第71話 ヒロイン三人の微妙な関係

 シュゼット、フェリシー、ヤンナの三人の追跡の開始は、数時間前にさかのぼる。


「それでは、お客様。本日はどちらに?」


「あの馬車を追いかけてください」


 恥ずかしげもなく劇で見たような物言いをするヤンナに、御者は僅かに吹き出してから、「失礼しました。ではあの馬車を追いかけましょう」と馬を走らせ始めた。


「じー……」


 向かいに座るフェリシーは、こちらにフリフリとお尻を向けて、じっと前を行くゴットとスノウの馬車の中を見つめている。


 シュゼットは、そんな状況がなんだか楽しかった。こんなに他人の行動が読めなく思うのは、いつ振りだろうかと思う。


 まずフェリシーは、そもそもこの周に入るまで存在すら知らなかったし、ヤンナはヤンナで、前回以前の周とはほとんど別人だ。少なくとも、こんなにヤバい子ではなかったはず。


「わたしの顔を見て、どうかしましたか?」


「ん、いや? みんなゴットのこと好きだよねぇ、って思って」


 小首を傾げてかわい子ポーズで誤魔化すと、ヤンナは冷ややかな目でシュゼットを見た。


 ―――うん。やっぱりこんな子じゃなかったよ。ゴットというか、前の周以前のゴミカスから引き剥がすのもそう難しくなかったし。


 今回はものすごく苦労したんだよね、とシュゼットは思う。どんな誘い方をしても首を横に振るし、最後には武器を抜いてきた。何が起こってるんだ、と思ったものだ。


 それもこれも、多分ゴットの所為なのだろう。今回の周ののようなものは、全てゴットを起点に起こっているように思う。


 図書館で創造主と接触しようとしても、今回の周ではそれも出来なかった。もしかしたらゴットがやれば接触できるのかなぁ、なんてことを考えたりする。


「つきましたよ、お嬢様がた」


「ありがとうございます」


 ヤンナが礼と金を払っている隙に、フェリシーと揃って降りる。


「さて、どうしようかな。二人はもう入っちゃったし。門も閉じられちゃった」


 予約にない人間が馬車を近くに止めて下りてきたから、門の開閉を行う従僕も、怪訝そうな目でこちらを見ている。


 そこに駆け寄っていくのはフェリシーだ。ヤンナもついていく。


「ねぇ、門、開けて?」


「すいません、開けていただけますか?」


「その、あなた方は訪問の予約を取っていないかと存じますが―――」


「パーミッション」


「……分かりました。開門――――!」


 シュゼットは、知っていてもこの光景はビビるよね、と思う。相手の意思を完全に無視して


 ゴットを中心にした五人にシュゼットも含まれるようになったが、一番不可解で脅威なのは、この小さな妖精少女だと感じるシュゼットだ。


 物理的脅威はないが、恐らく本当の意味でフェリシーの意図にそぐわない物事があれば、ゴット含め誰も逆らえない。そう思う。


「……」


 そんな事を考えていると、フェリシーはちゃんとシュゼットの心中を見抜くように近づいてきて、くりくりとしたその大きな瞳で見上げてくるのだ。


 だから、シュゼットは言う。


「フィー。アタシはね、この四人の敵になることは絶対にないよ。アタシには主義も主張もない。どうしたらどうなるかも。だから、少しだけ怖いって思っても、許してくれる?」


 フェリシーは言った。


「フェリシーちゃんね、シューのことは好きだよ。だからね、怖がらないで? フェリシーちゃんは、シューと仲良くしたいもん」


 言って、にこっと笑う。それに、シュゼットは思うのだ。


 ああ、敵う相手ではない、と。この言葉は、表面的にも、深層的にも、心を読んだ上で、震える可哀そうなウサギを抱き上げて、「怯えないで」と言っているようなものだ。


 その本質は、圧倒的な強者の言葉。生殺与奪権を完全に握った上で、本心を語るもの。


 だからシュゼットは、両手を挙げる。降参のように、あるいは手でうさ耳を作るように。


「うん。仲良くしてね、フィー。怖がりのウサギさんが、怖くないって思えるまで、可愛がってくれると嬉しいな」


「ぷふっ、うふふふふふふっ。レベル500超えの怖がりなウサギさんって、面白いね。普通の人から見たら、シューはライオンなのに~」


「でしょ? ぴょんぴょーん」


「髪の毛使ったらもっとウサギさんぽいかも!」


「んんんん……! やっ!」


「おぉー!」


「お二人とも~? 門が開きましたよ。……えっ、そのツインテールはどのように立っているのでしょうか?」


「気合」


「絶対違うとヤンナは考えますが、まぁ構いません。早く行きましょう」


 そしてフェリシーと従僕のやり取りを見ても何も感じていない様子な辺り、ヤンナも大物だよね、と思いながら、シュゼットはフェリシーと共にヤンナについていく。






 建物の中に入ると、ちょうどゴット、スノウの二人がもう一人、金髪ポニテの少女に連れられ、奥へと歩いていくところだった。


 ロビーに三人を見咎めるような人もいなかったので、三人は目配せし合い、そそくさと二人についていく。


 すると戦闘が発生し、参加しようか迷っていると、ゴットともう一人が速やかに無力化していた。そこでやっと顔を見る。


 ミレイユ。シュゼットは、ああ、まだ生きてたもんね、と思う。


 そしてゴット組三人は部屋に入ったので、聞き耳を立てていると、ゴットから指示のようなものが来た。


「で、魔王祭壇の破壊だけど、若手には俺たちの味方も多い。ここに来るまでで少し話しておいたから、もしかしたらそいつらが勝手にやってくれるかもしれない」


 三人で視線を交わし、こそこそと言い合う。フェリシーが「合図かも」というので、確定でいいだろう。シュゼットたち三人は、早々にその場を離れた。


「それで、どこに向かえばいいのでしょうか?」


「あっち行きたい!」


「あっ! フェリシーさん! 勝手に行動しな、えっ、速ッ!? シュテファンさん、追いかけましょう!」


「あのー、今女の子だから、シュゼットって呼んで欲しいなって」


「何ですかシュテファンさん! 早く行きますよシュテファンさん!」


「ヤンナっち良い性格してるよねぇ~」


「前も言われましたがその呼び方は一体……?」


「仲良しのア・カ・シ!」


「もう二度と呼ばないでくださいね」


「ビックリするくらい辛辣だね」


 楽しく言い合いながら、シュゼットたち三人は駆けていく。

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