第8話 妖精さんは神出鬼没
確かに俺はいつ遊びに来てもいいって言ったさ。
言ったけど、まさか寝室にまで来るとは思わないじゃん。
「ゴットの部屋、結構キレイ!」
学院の男子寮。一人一部屋の貴族仕様な俺の部屋に、何故かフェリシーが訪れていた。
夜。夜である。もう数時間したら寝る時間だ。俺も寝巻きだし何ならフェリシーも寝間着だ。わっつはっぷん。
「いっぱい本あるね~。ゴット、お勉強熱心でえらい!」
俺が自室で、昼間に授業中練った大ルーン構想の実験に取り掛かっていたところ、気付いたらこの神出鬼没娘が入りこんではしゃいでいた、と言うのが現状の顛末だった。
男子寮はまだ分かる。フェリシーはその大きな才能故に、気付かれることはないだろう。
けどさ、俺の部屋は無理だろ。俺には見えるんだから。マジでどうやったんだ。
「アレ? ゴットの反応がない……忘れちゃった?」
「今更忘れるか」
「だよね~♡」
ふにゃっと笑って、フェリシーは俺に近寄って頭をぐりぐり押し付けてくる。猫かお前は。
俺はフェリシーを押しのけると「きゃー!」と楽しそうに離れていって、そのまま俺のベッドに身を投げだした。こいつ自由だなぁ。
俺は仕方ないので実験を中断して、椅子ごとフェリシーに向かった。
頬杖をついて聞く。
「こんな夜にどうしたんだ?」
「そういえば夜会ったことないなって!」
理由かっる。
「……まぁ、いい。男に二言はないさ。ああ、ないとも」
「アレ……迷惑だった?」
「正直」
「……帰るね……」
「待て待て待て。この程度で泣きそうになるんじゃない。っていうか引き下がるのかここで。フットワーク軽すぎる癖にメンタルが弱すぎるだろう」
涙目で扉にとぼとぼ向かうので、俺は止めた。意外に一応俺の嫌なことはしない、というくらいの心づもりはあるらしい。
というより単純にコミュ障なんだろうな。コミュニケーションを取れる相手が少なすぎて。
……何だか他人に思えなくなってきたぞ。何でだろう。俺も泣きそうだ。
俺の制止に、「なーに……?」と首を傾げてこちらを見るフェリシー。俺はため息を吐いてから、告げた。
「あんまり良くないとは思うんだが、ひとまず今日は気が済むまで居て良い。気が済んだら帰るんだよ」
「……じゃあ、今日泊ってって良い?」
「すごいこと言うねお前」
ある程度幼く見えるとはいえ、その辺りの情操教育どうなってんだ。そもそも為されてないのか。えー、あー、うーん。
「……いいぞ」
「やったぁ!」
ぴょーんと跳び上がって喜ぶフェリシー。それに俺は、一周回って落ち着いた。うん。これはアレだわ。ただの子供だわ。気にするまでもないというところか。
「じゃあ自由にしててくれ」
俺はそう告げて、再び実験に戻る。
「何やってるのー?」
「実験」
俺は背後から抱き着いてくるフェリシーに短く答えながら、サラサラとルーンをノートに書いていく。
「? ルーン文字って、紙に書いてもいいの?」
「ん? ああ、そうだぞ。もちろんスキル発動系のルーンをここに刻んだら、俺が素手で暴れるだけだけど」
「面白い! 見せて!」
「ヤダよ恥ずかしい」
「ぶー」
「豚の真似はやめなさい」
「豚の真似じゃないよ!?」
俺はニヤリとする。フェリシーは俺に一本取られたと気付いて、ハッとした。ぐぬぬ、と睨んでくるが、戯れるのが楽しいのか口元の笑みを隠しきれていない。もにょもにょしている。可愛い。
「じゃあ! フェリシーちゃんがやる!」
と思っていたら、斜め上の提案をしてきた。それに俺は、なるほどと頷く。
「それちょっと面白いな。別にいいぞ」
「わーい! フェリシーちゃんもルーン魔法デビュ~!」
いぇーい、とご機嫌なフェリシーだ。だいぶ騒がしいが、フェリシーがうるさい分には問題ないだろう。あらゆる物事において味噌っかす扱いだし。泣きそう。
「じゃあ、どのルーンなぞる?」
フェリシーが首を傾げて聞いてきたので、俺はなるべく安全そうなものの中から、試していないものを探す。
「これなんかどうだ? 大ルーンじゃないが、創作ルーンで『回る』『基点』『頭』だ」
「おぉ~、楽しみ!」
俺はルーンを書いたメモを渡した。フェリシーは部屋の中でも開けた場所に立って、ルーンをなぞる。
【ブレイクダンス】
フェリシーが頭のみを地面につけて、逆立ち状態でグルグル回り出した。
「きゃー!」
「ぶふぉっ、あはははははは!」
俺は絵面の面白さから吹き出した。フェリシーは早々に目を回して、「あぎゃっ、きゅー……」と倒れ込んで静かになる。
「はははっ、フェリシーもこれで懲りたろ? ほら、静かにして「他のもやりたい!」復活しやがった」
俺は戦慄する。マジか。何だこのバイタリティは。これが若さか。いや俺も体は若いけど。
となると、付き合っていたら俺の方が疲れてしまうな。俺はフェリシーがルーンを解する気がないことに着目して、ルーン文字をメモに刻む。
「じゃあ次、これ」
「わかった!」
フェリシーは俺からメモを受け取ってなぞる。
【入眠】
「あれ……? 何だか、眠く……」
「こんな時間だしな、俺のベッドで寝ていいぞ」
「うん……そうする……」
フェリシーはヨタヨタと俺のベッドに向かって、そのまま倒れ込むように寝入ってしまった。俺はそれに苦笑しつつ、ちゃんと布団をかけて寝かしつけた。
ちなみに、俺も眠くなってベッドに目を向けると、寝相が悪いのか服装も布団も随分乱れたフェリシーが熟睡していた。
そして、ちらりと覗く服の隙間からは、真っ白な肌が見え隠れしている。
……。
「―――今日は寝なくてもいいか」
いや、フェリシーは子供枠だから。そう言うんじゃないから。自分に言い聞かせながら、俺は夜明けまで実験を続けたのだった。
……明日は授業さぼって昼寝してよう。
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