第72話 奇妙な邂逅

 フェリシーの案内に従って移動すると、廊下の突き当たりに行き当たった。


「ここかも」


「フェリシーさん? ここには何もないようですが」


「いいや、あるよヤンナっち。ちょっと退いててね」


 中指の指輪を指で弾き、機構剣を起動させる。組み上げられるは歯車の噛み合う大剣。デウス・エクス・マキナ。


 今回は歯車を回転させる必要がなかったので、起動パスワードを唱えず、そのまま切りかかった。破られるは幻影の壁。道が出来て、ヤンナが「あっ」と驚いた声を上げる。


「さ、行こうか。フィー、道案内ありがとね。アタシ面倒だから、わざわざ祭壇まで壊すこと少なくって」


「んふー。フェリシーちゃんは、無敵なの!」


 得意げに胸を張る姿は、愛嬌たっぷりだ。ゴットが可愛いと思うはずだ、とちょっとジェラシー。


「シューも可愛いよ!」


「ありがと、フィー。っていうか祭壇の壊し方とか覚えてないなぁ。大暴れすれば行けるっけ?」


 首を傾げながら三人で進む。その先にあった天幕をくぐると、静謐な空間とその中央に祭壇があった。


「うぇ、キモチワルイ」


 フェリシーが、入室直後、嫌そうな声を上げる。


 無理もないだろう。祭壇の真ん中には、目を縫い閉ざされた美女の首が置かれている。その周囲にあるのも動物の骨や爪、羽など、意味ありげなものばかり。


 シュゼットは、情報を集めずに来てしまったことを後悔する。以前ここをどう乗り越えたか、とんと思い出せない。


 ルーン魔法で強引に破壊してもいいが、そういう乱暴なやり方は大抵禍根を残すものだ。


 どうしたものか、と唸っていると、ヤンナが祭壇に近づき、冷静に様子を観察している。


「ヤンナっち、何か分かる?」


「はい。勇者の神聖性と実体の呪いを魔王同等に再構築する原始呪術ですね。前回の勇者の隠し工房で痛い目を見たので勉強してきましたし、対応できます」


 シュゼット、フェリシーはヤンナをまばたきしながらヤンナを見つめる。ヤンナはその視線に気付いて、僅かに硬直してから、言った。


「えっと……、じ、呪術って、ルーン魔法の派生形みたいなものなので、そんな、大したことでは……」


「いや、もうその化けの皮は取り繕わなくても、『大猿の呪指』でみんな察してるから」


「それもそうですね」


 ヤンナの立ち直りが早い。


 もう二人の視線なんて気にせずに、淡々と「これは、はいはい、なるほど」とヤンナは祭壇の分析に入る。


「ヤンちゃん、どーお?」


「割とシンプルでした。配列を変えれば自己破綻に持っていけます。やってしまっても構いませんよね?」


「うん。ゴットもそう言う感じで言ってたしね。だから―――」


 シュゼットは振り返る。末裔たちが十数人、シュゼットの前に立ちふさがる。


「こっちは任せて」


「任せました。フェリシーさんはこっちを手伝ってもらえますか? 単純に手が足りなくて」


「いーよ!」


 シュゼットは、二人が破壊工作を始めるのを尻目に言った。


「じゃ、悪い奴らはとっちめてやりますか!」


 両手で機構剣を前に構え、唱える。


「走れ、デウス・エクス・マキナ」


 機構が回転を始める。歯車がギャリギャリと噛み合っては破綻する。その異様な剣を前に、無言だった末裔たちはたじろぎ出した。


「お、おい。何だアイツの剣。あれじゃまるで」


「そんな訳がない! 帝国四聖剣は、この大帝国皇家に伝わるたった四振りの聖剣。あんな小娘が持っているわけが」


 シュゼットは、にひと笑う。


「はてさてどうでしょう? 試してみるのが早いかも、ねッ!」


【縮地】


 シュゼットは、一息で末裔たちの正面に肉薄する。新たに歯車がかみ合い、別のルーンが構築される。


【薙ぎ払い】


 一閃。一気に四人の末裔たちが、機構剣の一撃を受けて吹っ飛んだ。そのルーン魔法の発動具合に、末裔の一人が叫ぶ。


「間違いないッ! 小娘が持っているのは、聖剣デウスエクスマキナだ! 殺せッ! 取り返せ! 聖剣泥棒に死を!」


「うわー、怖いなぁ。でもアタシにヘイト集まってる分にはいいかな?」


 一番まずいのは、シュゼットが数人を相手取っている間に、他に連中がヤンナたちに群がることだ。だが、シュゼット狙いなら、そうはならない。


 だってシュゼットは、一人なら大抵の相手には負けないのだ。


「さぁ、どこからでも掛かってきなさーい! あははっ」


 機構剣を高く掲げる。ルーンが構築される。そして大きく、地面に振るった。


【光波】


 広い範囲に地面を光の波が走った。末裔たちの過半数が光波によって流されていくが、数人は手練れなのは避けてくる。


「逃がさないよーだっ!」


 そこに、シュゼットは跳躍を合わせる。空中に飛び上がり、そして一回転して切り下ろす。


【燕切り】


 強烈な振り下ろしを受けて、一人が倒れた。一番強そうな奴だ。その予想は当たっていたらしく、残る数人の末裔たちはすくみ上る。


「クッ、こうなれば―――人質だ! 人質を取れ!」


「うわー、ホントこれだから勇者の末裔ってのはさぁ……。日ごろ正義面しといて、土壇場だと簡単に悪事に手を染めるの、底が知れるっていうか」


【縮地】【薙ぎ払い】


 即座に肉薄し、切り払う。だが示し合わせた徒党というのは厄介だ。一人、ヤンナたちに迫りつつある。シュゼットはそれに舌を打ち。


 そこで、声が聞こえた。


「困っているようだな。助太刀しよう」


【霹靂】


 雷鳴が走った。青い電撃が、ヤンナたちに近づいていた一人を狙い撃つ。シュゼットはその攻撃の主を見て、「わお」と声を漏らした。


「君、確か末裔若手筆頭の」


「ユリアン・ウルリッヒ・シャイデマンだ。君たち、カスナーの友人だろう? ミレイユが脱出しているのを確認した。まったく、奴もおせっかいなものだ」


 青髪を真ん中分けし、学生帽を被った彼は、続く【霹靂】で残る末裔たちを打ちのめす。遠距離かつ精密な攻撃は、敵に手も足も出させない。


 シュゼットはそれを見て「知らないルーンだ。こんな強いなら次の周は盗むために潜りこんでみようかな」と呟いた。

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