第70話 無敵の呪いを打ち砕け!

 末裔筆頭を倒すまでに、三つ、俺たちはすべきことがある。


 第一に、末裔筆頭を守る『無敵の呪い』とやらを破ることだ。


「末裔筆頭は今、勇者の呪いを転用した『無敵の呪い』に守られてるわ。一切の物理的な攻撃が効かない状態にある」


 聞けば、末裔筆頭の話を聞いて、これは話し合いでは到底解決できない、とユリアンとミレイユは末裔筆頭に挑みかかったのだという。


 だが、末裔筆頭は防ぎもしなければ、避けもしなかった。ミレイユの剣は末裔筆頭を確かに切りつけたのに傷を与えられず、そして末裔筆頭の実力でもってねじ伏せられたと。


「それを、筆頭は『無敵の呪い』と言ったわ。だから、まずそれを破壊する必要があるの」


 でなければ、末裔筆頭には攻撃は通らない、と。ミレイユ曰く、そういうことだった。俺はそんなのあったなぁ、と何となく思い出す。


 ゲームでの『無敵の呪い』は、確か勇者の呪物による傷の肩代わりだったはずだ。末裔筆頭を殴っても、呪物が代わりに傷つくだけで、筆頭本人はノーダメージ。


 だから、まず呪物を破壊しなければ、末裔筆頭にダメージは入らないのだ。『無敵の呪い』の破壊とは、そういうことになる。


 第二に、魔王召喚儀式祭壇の破壊だ。


「この建物に設置した、と筆頭は言っていたわ。ワタクシを捕らえ、ユリアンはすでに逃げ出して、勝ち誇っての言葉だったから、きっと真実だと思う」


 それを見つけ出して破壊すれば、魔王の召喚はなくなる。最悪の場合でも、それだけは成し遂げなければならないと、ミレイユは語った。


 最後に、ユリアンの発見だ。


「『無敵の呪い』の話を聞いた時、ユリアンは何かハッとした表情になったわ。きっと、何か知っているはず。まずはユリアンを発見して、彼から事情を聞き出すのがいいと思う」


 ミレイユが掲げる今後の方針は、そんな感じだった。


 スノウはそれに「なるほど……。ゴットはどう思いますか?」と判断を丸投げしてくる。俺はそれに、スノウを見つめた。


 こいつ……―――ついてきた割にこの件に興味ないな? 本当にデートのためだけに来たな? 俺の背もたれ側にある手に手を近づけてきたので、ぺしっと軽く叩いておく。


「痛っ。ひどいです、ゴット……」


「お前のここに臨む意識の低さが一番ひどいよ」


 それでも役に立っているので、特段問題はないのだが、とも思いつつ。俺はミレイユに言った。


「ユリアンは筆頭を倒した後でいい。『無敵の呪い』の詳細は俺も知ってる」


「そうなの……? ど、どこで」


 ゲームで。


 とは言えないので、「ま、他の隠し工房でな」と言っておく。嘘ではない。ゲーム内の、他の勇者の隠し工房で知った事実に変わりはない。


「……分かったわ。筆頭を倒して、魔王召喚を阻止すれば、ユリアンはゆっくり探せばいいことだもの」


 了承を得る。


「で、魔王祭壇の破壊だけど」


 俺は、背後の扉から感じるを捉えた上で言った。


「若手には俺たちの味方も多い。ここに来るまでで少し話しておいたから、もしかしたらそいつらが勝手にやってくれるかもしれない。とりあえず後回しでいいだろう」


 俺の背後。扉の隙間から、小さい声で「これ、ゴットからの合図かも」「わたしたちに一任する、ということでしょうか……?」「あはっ。流石ゴット、気付かれてたんだ」と聞こえてくる。


 そう。例の三人娘である。フェリシー、ヤンナ、シュゼット。何か気配がするな、と思っていたら、俺たちのどさくさに紛れて侵入していたらしい。ようやるわマジで。


 ということで、折角ついてきたので、この件は三人娘に任せるぞ、と言外に伝えた上で、ミレイユに「俺たちの仕事じゃなさそうだ」と伝える。


「そう……。釈然としないけれど、分かったわ。なら、ひとまずは後回しにしましょう」


 となると、とミレイユは言った。


「ワタクシたちがすべきは、筆頭の『無敵の呪い』の破壊ね。カスナー。知っているのなら、案内をお願いするわ」


「ゴットのエスコート、という訳ですね」


「あながち間違ってないな」


 ミレイユとスノウのノリの温度差で風邪ひきそう。


 方針を決めて、俺たち三人は客間から出た。外にはもう、すでに三人娘は居なくなっている。危険区域内ではあるが、シュゼットがいるなら問題あるまい。


「こっちだ」と俺は道の奥を指さし、三人で進み始める。


 一応何となくの順序は覚えているが、何分勇者の末裔イベントは胸糞が多く、完走したのも主観的に昔のことだ。だから俺は、ミレイユに質問を投げかける。


「ミレイユ、若手じゃない方の筆頭補佐の部屋ってどこだった?」


「っ! なるほど、そこに秘密がある、というのね。確かに、筆頭補佐は筆頭の次に実力者。彼が守っているのも頷けるわ」


 こっちで合ってるわ。そこから―――とミレイユは細かい順路を俺に伝えてくれた。そうそう。そんなんだったな、と思い出しつつ、俺たちは進んだ。


 途中途中で末裔構成員が襲い掛かってくるが、【影狼】の敵ではない。作中最高性能の移動系ルーンの名は伊達ではないのだ。マジ速いし連続する攻撃が強いし隙がない。


 そうして、筆頭補佐の扉の前に俺たちは立っていた。


「この中に、磔になったミイラみたいなのがある」


 俺は扉に手をかけながら、二人に簡単な説明をする。


「その磔のミイラが、『無敵の呪い』の正体だ。だから、ミイラを破壊すれば、末裔筆頭にも攻撃が通るようになる。」


 言いながら、俺は扉を開けようとした。しかし開かない。ガチャガチャやるが、一向に開く気配がない。


 鍵がかかっている。そういえばそうだったな。忘れてた。


 しかしここに至って、今更鍵を探しに行く気にもならない。何か手はないか、と思った瞬間に、俺の肩に凍える霊鳥が乗っていた。


「チチッ」


「あ、何とかしてくれるみたいですよ」


 肩から俺の手の上に凍える霊鳥は移動し、ツンツンと俺の手の甲をついばむ。痛い痛い。何? 開けってこと?


 俺が手の平を広げると、ひんやりとした感触が下りた。見れば、その中に氷で出来た鍵のようなもの。


 ……凍える霊鳥さん。チート過ぎじゃない? 裏ボストップだとは思ってたけど、何もかも有能じゃん。


「チチチッ」


 得意げに鳴いて、凍える霊鳥は空気に消えていく。俺は「ありがとうございます。助かります」と見えぬ霊鳥に腰を折って、鍵を開けた。


 開くと、鎧を身にまとった偉丈夫が、俺たちに背を向けて、部屋の最奥に立っていた。その向こうには、十字架に磔にされた上半身だけのミイラがある。


「……まさか、殿下を利用して脱出し、ここまでたどり着くとは思わなかったぞ、ミレイユ」


 偉丈夫は振り返る。その顔には、戦傷がいくつも刻まれている。


「だが、筆頭の『無敵の呪い』は解かせぬ。この筆頭補佐が、それを阻止するが故に」


 偉丈夫―――筆頭補佐は、巨大な剣を背中から抜き放った。グレートソード。特大武器の一つで、かなりの筋力がないと扱えない。


 だが俺はそこで、不意に思うことがあった。


「さぁ、かかってこい、ガキども。お前たち程度、私一人で十分だ―――っ!?」


【影狼】


 俺が口上の途中で急接近したから、筆頭補佐は慌ててグレートソードを振るおうとした。


 だが俺はそれを、素早く手首を押さえることで止める。大狼の大曲剣を地面に突き刺す。


「なっ、何、何故、動かない……!」


「ゲームではこう言うことできなかったから、気にしてなかったんだけどさ。なぁお前、筋肉量ってどんなもんだよ。グレートソードに必要な筋肉量は40だっけ?」


「何を、言っている……! く、貴様、その細腕に、どれだけの筋肉を……!」


「お前のダメージとか考えるとさ、筋肉量にガン振りとかもしてなさそうだった記憶あるんだよな。それより全身鎧でも俊敏に動ける当たり、持久力に振ってる感じ」


「ぐ……! うご、け、我が腕よ……! この小僧を、吹き飛ばせ……!」


「ま、要するに、さ」


 俺は止める左手の真反対。右手の拳に渾身の力を溜めて言う。


「お前、デカい癖に俺より筋肉少なくね?」


 振りかぶる。左手で剣を止めたまま、俺はがら空きの筆頭補佐の顔面に、拳を叩き込んだ。筆頭補佐は鼻血を流してぶっ倒れる。そのまま力なく伸びた辺り、気絶したようだ。


「やー、悪いことしちゃったな。レベル上げで手に入れた筋肉で殴り飛ばしてしまった」


 言いながら、筆頭補佐のグレートソードを手に取って、俺は磔ミイラを叩き割った。ミイラは生きていたかのように悲鳴を上げ、そして灰となって燃え散っていく。


 そして燃え残った灰の中に、一つ目立つものがあった。拾う。『蘇生の勇者の乾いた心臓』。これ確か加工が必要なんだよな。自動回復の強いアイテムの素材になったはず。


 蘇生の勇者。隠し工房がないので、不明点の多い勇者だ。フレーバーテキストから想像される景色は、他の勇者に劣らず忌まわしい。


 ―――蘇生の勇者は、自らに永劫の不死の呪いを課した。そしてもう一人の勇者の傷を肩代わりする契約を結び、魔王へ送る最大の呪詛としたのだ―――


 そんな事を考えながら俺は、ミレイユに振り返った。


「これで、『無敵の呪い』は解除できたぜ。次行ってみようか」


「……カスナー。あなたワタクシが考えるよりも、ずっと強いのね」


「キャー! ゴット、カッコイイですよー!」


「スノウはもうただのファンじゃん」


 俺は苦笑しながら、グレートソードもついでに妖精の秘密袋に頂戴しつつ、二人の元に戻っていく。

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