスナー、君は部外者だ。知らない方がいい。もっとも、勇者の隠し工房という最深部についてはすでに知ってしまっているのだが」
苦笑気味に、ユリアンは「それでも、核心に触れないだけで、避けられる危険もあるはずだ」と言う。
いや、いいのよそういう配慮は。あと数日準備すれば、末裔筆頭くらいボコれるんだから。
「そうね。あなたの実力は頼もしいけれど、おんぶに抱っこにはなれないわ。ここからは、ワタクシたちだけでどうにかしてみる。カスナー。あなたはワタクシたちにとっての風穴になってくれた。それだけで、もう十分感謝しているの」
だからそう言うんじゃないんだって。ウザかったからボコりたいんだって。噛ませてくれよ。除け者いくない。
「……そっか」
とは、二人の決意に満ちた顔を前にして、俺には言えなかった。だってすごい目をキラキラさせてるんだもの。ここから僕たちが変えてやるんだって顔してるんだもの。
そんな訳で、俺はここに至って何故か空気を読んでしまい、その場は了承して四人で獣道を抜けた。そしてユリアンとミレイユは「一足先に、失礼する」「またね、カスナー」と去っていった。
俺は二人が消えてから嘆く。
「中途半端に空気を読んでしまった……!」
くぅ、何てことだ。せっかく日ごろから授業サボったり大暴れしたりして好き勝手するメンタリティーを鍛えていたのに。ここにきて発揮できないなんて。ガッデム。
だが、俺は諦めない。この悔しさをバネにして、うまいことクライマックスシーンには合流してやるのだ。
待ってろよ若手コンビ、そして末裔筆頭。俺がお前らの度肝を抜かす日は近い。
「……帰るか」
俺はフェリシーを下ろして、「おーい、起きろー」とほっぺをフニフニする。フェリシーはぼんやりと目を開いた。
「ん……ゴット……? 名状し難い怪物、どこ……?」
「それはさっき倒しただろ。ほら、帰るぞ。馬に乗るから、シャキッとしてくれ」
「ん~……? はっ! フェリシーちゃん、寝てた」
「良くお分かりで」
俺はフェリシーをつないでいた馬に乗せ、俺も乗り上げる。
すると、フェリシーが俺を見上げてきた。
「どうした?」
「フェリシーちゃん、約束守ったっけ?」
「約束?」
俺は首を傾げる。何か約束したか。そう思っていると、フェリシーはにへっと笑う。
「分かんないってことは、フェリシーちゃん約束守ってないってこと。だから、約束守るね?」
フェリシーは俺の顔を両手で掴み、いきなり唇にキスしてきた。
!?
「え、は? えっ?」
「あれ……? ほっぺだったっけ? まいっか! ほっぺにもちゅ」
フェリシーはさらに俺の頬にもキスをして、それから前に向き直った。俺は流石に動揺しきりで、「いやいやいや」と食い下がる。
「え? ふぇっ、フェリシー? 今の」
「ほら、帰ろ? ハイヨー!」
「待て待て待て。今のはそんな、軽く流せるもんじゃ」
言いながら気づく。後ろからでも分かるくらい、真っ赤のフェリシーの耳。それは夕焼けに照らされているから、という次元を超えて、真っ赤になっている。
「ハイヨー! は、ハイヨー!」
フェリシーはそれ以外の語彙を忘れてしまったのか、というくらい、ぎごちない動きで「ハイヨー!」と繰り返す。俺は何だか気が抜けてしまって、縄を握った。
「はいよー!」
「ハイヨー!」
馬を歩かせ始める。パカラッと小気味よい歩調で進む馬の上で揺れながら、俺はそっと、フェリシーに囁いた。
「そんな照れ照れになるくらいなら、もう少し考えて動けって」
「……寝ぼけてたんだもん……」
俺の腕の中で、フェリシーはその小さな背を、さらに小さく縮こまらせた。
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