第69話 事情聴取

 従者に連れられ現れたミレイユは、何処か様子がおかしかった。


「……本日は、よくぞお越しくださいました。スノウ殿下」


 困惑、怯え、そして恨み。そんな感情が透けて見えた。恐らく、のに加え、スノウが何故ミレイユを呼び出したのか分からない、という事なのだろう。


「ええ、本日は案内をよろしくお願いします」


 ニコリとほほ笑むスノウに、ミレイユは眉を顰める。そこで、俺も一歩前に出て、目深に被った帽子を僅かに上げて挨拶した。


「本日は、殿下ともどもよろしくお願いいたします」


「っ……! あなた、は」


「ミレイユ、案内を」


 スノウに急かされ、こちらの狙いなども何となくミレイユは掴んだらしかった。スノウの言葉に頷き「では案内いたします」とキビキビ進む。


 そしてしばらく進んだところで、末裔メンバーらしき人物が、俺たちの前後に立ちふさがった。


 その手には、レプリカ剣。レプリカと言えども、切れ味は魔物を相手取れる、質のいい立派な直剣だ。


「な、何ですか、あなたたちは!」


「カスナー。後ろを」


「ああ、任せろ」


 素で驚いているスノウを置き去りに、俺とミレイユは即座に武器に帯びて前後の末裔に対処する。


「装備セット・氷影」


【影狼】


 俺は最初から懐に大ルーンの書を忍ばせていた。そして書を素早く取り出して装備セット呼び出し、からのルーン発動で、早々に後ろの末裔をねじ伏せる。


「がっ、く」


「寝てろ」


 大曲剣は片刃なので、峰打ちでボコボコだ。


 そうして気絶を確かめて振り返ると、ミレイユも無事、前の末裔を打倒していたところだった。どうやら、敵の末裔から剣を奪ったらしい。やるね。


「簡単に逃げられない場所まで誘い込んで、拘束しようと考えたのね。あの男は、本当に卑劣……!」


 ミレイユは全身を震わせて、声を絞り出すようにして言う。以前と違って、はっきりと敵対意識を持っているらしい。


「ゴット、やはり強いですね! 流石未来の皇帝です!」


 そして空気を読まない人が一人いる。スノウ一人だけ雰囲気違うけど気付いてる? 気付いてないか。もうスノウはそれでいいと思う。


 俺はスノウに生暖かい目を向けてから、ミレイユに声をかける。


「ひとまず、何があったか聞かせてくれ。こんな短い期間に、何があったんだ」


「……その前に、まず安全な場所を確保しましょう。ついてきて」


 ミレイユに案内されて、俺たちはさらに少し進んだ先の扉に入った。客室のような場所だ。ミレイユは扉に鍵をかけ、さらに剣をつっかえ棒にして、やっと一息ついた。


「随分切羽詰まってるんだな」


「ええ。……というか、よくワタクシを案内役に呼び寄せることが出来たわね」


「スノウが強権を振るった」


「ふふんっ。私に掛かればこの程度、お茶の子さいさいという奴ですよ!」


「……なるほど、こういうことね……」


 ミレイユは含みの多そうな謎の納得を得た。スノウはキョトンとしている。


「ともかく、ありがとう。あなたたちが来るまでは、状況は絶望的だったわ。若手だけで動いてどうにかなるなんて考えは、甘かった」


 ミレイユは歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。それから頭を振って、「何があったのか、経緯を説明するわ」と近くのソファに腰を下ろした。


「まずは確認ね。スノウ殿下にはどこまで伝わっている? それに、カスナー自身が新たに掴んでいる情報も」


「スノウにはだいたい伝えてる。俺が新しく掴んだのは、ミレイユにユリアンが、末裔筆頭に直談判しに行って以来戻ってない、ってことくらいだ」


「そう。じゃあワタクシから伝えられることは、たくさんありそうね。まず、その話は本当。今の今までワタクシは捕まって地下牢に入れられていたし、ユリアンはまだ建物のどこかで逃げまわっている」


 なるほど。俺たちは、本当に起死回生の一手を打った、という事らしい。スノウを見ると、俺に向けてドヤ顔をする。実際お手柄だ。身分の使い方がうますぎる。


「それで、ここからが本題。……単刀直入に言うけれど」


 ミレイユは、俺たちを見る。


「末裔筆頭が目論んでいるのは、『魔王の召喚』よ」


 それに、スノウは目を丸くした。俺は、あーそうそう、そんなんだった、と頷く。


「そ、それは何故ですか。ブレイブ侯爵は、実に勤勉な宮廷貴族と聞き及んでいますが」


「勤勉は勤勉でしょう。本人がそもそも自他共に対してすごく厳しい人ですから。ですが、末裔筆頭は、勤勉に努力しているだけでは届かない野望があったのです」


「野望、とは」


 スノウが、ごくりと唾を飲み込む。


 ミレイユは、言った。


「皇帝。現皇帝、運命帝ハルトヴィン・ディエゴ・アレクサンドルの次期皇帝の座を、奴は狙っているのです」


「――――っ」


 スノウは、瞠目した。それから俺を見る。ああ、そうか。俺もスノウの婚約者って立場を考えると、皇帝候補の一人なのか。


「し、しかし、それで魔王をよみがえらせる、というのは繋がらないのではないですか? 帝国を滅ぼしたいのならいざ知れず、次代の皇帝になりたいというのならば」


「そこです。末裔筆頭はこのまま勤勉に職務を全うしているだけでは、皇帝になれないと考えました。もっと目立つ、明確な実績が必要であると」


「―――まさか」


「そのまさかです。奴は、魔王を自分の手で倒すことで、自らを『真の勇者の血族』として、皇族に売り込もうと考えたのです。魔王討伐の功績は、人類の救世主であることと同等ですから」


 実際有効な手だ。魔王とはそのまま人類の敵。ここ百年は安定して撃退しているらしいが、時代によっては、人類は敗北しかけたこともあったという。


 それほど強い敵なので、シュテファンよろしく、そこまででフラグをちゃんと立てていれば三皇女の一人と結婚、というのはゲームとしても順当に可能なラインだった。


 それが侯爵家ともなれば、男爵のシュテファンよりもずっと楽だろう。


「でも、どうやって。魔王なんて、サバトの魔女に加わりでもしない限り、蘇らせることは不可能でしょう。ですが、魔女に加われば異端審問の目は逃れられません」


「逆です、殿下。筆頭はサバトの魔女を拘束、拷問し、魔王召喚に必要な手順を知った上で、その要素のいくつかを勇者の呪いで代用しようとしたのです。そうすれば、サバトの検知機構である異端審問には引っかかりません」


 異端審問。そんなの居たな、と思う。全世界に広がる隠密組織で、秘密裏にサバトの魔女たちを発見し、魔女狩りを行うのだ。特徴は影が薄いこと。


 しかし、その話を聞いて、俺は唇を曲げる。


「それは何というか、ムカつく話だな。魔王を殺すために人間性を捨て去ってまで研ぎ澄まされた勇者の呪いが、魔王の召喚のために利用されるとは」


「ええ。ワタクシもそう思うわ。あの男は、勇者の末裔の風上に置けない」


 ミレイユは、拳を固めて語る。そうだよな。しかもやろうとしていることがマッチポンプとは。何とも小物である。


 だが。


「それにしたって、魔王を蘇らせても勝てるのか? 勝てても、被害を抑えられるのか」


「被害などいくら出ようと問題ない、だそうよ。筆頭曰く、『無能な人間の間引きになる』とか」


「そんな……! 貴族とは思えない考えです。人民の命を、何だと思って……!」


 スノウは険しい顔になる。スノウも根本小物だが、それでも皇族としての自覚はある方だ。だから、人民の命をそのまま守るべきものとして飲み込んでいる。素で皇族なんだよな。


「にしても、まさかスノウ殿下を連れてくるとは思わなかったわ、カスナー。間がいいのか悪いのか、と言う感じだけれど」


「はい? どういう意味ですか、ミレイユ」


「説明します、殿下。筆頭は、言っていました。皇族になるためには、功績を挙げ三皇女の誰かを娶る必要がある、と。その上で、無能ながら美しいスノウ殿下こそが、実に適切であると」


「それで、あの態度……」


 スノウは唇をかんで、渋面を作る。俺もその話には、かなりいら立つものがあった。


 ミレイユは続ける。


「三皇女は全員が美しいが、長女は力が強すぎるし、三女は得体が知れない。その意味でスノウ殿下は、無能で操りやすそうだし、その美しさには手に入れる価値がある、と」


「ミレイユ、もういい」


「……分かったわ」


 スノウの顔色がだいぶ悪い。俺も婚約者の立場として、そして何より友人の立場として、その人を人とも思わない物言いに腹が立った。


 だから、宣言する。


「スノウ、それにミレイユ。こう言っちゃなんだが、安心してくれ。末裔筆頭あのクズは、俺が殺す」


 二人が俺を見る。俺は、獰猛に笑う。


「よくもまぁ好き勝手言ってくれたもんだよな。それに国家転覆レベルの悪だくみ。これだから正義面した奴は嫌いなんだ。だから―――」


 ククッと喉の奥が鳴る。


「嫌いだから、その仮面をバリバリに剥がしてやろう。悪だくみを世に喧伝し、その名を地の底に落としてやろう。そして一方的にボコってから、その惨めさを笑ってやろう」


 これは、俺が正義だから行うのではない。悪い奴である俺が、正義面した末裔筆頭が嫌いで、ムカつくから、徹底的にバカにした上で負かしてやりたいのだ。


 だからこれは、正義の執行ではない。悪ふざけの、悪者いじめである。


 俺は言う。


「さぁ、悪いことしちゃうぞ」


 正義なんてクソ食らえだ。あの能面めいた顔面を、ひっぱたきに行ってやろう。

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