第16話 ボッチの理由

 ひどく、急なことだったという。


『あなたにはもうついていけない。あんまりだ』


『本当はそんなことを思っていたんですね。聞きましたよ』


 そんな風にスノウの取り巻きは、口々に罵倒してスノウの元を去ったのだと、スノウは語った。


「本当に、心当たりはないんです。私は普通に、いつも通りのつもりで……」


 スノウは表情暗く、そう語った。俺はその話に、何故、と思う。


 それは、人間関係的な理由が見えない、という意味ではない。という意味での、何故、だ。


 ―――結論から言うと、スノウ派閥に属すると、そういう『スノウが取り巻きキャラ全員から見限られるイベント』というのは存在する。


 メインシナリオも終盤のこと。魔王と激突する、という寸前で、基本的に派閥イベントは佳境に至る。それがスノウにおいては『見限られイベント』なのだ。


 そして、だからこそ不思議なのだ。今は学院入学直後と言っていい時期である。『見限られイベント』が起こるには、早すぎるのだ。


 そんな訳で、俺も困惑していた。イベントがゲームと異なる形で引き起こされる、という現象。フェリシーのそれは何とか説明が付いたが、これはそんなものでは説明がつかない。


 となれば、疑うべきは一つ。俺以外の、についてだろう。


「なる、ほど。では殿下は、現在取り巻きも居ない、帝位争い的に不安定な状況であると」


「……はい。取り巻きと言っても、普通にお友達と思っていた方々です。それが、何故こんな事に……」


 要するにボッチで困っている、というところか。俺はふぅむと考える。


 元々スノウに絡んで、うまいこと派閥に取り入ってうまい汁を啜ろう、という腹積もりではあったが、これは本格的にスノウ派閥を支えた方がよさそうだ。


 でなければ、早晩スノウは拉致され、最悪の場合殺される。


 ……『スノウ見限られイベント』は、そう言うイベントだ。本当に、絶妙なタイミングで目をつけたものだと自分で思う。


 だから俺は、こう言った。


「分かったよ。ひとまず、今後は俺が殿下の派閥に所属して、殿下をお守りしよう。当面はこれで良いかな?」


「え? え、ええ……あなたがいいのであれば、私は問題ありませんが……。い、いいのですか?」


「ああ。元々俺には妙な噂が付いて回っていて、何処かの派閥に属する、と言うのが難しい立場だったから」


 俺が言うと、スノウは怪訝な顔をする。


「そう言えば、あなたの名を聞いていませんでしたね。名は何と?」


「ゴットハルト・ミハエル・カスナーという」


「げっ」


「今げって言った?」


 この流れで?


 俺は目を丸くして問うと、スノウは非常に渋い顔をして、「ううん」と唸る。


「そ、そう、ですね。背に腹は代えられないと言います。あなたの非常な醜聞は私も聞き及んでおりますが、……ええ。目の前にしたあなたは実に主思いの臣下。その姿を、しん、信じたい、と、お、おも、思います……」


「……光栄だね」


 スノウはもう苦虫を百匹まとめてかみつぶしたような顔で、「よろしく、お願いします……」と言った。


 何だろうね、本当にゴミカス伯爵はクソだわ。











 その足で、俺は早速スノウの取り巻きの一人の元に訪れていた。


 名前は忘れたが、顔は覚えている。ゲームで何度も顔を合わせている相手だ。どういう授業構成で動いていたかも、何となく覚えている。


「やぁどうも」


 俺が声をかけると、怪訝そうな顔で彼は俺を見た。それはそうだろう。俺は妙な噂の付きまとうゴミカス伯爵。そのくらいの反応が適切だ。


「すまないが、忙しくてね。君を相手にしている時間はな―――」


「まぁ待ってくれって。一言二言で済む。スノウ殿下から聞いた話で、気になることがあるんだ」


 俺が行く手を阻みながらスノウの名前を出すと、元取り巻きの彼は嫌そうな顔をする。


「貴様……!」


「すぐに済む。一言二言だ。……誰にその話を聞いた?」


 そう。スノウの話を聞く限り、絶対に『何者かから妙な話を吹き込まれたのだろう』という事は分かっていた。だから、その妙な動きをする輩の正体を突き止めてやろうと思ったのだ。


 それに、元取り巻きの彼は言う。


「―――チッ、情報屋だ! これで良いだろう、通してくれ!」


 言い捨てて、元取り巻きの彼は立ち去ってしまう。俺はその言葉に、首を傾げた。


「情報屋……? っていうと、学院七不思議の? それは、ふむ、なるほど、困ったね」


 俺は腕を組んで考える。情報屋、とは七不思議の一つで、ちょっとした手順を踏むことで出会える、誰も知らない秘密をこっそりと教えてくれる怪人物だ。


 夜のような真っ黒なフードを目深に被った、謎めいた存在。容姿も素性も不明。知られているのは、神出鬼没なこと。深刻な秘密を告げること、そしてその言葉が真実であることのみ。


 ゲームの七不思議イベントで俺も遭遇したことがあったし、それ以外でもイベントで一度見たことがあるが、ゲームではそれ以外の接触がなかった、非常に会うのが難しいキャラだ。


 つまり、だ。


「……ここから情報を辿るのは、ほぼ不可能に近い、か」


 俺は唸る。厳密に言えば、ゲームの情報屋クエストを発生させてしまえば、会えるには会えるということになる。だが、それには中々に手間がかかるのだ。


 それに、ほとんど出番のないはずの『情報屋』というキャラが、ゲームにはなかった動きを見せている、と言うのも不審だろう。


 勢いで突入するのも、情報が足りず煮え切らない結果に落ち着いてしまうかもしれない。となれば、ここは慎重に動くのがいい。


 俺はため息を吐いて、首を振った。


「この問題は、後回しにするか。幸い、スノウは犯人探しなんか気にしてないしな」


 俺は今後どうするか、という事に悩みつつ、一旦スノウイベントを進めていく事を考える。

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