第63話 蟲毒の勇者、カミーユ・ヴァヴルシャ
周囲に、無数のムカデが這いずっている。
立ち上る炎は割れたランタンのもの。光源はそれだけ。すでに背後の扉は閉ざされ、フェリシーとミレイユが固く閉ざしている。
そして、炎の傍。薄気味悪く立つのは、両腕をムカデに変えたかつての勇者だ。
ムカデ勇者を中心に、足首まで浸るほど緋色の毒が満ちている。勇者は全身から緋色の毒を滴らせて、時折痙攣している。
ああまったく、気持ちの悪い勇者様だ。とても表に出せたものではない。だが表に出せないからと言って覆い隠し、その功績だけを我が物顔で主張するのも腹が立つ。
要するに、気に食わないだけだ。だから俺は、奴に負けず劣らずヤバい全裸仮面の格好で、ガハハと笑うのだ。
「行くぞォ勇者ァ!」
「キシェエエエエエアアアアアアアアアア!」
勇者は右腕のムカデを振りかぶり、離れたところから俺に放ってくる。
「そんなところから届くわけ、いや届くわ! 届くのかよって驚いた記憶あるわ!」
ムカデは俺へと伸びてくる。俺は咄嗟にローリングで回避しつつ、勇者へと接近だ。
俺の攻撃範囲も大概広いが、それはあくまで接近戦の範囲。こんな中距離攻撃を繰り出されては、俺は太刀打ちできない。
が、このムカデ勇者、勇者なだけあって、技巧が凝っている。
「ッ」
俺は潜り抜けたムカデ腕の攻撃に、背後からの殺気を感じて横に避ける。ムカデは急激に収縮し勇者の腕に戻るのを見て、そうだこんな動きからも攻撃が当たるのだ、と思い出す。
そう思っていたら、伸ばしてきた逆の腕ムカデを俺に向け、緋色の毒の弾を撃ちだしてきた。俺はそれを前にローリングして交わし、ニヤリと笑う。
「攻撃範囲に入ったぞ。さぁ蹂躙だッ!」
【頭蓋抜き】
俺の突き上げが勇者の頭を強く弾き、ムカデ勇者は僅かによろめいた。そこに俺は跳躍し、叩きつけを行う。
「キシャッ、シャァアアアアア!」
よろめきながらも、ムカデ勇者は両腕のムカデを伸ばし、グルンと回って周囲を一掃した。俺はそのタイミングでさらにジャンプを繰り出し、二度目の叩きつけを食らわせる。
「キシャアアアアアアア!」
「はっはー! お前のモーションは覚えてんだよ! ゲームで結構苦戦させられたからなぁ!」
踏み込み。ルーンをなぞる。
【かち上げ】
ムカデ勇者は打ちあがった。しかし巨大ムカデのようには飛ばず、後退して距離を取り直される。チッと俺は舌打ちだ。
「しぶといなぁ、ったく」
バ火力が売りの忌み獣の大槌二つ持ちだと言うのに、それがこの体たらくとは。
やっぱレベル極振りとバフガン積みは必要だな。これじゃあ最強とは言い難い。けど最近レベル上げしたばっかりだからなぁ。ステの振り直し開放して、大ルーンに組み込まなきゃかな。
そんな事を考えながら、俺は続く腕ムカデの攻撃を連続ローリングで躱す。ある程度戦い慣れてきたとは言え、素の身体能力で戦うのはやはり中々にキツさがある。
だがそれでも俺はある程度のところまでムカデ勇者へと接近し、ルーンをなぞった。
【燕切り】
跳躍、宙返り、からの叩きつけ。大槌ツバメを食らって直立したままでいられる存在は少ない。ムカデ勇者は吹っ飛んでぶっ倒れる。
そして、何か妙なことを口走り始めるのだ。
「許、サヌ……! 死ネ……! 滅ビヨ……、魔王……! 貴様ガ焼イタ村々、貴様ガ血ノ海ニシタ街、貴様ガ狂ワセタ国……! ソノ身デモッテ、贖エ……!」
「おうおう、勇者らしいこと言っちゃって」
辛うじて顔と呼べそうだった部分が弾け飛び、ひときわ大きなムカデになる。第二形態。俺は【忌み獣の咆哮】をかけ直して大槌をガードに構える。
「キシェエエエエエアアアアアアアアアア!」
ムカデ勇者の周囲に、緋色の毒がまき散らされた。俺はそれをただ静かに耐える。たまに肌に飛び散るが、耐性を高めている以上カスダメだ。気にしなくていい。
そして人間の下半身を有しただけの三又のムカデになって、ムカデ勇者は襲い来る。上半身を長く伸ばして、両腕のムカデをグルグルと回転させながら俺へと向かってくる。
「生憎、その攻撃は得意でね」
俺はローリングで正面から回避し、そして残った下半身に踏み込み、ルーンをなぞる。
【回転切り】
伸びた上半身ごとムカデ勇者は横に吹っ飛んだ。俺はそれに、さらに畳みかけていく。
さぁ連続攻撃だ。俺は両手の大槌に書かれているルーンを、全てなぞる。
【忌み獣の咆哮】、【頭蓋抜き】、【かち上げ】、【燕切り】
俺は咆哮を発生させながら、思い切りムカデ勇者にジャンプ攻撃を叩きつけた。吹っ飛んだ勇者は地面との間でサンドイッチにされ、死にかけのムカデよろしく身もだえる。
だがこの程度では済まさない。俺は【頭蓋抜き】で強制的にムカデ勇者を立たせ、【かち上げ】で空高く打ち上げる。
体力を失ったムカデ勇者は、巨大ムカデのように軽やかに打ちあがった。俺は高らかに笑い、そして言う。
「じゃあな、勇者! お前の雄姿は、お前の子孫が覚えてることだろうよ!」
跳躍。俺は縦に一回転して、両手の大槌を思い切りムカデ勇者に叩きつけた。
ムカデ勇者は激しくその体を痙攣させる。そしてその動きを少しずつゆっくりにさせていき、最後に緋色の液体を弾けさせて息絶えた。
「うっし、大勝利だ」
俺は大槌を高く掲げる。周囲にいた無数のムカデたちも、次々に息絶えては地面の上でひっくり返っていく。
さて次は戦利品の時間だ、と俺は地面を探し、目当てのものを見つけた。
緋色の宝石のペンダント。俺はそれを拾い、首から下げる。名を『蟲毒のペンダント』と言った。今回の狂人ビルドを、さらに高みに導いてくれる武器だ。
俺は少しだけ開いた扉から、こっそりとこちらの様子を覗くミレイユに問いかける。
「どうだ? お前のご先祖様は、ただの気味の悪い怪物だったか?」
ミレイユは扉を開いて、俺に近寄ってくる。そして俺のペンダントに触れた。
「……綺麗な、緋色」
「ああ」
「……戦いの途中で、勇者様が言っていた言葉、聞いたわ。本当に、こうやって、魔王を殺したのね」
ミレイユは周囲を見回す。散乱するのはムカデの死骸ばかり。
「ワタクシ、知ったことを後悔なんてしないわ」
勇者の末裔は、ペンダントを見て呟く。
「想像したものとは違っていたけれど、それでも勇者様は、孤高で、高潔だった」
静かな呟きが、この部屋に落ちる。
「最初見た時、何ておぞましい怪物なのかと思ったわ。けれど違った。身も心も怪物になり果ててはいたけれど、それでも人類を脅かす魔王を殺そうとする、護国の英霊だった」
ミレイユはペンダントに触れ、見入るように顔を近づけた。緋色のペンダントは、その毒の美しさを輝きにまとう。
ミレイユは、目を閉じた。
「ワタクシは、勇者様を誇りに思うわ。それだけがワタクシにできることだと思うから」
ミレイユはそっとペンダントを自分の額に持っていく。その姿に、俺は祈りを見出した。
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