第17話 氷鳥姫は自らの栄光をさえずる

 スノウ派閥に属する、ということで、俺はフェリシーをスノウに紹介することにした。


「ん~……フェリシーちゃん、ゴットと二人きりがいいの……」


「まぁそう言うなよ。友達増やせばきっと楽しいぞ?」


「本当……? 怪しい……」


 そんな会話をしつつ、俺たちは例のお茶会エリアへと赴く。そしてフェリシーに「ちょっと待っててな」と告げて前に進み出た。


 真っ白なロココ調の椅子に座ったスノウが、こちらに視線をやる。


「来ましたね。本来こういう場は、臣下があらかじめ待っているものですよ」


「まぁまぁそう言わず。こういう形を取る必要があってさ。ええと」


 フェリシーは確か、あらかじめその存在を知っていれば、知ることが出来るのだったか。


「実は、紹介したい生徒が居るんだ。少し奔放なところがあるけど、きっと殿下の役に立つと思って」


 実際はスノウにかかりきりになってフェリシーを放置するのはよろしくないというだけだが。


「なるほど、その紹介のための準備をしていたという事ですね? 承知しました。ならば、お連れなさい」


「フェリシー、出てきてくれ」


 俺が呼ぶと、物陰からおずおずとフェリシーが顔を出した。一応この話は、あらかじめ伝えてある。


「えっと……初めまして、お姫、様……? フェリシー・アリングハム、です」


 こういう形がちょっと不慣れらしく、フェリシーは引っ込み思案な様子で名乗った。それを見て、スノウは「あら、可愛らしい」と目を丸くする。ちゃんと認識できるみたいだな、よしよし。


「フェリシー・アリングハム。私は第二皇女のスノウです。こちらにおいでなさい」


「は、はい……」


 おずおずと近寄ってきて、スノウと対面するフェリシー。スノウはフェリシーの顔を覗き込んで、それから俺に視線を向けてくる。


「可愛らしい子ですけれど、この子が本当に私の役に立つと?」


「ああ。具体的にどうこう、という話は後々に回すけど、フェリシーは優れた才能を持った人材なのは間違いない」


 俺が答えるのと同時、フェリシーは不安そうに俺の方に戻ってきて、俺の後ろに隠れてしまう。


 そして小声でこう言った。


「お姫様、フェリシーのこと利用するとか、悪いこと考えてた……」


「大丈夫、しばらくすれば分かるけど、このお姫様悪だくみするだけのポンコツだから」


「そうなの?」


「二人とも、私に聞こえないように話すのはやめなさい。気分が悪いです」


 ツーン、とした様子でこちらに物申してくるスノウ。俺はフェリシーに、にっと笑みを見せてから、「殿下」と呼びかける。


「何ですか?」


「フェリシーは、殿下に帝位争いに勝てるだけの資質を見せて欲しいそうなんだ。何か一つ、見せていただけないかな?」


「……不敬ですね。皇族にそのようなものを求めますか」


 スノウは眉を顰めて不機嫌アピールだ。しかし俺がアルカイックスマイルで見つめ続けると、根負けしたのか「う……」とたじろぐ。


「……よわい」


 フェリシーがスノウの性根を看破し始めている。


「わ、分かりました! 不敬ではありますが、今は私も支持者を一人でも欲しい身です。ならば一つ、我が精霊術を見せて差し上げましょう」


 スノウは言って、それから手を伸ばした。


「さぁ来なさい、凍える霊鳥よ。その神威を、不調法ものたちに見せつけておやりなさい」


 すると、その指先に小さな白い鳥が、どこからともなく現れた。指先を足場に泊まり、そして飛び立つ。


 するとその羽から、真っ白な残滓が降り注いだ。そう。スノウ本人はポンコツもいいところだが、この『凍える霊鳥』という精霊は、非常に使い勝手のいいオリジナル能力だ。


 真っ白な残滓は地面に降り注ぐたびに、その地表の温度を急激に下げた。それに触れた空気中の水蒸気が反応して、地面に美しい氷の結晶模様が描かれ始める。


「おおお」


 フェリシーはテンション高くそれを見守っている。俺も現実で目の当たりにする初めてのスノウの芸に、口を開けて魅入っていた。


 そして霊鳥はスノウの指先に再び戻り、そして空気中に溶けていく。残されるは地面に刻まれた神秘。ふ、とスノウは静かに笑う。


「これで、私の実力が分かりましたか? 気分がいいので、もう少し見せてあげても―――キャーッ!」


 そして調子に乗って氷の上で歩いたものだから、スノウは派手にスッ転んだ。


 すってんころりんである。涙目になっている。


「い、いたた……。な、何をぼーっとしているのですか! 早く助け起こしなさい!」


「殿下、そうしたいのはやまやまなんだけど、殿下の御業がすさまじくてね」


「はい? 褒めるのは後でいいですから、早く助け」


「要するに俺も動けないんだよ」


「え……?」


 俺は地面を指さす。ちゃんとスノウの凍らせた足場の上に立っている。要するに、僅かでも動けばスノウの二の舞だ。助けるどころではない。


「そ、そんな、それでも何とかする姿勢を見せるのが臣下というもので、キャッ!」


 立ち上がろうとして再びすってんころりんするスノウ。それに頭に血が上ったのが、俺に助けを求めるのをやめ、自力でリトライし始める。


 直立しようとして尻もちをつき。


 膝立ちになろうとして前からべしゃっと潰れ。


 四つん這いになろうとしてお腹から落下し。


 全部ダメで立ち上がれず、スノウは涙を瞳に溜めてぷるぷるし始める。


 そんな中、一人羽を生やして難を逃れたフェリシーが、奮闘するスノウを差し置いて、まず俺を助け出した。


「お、悪いね」


「えへ」


 フェリシーは俺の手をゆっくりと引いて脱出させ、それから今でも孤軍奮闘するスノウに目を向けて言う。


「ゴット。……フェリシーちゃん、姫様好きかもしれない」


「だろ」


 スノウは再び挑戦し、スッ転び、そしてとうとう「もぅ~~~~~~~!」と泣きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る